第78話 助っ人
由紀が正樹の元へ向かった直後。
先ほどまで空中に浮いていた由紀の姿が消えて腕を斬られた鬼はキョロキョロと大きな頭を動かしながら由紀を探すが、見当たらない。
(多分、奥様はもう正樹様の元に・・)
未だに身体を震わせて怯えているピースを抱きかかえたアンナは鬼が崩壊させた建物の瓦礫に身を隠していた。
本当なら今すぐにでも遠くまで避難するべきだと思ったが、辺りはすでに火に囲まれており子供を抱えてでは通過する事が困難な状態になっていた。
星空が見えていた夜空は炎の煙が昇り灰が散っている。
例えこのまま鬼が気付かずに何処かへ行ってしまったとしても十分な呼吸が出来ずに死んでしまう。
(どうしよう・・奥様と正樹様がここに戻ってくるのを待っていても火の広がりが時期にこの周囲までくる。 そうなったらここであれから隠れ切ったとしてもこの子共々窒息死だ。 なんとか、なんとかしてこの場を治める方法は・・)
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん」
「ニャッ!!」
考えがまとまらない頭をフル回転させて状況の整理を行って集中している時、背後から急に男性の声が耳元から聞こえ思わず変な声が出た。
「お、おぉ・・なんだ。 急に声をかけて悪かったな。 俺の事、覚えているか?」
「へ? ・・・あ、貴方は確かギルドの」
「あぁそうだ。 覚えてもらっていて光栄だよ。 ギルドで魔法適正役として職員やってるグレンだ。 それにしても妙な所で会ったな」
そこにいたのはアンナが暮らす近隣街でギルドで仕事をしているグレン・バーストだった。
「どうしてここに・・」
「それはこっちのセリフだぜ。 ここは英雄の国だろ? あんな田舎街からだと最速でも3日はかかるってのになんでお嬢ちゃんがこんな場所にいるんだ?」
「えっと・・それは・・」
「それにアンタが抱えているその子供。 アンタと坊主の子か?」
「こっ!! ち、違います!! この子はその、何と言うか預かっているというかなんというかッ!!」
急にとんでもない事を質問されたアンナは顔を真っ赤にしてピースが自分と正樹の子供でない事を否定する。
「あはは悪い悪い。 そんな事は分かってるよ。 それよりもその子かなり顔色が悪いな。 ちょっと見せてもらっていいか?」
「え、あ、はい」
グレンはピースの頭を撫でるように手を添えるとゆっくりと呼吸を整え意識を集中させる。
「陰陽治癒魔法【 コース・ヒーリング 】」
魔法を唱えたグレンの手に、まるで吸収されるようにピースの身体から浮かび上がってきた蒼い瘴気のような物が吸い込まれていき浄化されるように空中に散っていった。
ピースの顔色は徐々に落ち着いた様子を見せ、さっきまで怯えて震えていた身体も安定した呼吸を取り戻した。
「ふぅ。 こんなもんか・・・ってどうしたんだいそんなポカンっとした顔をして」
「いえ・・その、今のは一体・・」
「ん? 今の魔法かい? あれは陰陽属性を応用した治癒魔法だよ。 どうもこの子から嫌な瘴気が体中にまとわりついてたみたいだから。 一時的ではあるがその瘴気を外に逃がしたんだよ」
当たり前のように発動させた魔法の説明をするグレンだったが、アンナはそれを聞いてもまだポカンッとした表情を治す事が出来ない。
魔法の属性は魔王になる以前からほぼすべてを把握しているつもりだった。
魔王であるには知らない事は許されない。
分からなければ調べ、学び、そして覚える。
アンナはそれを齢10歳にしてほとんどの魔法を扱えるようになっていた。
しかし
グレンが今発動させた魔法は視た事どころか聞いた事もない魔法だった。
陰陽属性というものは勿論知っている。
実際、魔族として誕生したアンナは陰陽属性の闇属性を所持している。
だがこの男は今、光と闇属性を同時に発動させたのだ。
陰陽属性の魔法を扱える人間は限られているだけでなく、同時に2つの属性を扱う事が出来ないのが常識だ。
しかしグレンという男は今、その常識を当たり前のように破った魔法を扱ったのだ。
元魔王であるアンナがそんな状況を見ればポカンッとする顔をするのは無理もない。
「さて、そんな事よりもだ。 今は一刻を争う事態だ。 早々にあの化け物をなんとかしないとな」
「なんとかするって・・まさか倒すのですかッ?!」
「? あぁ、そりゃあまぁ。 あんなデカい化け物をこのまま放っておくわけにもいかんしな」
グレンはたまたま瓦礫の近くに落ちていた剣を拾い上げると軽く上下に振り下ろして剣の手馴染めを確認する。
「その剣は・・」
グレンが拾い上げた剣はついさっき、鬼に握り潰された兵士の剣だった。
兵士の最後を見たアンナは思わず剣をから目を逸らす。
「この剣の持ち主は生きてるぞ。 そう落ち込んだ顔をするな」
「・・・へ?」
生きている?
