其の五、事故物件
夢の一戸建て。
憎しみに満ちた目が、俺を睨んでいる。
丸腰の俺は、尻餅をつき後退りをする。
「待て、待て、話せば分かるって!」
俺の懇願も虚しく、きらり凶刃が身体を貫いた。
いわくつきの築五年の中古物件、しかしながら念願の一戸建て、うだつのあがらないサラリーマン小野田正男は、モダンな家のつくりと破格の値段に惹かれ、20年ローンで購入した。
いわゆる事故物件、不動産屋は正男が事故の内容を聞いた時、一瞬、眉をひそめたのち、
「この家で殺人事件がありました。今は勿論、綺麗にリフォームされています。そういうのは気になされないのであれば、またとないお値打ちものですけどね」
彼は営業スマイルを見せ、続けて、
「購入を検討されている方も数名いるんですよ」
物件アピールをする。
「いいですね。妻と話しあって検討します」
「是非、お待ちしております・・・ただ」
「ただ?」
「いえ、ご縁があると嬉しいです」
正男は不動産屋に多少のひっかかりを感じたものの3日後、家の購入契約を結んだ。
それから半年、夢のマイホーム生活に正男、妻の恵子、息子の正太は大満足だった。
なんの不満もない快適な住まい・・・のはずだった。
その日が来るまでは・・・。
「パパあそぼ~」
五歳になる息子の正太が正男に抱きついて来る。
「よーし、何して遊ぶ」
「かくれんぼ~!」
「よし、やろう、やろう」
夢の我が城で子ども遊ぶ、正男がいつもながらに幸せに浸る瞬間だった。
いつものように正男が鬼になる。
「10、9、8、7」
「パパはやいよ~」
「ごめん、ごめん6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1、もういいかい」
「まあだだよ~」
正太はいつものように二階の押し入れに隠れる。
「もういいよ~」
「よーし、探すぞ~!」
正男は大声で叫ぶ。
「ふふ、はりきっちゃって」
妻の恵子はくすりと笑った。
「みつからないぞ~」
いつもは押し入れの手前で見つかるので、正太は思い切って暗がりの中、奥へと進み、行き止まりの壁に背中をあて体育座りをした。
「うん?」
かすかな異臭がした。
「なんだろう」
壁から何かが腐れたような匂い。
正太は言い知れぬ不安と恐怖を感じた。
その時、押し入れの襖が開く。
「正太、み~つけた」
「パパっ!」
正太は正男に抱きつく。
「おい、おい、どうした」
「パパ、おしいれがくさいの」
「おねしょでもしたのかい?」
「もう、ほんとうなんだから!」
「わかった。どれどれ」
正男は押し入れの奥に入り、鼻に空気を吸い込む。
「・・・なにも匂わないぞ」
「おくのかべから、においがするんだ」
「ふーん」
正太が言う通り、かすかに異臭を感じた。
「うーん、たしかに」
「でしょ」
「ネズミでも死んだのかな?」
「ネズミっ!」
「正太、ママに言って、懐中電灯持ってきて」
「わかった」
トントン正太は階段をおりていく。
正男は嫌な予感がした。
恵子から懐中電灯を受け取り、奥の壁を照らす。
そこには・・・。
「あの物件よく売れたなあ」
「あなたちゃんと説明したの」
「言ったよ。事故物件だって・・・」
「でも・・・殺害された方、まだ見つかってないってことは」
「それは・・・」
マイスィートホーム。