プロローグ ♡妹との日常♡
「おはようございますっスよ、お兄ちゃん♡」
爽やかな朝の訪れ、木々は煌めき小鳥は囀る。
そんな平凡でいて美しい1日の始まり。
ただし、楠手一汰手金魚高校(なんていったってきんぎょこうこう、通称"なんきん")二年生、東橘青瞳にはもう1つ忘れてはならない"日常"がある。
「あんまり起きないとぉ~♡えいっ♡こうっすよ♡」
愛らしい小さな体躯、引き締まった細い脚は健康的に焼け、利発そうな小ぶりの頭を闊達なポニーテールが飾る。
彼、東橘青瞳の義妹、東橘 小夏は愛らしい少女であった。
愛する兄に跨る脚も、逸らした薄い腰も、愛しげに兄を見つめる瞳も………
───────その首元に突き立てられたナイフも
「あっはははははは!!!!まさかほんとに寝てるっスかぁ??あはっ♡アニキも鈍ったっスねぇ♡あたしにあっさりマウント取られるなんて♡」
愛しげな視線にはギラギラとした殺意と興奮が透けている。
「ほんとぉ~~~に、刺しちゃうっスよぉ?♡アニキのぉ♡首に♡徹夜で磨いた♡このナイフっ♡ああっ♡呆気ないっスねぇ♡ちょっと勿体ないけどぉ…♡」
爛々とした目で眼下の"兄"を見つめる義妹。春下がりの朝には不釣り合いな熱気と興奮が部屋に満ちている。
「そっと♡そ~~~~~~~~っとぉ……………♡」
大きく振りかぶり、彼女の刃は呑気に寝息を立てる喉笛へと一気に振り下ろされる。
ヒュッ─────────────
ガシ
「はぇ、」
振り下ろされた凶刃は、いとも容易く逞しい兄の腕で止められた。
「小夏。今日は日曜だ。まだ寝ていても良い。」
掴み取ったナイフを片手でヘニョリと曲げ、朝日に目を細めながら青瞳は大きな体躯を丸めて布団に潜り込む。3つと数えずに規則的な寝息が聞こえてきた。
「あは、あははは…………………」
自慢のナイフは折り紙工作のようにひしゃげ、ベットの縁へと追いやられた小夏。力ない笑いを"兄"に向ける。
「に、日曜だからって暗殺業は定休しないっスよ……………………」
今日も彼女はこの攻防を飄々とやりすごし、昼過ぎにモソモソと起きてくる兄のために昼食を作らねばならない。
「あーあ、今日も失敗っスねぇ。1週間油断させたしいけると思ったんスけど……………」
乱れたスカートを直しベットからおりる小夏。部屋を出がけにくるりと振り向き、こんもりと丸まった布の塊に向けて呼びかける。
「今日はカレーっスよ。ちゃんと午後までには起きてくださいね~、お、に、い、ちゃ、ん!」
部屋を後にする妹の足音を聴きながら寝ぼけた頭で青瞳は考える。
「カレー、甘口がいいな…………………………」