其の三、隠恋慕
なかなか洒落たタイトル気に入っています。
江戸の初期、小さな村は互いに土地の所有を巡って、もめごとを繰り返し反発していた。
互いの村長が、それぞれの息子と娘を縁組させることにより、一つにまとまることで争いをおさめさせようとした・・・が、しかし、祝言を前に村人たちの紛争が勃発し、この婚姻は御破算となってしまった。
ふたつの村長の息子と娘は互いに好き同士であった。
元々、決められたという括りではあったが、当時は当たり前のこと、幼き頃から親の許しある公然とした仲、2人は疑う余地もなく、ともに睦まじく恋焦がれ愛を謳歌した。
祝言を心待ちにし、息子は日々逞しく、娘は日ごとに美しくなっていった。
だが、此度のことが起こり、2人の仲は真勝手に引き裂かれてしまった。
2人はそれでもと結婚の許しを得るべく、親に懇願した。
だが、村長たちは「諦めよ」の一点張りだった。
息子と娘は決心した。
家を飛び出し、駆け落ちをしたのだ。
「はあ、はあ」
「はあ、はは、はあ」
2人の息は荒く、長いこと山を駆けていた。
夢と希望が満ち、明るい気持ちが疲労困憊の身体を後押しする。
「はあ、縁・・・ここまで来れば、少し休みましょう」
玉のような汗をかきながら、うら若き乙女は上気させた頬に瞳を潤ませ睫毛を伏せる。
「しかし、奏。早く村境を抜けないと・・・我らを捕らえようと追手がやってくるかもしれん」
縁は筋骨隆々とした体躯で、精悍な顔立ちをしていて、その瞳は警戒を怠らず微塵も油断をみせない。
そっと、奏が縁の手に手を重ねる。
刹那、男の気持ちが緩む。
「これだけの距離、しかも山奥を長く駆けてきたのです。もし、追っ手をよこしたとしても、よもや追いつけはしないでしょう」
「しかし・・・」
縁は欲と誘惑を懸命に抗う。
「少しだけ・・・少しだけ・・・休みましょう」
奏の両腕が、縁の隆々とした身体に巻きつく。
「奏」
男は力強い腕で女を抱きしめた。
「縁」
若い2人は互いに溺れた。
我を忘れて本能の赴くまま貪った。
気づけば一時(いっとき約二時間)が経っていた。
縁と奏が我に返ると、視界にちらちらと灯りが煌々と照らしだされていた。
村人が咎人を捕らえるべく山狩りにやって来たのだ。
若い夫婦は近くの朽ち果てた大木の大穴に身を潜め、息を殺して難を逃れようとする。
見つかれば村の掟に背いた罪で死は免れない。
それは、無論、互いに承知の上。
「ふふ、かくれんぼ」
こんな時に、奏はくすくすと笑いながら囁いた。
「馬鹿、見つかれば、無事じゃ済まない」
縁は力を込め、ぎゅっと奏を抱きしめる。
「私は今、幸せですよ」
「奏」
「後悔なんてしていません」
「俺もだ」
「ふふ、嬉しい」
奏は縁に優しい口づけをすると、そっと右手の平に懐剣を渡した。
「・・・これは?」
「もし、かくれんぼに見つかってしまったら、これで私を刺して」
奏は迷いのない笑みを見せる。
「愛おしい、我が妻」
「旦那様」
2人は固く抱きしめ合う。
「そんなことは、万が一つでもない。必ず逃げてみせる・・・だが、だが、かなわぬ時は、ともに黄泉へとまいろう」
男は一縷の望みにかける。
「はい、旦那様」
女は至福の時を。
松明の灯りが近づいて来る。
はたして二人の運命は。