第1話 私がお節介を焼いているのに、彼がちっともくっついてくれない
「あー、悪い。せっかく紹介してくれたのはわかるし、安奈ちゃんはいい子だと思うけど、俺にはちょっともったいない」
少し気まずそうな、新谷秀介の声が電話越しに聞こえる。
今は四月になったばかりの深夜。私、中谷真織は、今、彼に紹介した、女友達である安奈とどうなったのか、結果報告を受けている最中。
「いい子なら、もらっときなさいよ」
声色が不機嫌になっているのが自分でもわかる。
「いい子過ぎるんだよ。俺みたいないい加減大学生には勿体ない」
秀介は謙遜して言うが、彼は自分で言うような、浮ついた大学生では断じてない。
むしろ、その真逆だ。
「秀介の言い分を認めたとして。安奈が悪い感触じゃなかったのはわかるでしょ?」
そもそも、彼の事を気になると安奈が言っていたから紹介したのだし。
「そ、それは。とにかく、俺には釣り合わない!」
言い切られてしまうと、これ以上は何も言えない。
「勿体ないとか言ってるけど、ひょっとして、すっごい理想が高かったりする?」
これまで紹介して来た女友達の数、四名。
いずれもお付き合いにすら至っていない。
正直、彼女らに気まずい気持ちはあるのだけど、それはそれとして。
「単に相性って奴だよ。むしろ、真織の方こそどうなんだ?俺が紹介した男友達、全員気に入らないんだろ?」
そこを突かれると弱い。
「そりゃ、いい人ばかりだけど。私なんかには釣り合わないわよ」
「そこで同じ返しをするか?」
「だって、本当だもの。私みたいな根暗女には釣り合わないの!」
強気に言い返すものの、これは本心ではない。
私は今は正直、私自身の恋愛なんかどうでもいいのだ。
秀介にいい人と、幸せになってもらいたいだけ。
もちろん、恋愛だけが幸せじゃないのはわかる。
でも、秀介だって、人並みに恋愛に興味があるのはわかってる。
一体、何が気に食わないというんだろう?
「お前が根暗なら、この世の女性ほとんど根暗だっつうの」
「それを言うなら、あなたがいい加減なら、ほとんどの男性はいい加減よ」
ほんと、なんと頑固なんだろう。
もしかして、彼の理想の女性というのは、もっと別のところにいるのでは?
「ねえ、ひょっとして、既に好きな子が居たりする?だから……」
「そ、そんなわけないっつの。お前こそ、好きな男がいるんだろ」
秀介の返しに、一瞬ドキリとする。
実のところ、私は秀介のことが好きだ。
でも、私の一番の願いは秀介が幸せになってくれること。
私が彼と結ばれることじゃない。決して。
「い、居ないわよ。そんなの」
少し動揺してしまった。
「あ、その声は絶対居るだろ!」
「秀介の方こそ!絶対居るでしょ!」
さっきの動揺ぶりを見る限り、彼に他に想い人がいるのは明白なように見えた。
なら。
「ねえ、その子とは今、どんな感じなの?」
確信を込めて言い放つ。
「断定するんだな」
硬い声で応じるけど、さっきの動揺で確信した。
「どう見てもそうでしょ。いい加減吐きなさいよ」
「わかった。白状するよ」
諦めたような声。
「やっぱり居るんじゃないの。なら、早く言ってくれれば……」
何人も女友達を紹介するなんて事しないで良かったのに。
「だって、俺はその人に幸せになって欲しいだけなんだよ。別に、俺自身がくっつきたいとは思わない」
絞り出すような声は、本心のように見えた。
「バッカじゃないの。あなたがその子とくっついたら、その子が幸せになる可能性だってあるでしょ?」
誰かの幸せを願えるのはいいことだけど、ピュア過ぎる。
と、言ってて、自分にも何か突き刺さった気がしてしまうけど。
「それはそうかもだけど。別に相手が俺じゃなくてもいいだろ」
強情だ。なんで、自分を後回しにしたがるんだろう。
「本心で答えて?その人とどうこうなりたいっていう気持ちはまったくないの?」
そんなはずはない、と思う。
「それは、少しは、あるけど。でも、それよりもその子の幸せが最重要だ!」
「ベタ惚れなのはわかったけど、その子の気持ちを本当に考えたことがあるの?ひょっとしたら、秀介に惚れてるかもしれないわよ?だとしたら、秀介がその子とくっつくのが、その子の幸せなんじゃない?」
自分とくっつくのが相手の幸せじゃないなんて、卑下もいいところだ。
もうちょっと自信を持って欲しい。
「いや、それは無いと断言出来る」
「どうして?」
「だって……とにかく、無いったら無いんだよ」
あくまで口を割るつもりはないらしい。
「というか、この話、全部、おまえに返ってくるんだけど。お前だって好きな奴いるんだろ?そいつと、くっつけばいいじゃんか!」
それは、確かに、いるけど。
秀介に幸せになって欲しいというのを別としても、私には脈はないだろう。
だって、私に男友達をしきりに紹介してくるんだから。
「ねえ、埒が明かないから、明日会って話しましょ?」
「こっちもそう思ってたよ。じゃあ、場所は正午。例の場所でな」
「了解。ちゃんと全部吐いてもらうからね……!」
「それはこっちの台詞だっつうの……!」
というわけで、妙な言い合いになって、その場はお流れ。
少し疲労感を感じつつ、ベッドに横になった。
「私だって、多少は、秀介と、恋人になれたら、と思うけど……」
一人、つぶやく。
脈なしなら、せめて、彼の幸せのために、何かをしてあげたい。
なんで、頑なに拒むんだろう。
「もう。明日は、絶対、全部話してもらうんだから……!」
決意を新たに、私は布団を被ったのだった。