あんな状況では完全に握り潰されていたはずだ。
一体どうやってあそこから助かったというのか。
いや、そもそもこの男はどうしてその剣の持ち主の事を知っているのだろうか?
「実は俺の後輩も一緒に来ていてな。 今はギルド本部に応援を呼んできてもらっているが、この剣の持ち主も一緒に応急処置をして連れて行ってもらっている。 危なかったが間違いなく生きてるよ」
「そ、そう・・ですか・・」
色々と謎である所はあるが、グレンという男が嘘をついているようには見えない。
とりあえずはこのグレンの発言を信じる事にした。
「それで、一体あの おに というのをどうやって倒すというのですか? もしかして貴方のスキルはこの死地を打開する高レベルのスキルを保有しているのですか?」
「はい? いや、悪いけど俺、スキル持ってないんだよ」
「・・・え?」
「あぁ一応言っておくが特別に強い魔法も扱えないし剣術や体術が特別強いわけでもないぞ? あくまでも平均レベルの五元属性魔法とさっきみたいな陰陽属性の魔法を扱う事が出来るレベルだ」
「で、では何かあの おに を倒せる作戦が・・・?」
「いや、ない」
キョトンとした表情でズバッと言い切るグレンのアンナはクラッと倒れそうになる。
もしかして・・
もしかしてですけどこの人・・・バカなのではないでしょうか??!
「じゃあ一体どうやってあれを倒すというのですか?! あれはクエストランクで言えば恐らくダブルS・・・いや、最悪トリプルSランクに匹敵するモンスターですよ!!」
アンナの見解は的確なものだった。
街どころか国1つを一晩も経たない内にほぼ壊滅状態にさせる怪物。
それはすでにSランクの中でも伝説的存在とも呼べるクエスト討伐ランク。
世界を脅かす存在である魔王と同等と言っても過言ではない。
それをただのギルド職員が何の策もなくただ倒すと言い切っているのだ。
流石のアンナも頭を抱えてしまう。
「そんなの関係ねぇよ」
しかし、グレンは再びなんの疑いもなく言い切った。
「例え相手が魔王だろうが神様だろうが攻撃を与えられるのであれば倒せるさ。 実際にあのバケモンは腕を斬られてご乱心だ」
「それは確かにそうですが・・・しかし私達ではどうやっても攻撃を与えることなど――」
「出来るさ」
グレンはアンナと会話をしながら軽くストレットを終えると剣を肩にかけ、まるで散歩をするかのようにゆったりと近づいていく。
あまりに自然さに一瞬引き留める事を忘れていたアンナだったが、グレンは軽く手を振ってアンナの制止をあしらった。
――――ッ!!
「よぉ、怪物」
グレンに気が付いた鬼は再び咆哮した。
腕を斬った由紀が見つからない鬱憤をまるでたまたま見つけた小さな虫を踏みつぶして発散させようとするかのように鬼の大きな足がグレンの頭上へと落ちてくる。
「さてと、それじゃあ」
鬼の足がグレンの頭上に向かって接近してきたその時だ。
スパンッ――と何かが斬れた音が空気を割くように響いた。
そしてその直後に鬼はバランスを崩したように地面に倒れた。
一体何が起きたのか現状を理解できていない鬼だったが、さっきグレンを踏みつぶそうとした片足がなくなっている事に気が付く。
倒れた顔の横にはさっき踏みつぶそうとしたグレンが目の前に立っており、鬼の目に向けて剣を構えた。
「久しぶりにやるか」




