第90話 神獣
「貴様が鬼か?」
突然やってきた来訪者は、私を見つけると刀を抜いて問うてきた。
敵意むき出しの殺気と、色々な何かを背負った運命を持つ男に、私は返答する。
「あぁ、そうだ。 私が鬼だ」
私の返答を聞くと、男は刀を握る手の力を強める。
そうか。
私は、これほどまでに恨まれているのか。
目の前に立つ男の存在こそが、世界から見た私という存在だと理解した。
だから私は、きっとこの男に対してこう言葉をかけるのが正しいのだろう。
その昔、今はもう記憶にない誰かに読み聞かせてもらった―――とある御伽噺のように。
「よくぞここまで来た勇者よ。 さぁ、決着をつけよう」
◇ ◆ ◇ ◆
『 !!!!!!!!』
それが、生物の咆哮だと気づくのに数秒時間がかかった。
それはまるで声として表すには聞き取れず、咆哮と呼ぶにはあまりにも異常な威圧を放った。
鬼門と呼ばれる異空間の穴から見えるそれは、今にも穴から手を伸ばして地上に降りてこようとしているように見える。
「おいおい嘘だろ? あれも、鬼か?」
鬼門から見えるそれを見て、グレンは思わず顔を引きつらせる。
「そうです。 ですが、あれは先ほどの鬼や本来の姿をした鬼とはまた別格な存在です」
「別格な存在?」
ピースの言葉にアンナが首を傾げる。
「先ほども言った通り、鬼門とは神道と呼ばれる時空の穴。 つまり神が存在する空間にも繋がっています。 そして、そんな異空間にも存在する動物がいるのです」
神が存在する空間に生息する動物。
それは人間も崇める動物の一種。
概念や自然のみで生まれた神域。
「人々は神と呼ばれる存在が誕生してから、そういった動物をこう呼ぶようになりました」
それが【 神獣 】。
人間が存在する遥か昔から存在したであろう神の獣である。
「神獣だって?!」
その言葉に一番驚いた様子を見せたのはグレンだった。
「ここに来てそんなの相手にしてたら埒があかねぇぞ! まだ避難してる最中の住民もいるってのに!」
英雄の国と呼ばれた街は、その8割の機能が停止していた。
建物は炎に包まれ、突然あらわれた謎の生物により住民のほとんどがキズを追ってしまっている。
それは周囲の状況だけでもグレンは想定していた。
だからこそ、グレンは焦っていた。
このまま神獣が国に降り立てば、英雄の国は滅んでしまう可能性があるからだ。
「そうですね。 でも、まずはあの鬼門と呼ばれるあれをどうやって塞ぐかを考えなければ・・」
グレンの言葉の意味をなんとなく理解したアンナは、自分の胸に手を添える。
(もう、あれを使うしか・・)
そうして、ある1つの事を考えている時だった。
「うわっ、なにこれ!! 空が赤ッ?!」
建物近くから聞きなれた声が聞こえた。
思わず声をする方向に首を向けると、そこには突然襲ってきた痩せこけた女性に連れ去られてから別行動となってしまった正樹が、こちらに向かって駆け足で近づいてきていた。
「まさ、き・・さま」
「大丈夫かアンナ?! ・・ってあれ? なんでギルドの人がこんな所に? というかなんで空が赤くなってんの?! あの空間に穴が空いたあれなに?! っていうかあの鬼みたいなの何?! 全然状況が分からんのだが?!?!」
さっきまで不安と混乱で張り詰めていた神経が、不思議と緩和されていくのが分かる。
こんな状況だと言うのに、アンナの心は正樹が目の前にいると言うだけで安心して気持ちが落ち着いてきた。
(本当に・・この人は)
緩みそうになる口元に力を咥えて必死に平静を保つ。
ここはなんとか我慢して、まずは現状の報告をしなければ。
「正樹様、実は―――」
そうしてアンナが正樹に声をかけようとした時だ。
アンナが声を出すよりも前に、駆け寄ってきた正樹に飛びつき抱きしめた人物がいた。
それは、さっきまで辛そうな表情を浮かべ、この場の誰よりも絶望的だった人物。
「ピースちゃん?」
まだ齢10歳ほどの少女、ピースが正樹に飛びつき強く抱きしめた。
そして強く抱きしめながら、顔を正樹に腹部にうずくまりながら驚く事を言い放つ。
「お兄さん! 何も聞かずに、今すぐ私とキスしてください!」
 




