第91話 自分会議
人間とは、どうして突然とした出来事が起こると一瞬だけ体を硬直させるのだろう。
驚いたから? それとも恐怖を感じたから?
もしもそうなのだとしたら、今この場面で起きた出来事は、一体どちらの感覚に近いのだろうか。
「ぴ、ピースちゃん?! いきなり何を・・・っていうか喋って―――」
「色々な事は後でキチンとお話します! だから何も聞かずに私とキスしてください!!」
鬼気迫る迫力でキスを要求してくる少女に、正樹の脳内では【自分会議】が開催さえれていた。
◆ ◇ ◆ ◇
【一体どういう事だ? どうしてピースちゃんがこんなに流暢に会話出来てるんだ?】
【それはまた後で教えてくれるって言ってただろ僕? それよりも今はピースちゃんから要求されてるキスについて話あうべきだ】
【そうだな僕。 それじゃキスするか】
【【 ちょっとまて僕 】】
キリッとした顔でとんでもない決断する脳内の自分に思わず別側面の自分がツッコミを入れた。
【いくらなんでもそれはまずいだろう。 相手は女の子とは言え子供だ。 子供のお願いでもこの要求には応えられないよ】
【そんな事言ってる場合か僕。 空を見て見ろ。 あの穴の空間と赤い空。 こんな状況ではそんな些細な事を気にしてる場合じゃないのは明白だろう?】
【でもだからってキスはおかしいでしょ。 だいたいキスをする行為に何の意味がある? キスをしたらこの異常事態が全部収まるの?】
脳内会議ではキスをする、しないの議題でヒートアップして収拾が困難な事態へとなってきていた。
つまりはパニック状態である。
たった1人の少女の発言に思春期真っ盛りの正樹は平静を保てるほど大人ではなかった。
【まちたまえ】
そんな時、最初だけ会話をして以降ずっと黙っていた1人の脳内正樹が声を上げた。
【お前達は1つ、重大な案件を忘れている】
【重大な・・】
【・・案件?】
ヒートアップしていた2人の脳内正樹はピタリと止まり、落ち着いた様子の脳内正樹を見る。
【そうだ。 確かにまだ幼い少女に対するキスの要求は倫理的にアウト。 もしも普通にこれを承諾してキスをすれば、残りの人生のレッテルに 変態 というのは確実だろう】
【【 !? 】】
確かにそうだ。
いくら世界の危機とは言え、まだ年端もいかない少女とキスなんて事をすれば周囲にいるアンナやグレンからどんな目で見られるか分からない。
自分の人生で変態のレッテルだけはどうしても避けたい・・いや、避けなくてはならない!
【だが、大きな問題はこれではない】
【これ以上の問題がまだ他に?】
【なんだ・・一体自分の人生に掲げられる汚点の名前が刻まれる以外に何が・・】
冷静な自分の言うもう1つの大きな問題。
他の自分2人は頭を捻らせるがどうしても思い浮かばないようだ。
そんな2人を見かねて、冷静正樹は今までにない本気の真顔でこう言った。
【僕達の、彼女についてだ!】
【【 !?!? 】】
その言葉に、ようやく2人の自分もすべてが合点がいった。
彼女がいると言う立場でありながら、正樹はすでに別の女性と(強制的に)キスをしてしまっている立場だ。
その事がもしもバレただけでも自分の命が危ないと言うのに、今度は幼い少女ともキスをすれば、一体どうなってしまうのか・・・想像もできない。
【し、しかしだ! 今は由紀ちゃんもこの場にいない! 世界の為という名目ならセーフでは?!】
【甘いな僕。 相手はあの由紀ちゃんだぞ? バレないと思うか】
【・・・恐らく、ばれるだろうな】
【そんな・・ッ!】
恐らく・・いや、きっとどんな嘘をついても由紀は正樹の言動すべてを疑って真実に辿りつくだろう。
もしもそんな事でキスした事やされた事をバレてしまったら・・・。
【それじゃあ、今回の脳内自分会議の結果は決まったな】
【あぁ、これだけは仕方がない。 いくらピースちゃんの頼みでも】
【そうだな。 自分の命には代えられないよな】
こうして、正樹の正樹による正樹の為の脳内会議は終了した。
因みにこの間、現実では1秒にも満たない時間しか経っていない。
◇ ◆ ◇ ◆
「ピースちゃん。 悪いけどその要求には応えられない。 今はとにか―――ん!」
出来るだけスマートに、かつピースが傷つけないように言葉を選びながら断っている最中だ。
ピースは正樹の胸倉を掴むと勢いよく引っ張り、自分の口と重なり合わせたのだ。
やっべぇ・・・死んだわこれ。 世間体も自分の命もな!!




