第77話 修羅場②
「ねぇ、何してるの?」
首を斜めにカクンッと傾ける人物は黒い靄のようなオーラを放ちながら痩せこけた女性を見る。
その瞳には真っ黒な瞳孔だけが映り何もかもを吸い込むブラックホールのようだ。
そんな目で睨まれれば普通の人間なら腰を抜かして体を震わせて地面を這いつくばりながら逃げるだろう。
しかし
そんな彼女に対して恐怖でも怯える訳でもなく、まるで女神が登場したかのように感極まる男がいた。
「ゆ・・由紀ちゃんッ!!」
今日、この日以上に女性の事を気持ち悪いを思った事はないと断言できる。
まるで蛇に睨まれたカエルが危険を察知して身動きが取れなくなるようなそんな体験をしたかのようだ。
それくらい怖かった。
だからこそ、これほどまでに自分が好意を寄せている女性が愛おしかった事がなかった。
「正樹さん・・聞きたい事は色々とあるので・・・ちゃんと話して・・ね?」
今度は逆側に首をカクンッと斜めに傾けて正樹を見る由紀の瞳には微かな怒りと殺意を感じ取れた。
(あ、死ぬなこれ)
この状況に至った経緯をすべて地面に頭をこすりつけて土下座をしながら説明したい所だが、由紀から感じ取れる雰囲気から聞く耳持たずと言った感覚が分かる。
大丈夫だ僕。
今までだって由紀ちゃんのあんな事やこんな事に耐えてきたじゃないか。
今回だってきっと・・・生き残れるさ。
これも、愛だ。
・・・・・・やっぱ土下座で許してくれないだろうか・・・(泣)
「それで、貴女は、誰?」
これからの由紀への報告に対して、どうやって切り抜けようかと考え込んでいる間に、由紀は正樹に上乗りの態勢で服を脱がそうとしている女性に視線を戻す。
「なんで、正樹さんの上に乗ってるの? なんで、服を脱がそうとしてるの? すべて嘘偽りなく話して。 じゃないと・・・・・殺すわよ」
その瞬間、由紀の周囲に溢れ出ている黒いオーラが一気に膨れ上がり少しずつ、少しずつ水が溢れ出てくるように黒いオーラが染み出て広がっていく。
由紀に対する謝罪シュミレーションをしていた正樹もそのオーラで意識が現実に戻る。
「由紀ちゃん聞いてくれッ!!」
「・・・な~に?」
「好きだッ!!」
あの黒いオーラがこれ以上建物内に広がってはいけないと肌で感じるくらいヤバイのが分かる。
とりあえず正樹は少しでも由紀を落ち着かせて黒いオーラを引き戻す為に、由紀の意識を冷静にさせる甘い言葉を向けた。
しかし
「・・・ん。 ありがとう。 私もよ・・・でも、話はあとで聞くから今は静かにしてて・・ね?」
あ、ダメだ。
今回マジもんのガチギレだ。
一瞬心が揺らいだ気もしたけど怒りの感情の方が勝ってる時に出る冷静な状況だ。
「それで、話は戻すけど、貴女はだ―――」
シュンッ―――と光の曲線が首元に迫りくるのを由紀は黒いオーラで受け止めた。
だが受け止めたそれは止められた事などお構いなしに力づくで少しずつ由紀の首を切裂こうと近づけていく。
「それはこちらのセリフなんだけどォ? アンタこそだレぇ??」
由紀の首を刃物で狙って攻撃仕掛けていたのは痩せこけた女性だった。
生気のない由紀の目をしっかりと合わせながら怯える訳でもなく平然として顔を近づかせる。
「ちょっとは空気を読みなさいヨぉ? 今はワタシとダーリンが営みを迎えようとしていたのに邪魔するんじゃないわよォ!!」
いとなみ・・イトナミ・・・営み?
何を?
どうする?
え~と営みとは確か・・・
「ハッ?」
「ヒィッ!!」
痩せこけた女性の言葉に由紀は今度こそ女性にではなく正樹に向けて睨みつけ殺気を放つ。
思わず背筋がピンッと伸び上がってしまった。
「・・・残念だけれど、正樹さんは私のよ。 貴女が何処の誰かは知らないけれど、正樹さんに手をだすのなら殺すわよ?」
「アらァ? それはざァんねん! じゃあ・・・奪う事にするわァッ!!」
「「 !? 」」
痩せこけた女性が手に持つ刃物が急に神々しく・・・いや、神々しくにも見える禍々しい何かが溢れ出て輝きだした。
「――ッ!」
「キャはッ!!」
由紀は瞬時に女性の足元から黒いオーラを噴き出させて腹部を殴りつけるように押し上げて天井へと吹き飛ばした。
その際にあばら骨が折れる鈍い音が聞こえたが、女性は痛がる様子も見せずに口角をあがて笑みを浮かべていた。
「きゃハ・・キャはハはハはハはハはハッっッっッ!!!!」
「・・・気味が悪いわね」
天井にめり込みながら高笑いする女性に由紀は怪訝な表情を浮かべながら正樹の元に近寄る。
「由紀ちゃん・・・あの、なにか黒く光るあれって、まさか」
「うん。 多分」
乱れた服を着直しながら立ち上がり由紀の隣に立つ正樹は今も女性が持つ刃物から見える黒く光るオーラを見る。
この世界に来て多少のファンタジーのような経験は多少なりに見てきた。
魔法という物も見た事もあればゴブリンと言った魔物も見た。
そんな多くの経験をしてきた中でも、女性が持つ刃物から溢れでる不思議なオーラには見覚えはないが感じた事がある。
「痛いいたいイタイゐたい痛いッ!!! でも、スッゴク興奮するぅㇽゥㇽッッ!」
手に持つ短刀の刃物を一振り。
すると女性がめり込む周囲の天井は一瞬で粉々となり散乱していった。
天井が散乱した事で降りてきた女性は殴られた腹部を抑え血反吐を吐きながらも笑みを浮かべながら由紀と正樹を見る。
「ねェ知ってルぅ?! 他人から奪う物ってとっても快感なのよォッ!」
美味しそうな食べ物や飲み物も
綺麗な服も
豪華な家も
数えきれないほどの金も
そして――
「他人の愛している人もォッ! 奪えばとても身体の底から震えあがるくらいの快感を感じ取れるノぉッ!」
女性は自身の両腕で体を抱きつくようにしながら先ほど以上に呼吸が荒くなっていた。
目の焦点もあっておらず、まるで何かに取り付かれたように自分を見失っている。
しかし
由紀も正樹もそんな女性に対して怪訝な顔も呆けたような表情も浮かべていない。
2人はずっと警戒していた。
女性が持つ短刀を。
その短刀から放たれている不思議なオーラを。
「だから神サマはワタシに力を授けてくださったのよォッ!! 他人から奪う力をッ! 他人に奪わせない絶対的な権限をッ!!!」
「 ! 権限・・やっぱりッ?!」
女性の言葉を聞いて正樹は予想していた最悪の結果を、そして想定していなかった現実を突きつけられる。
「さァ神よッ! ワタシに奪う御力をッ!!!!!」
女性は短刀をまるで大事そうに両手で握り絞め祈るように上を見上げる。
天井が崩れた建物は綺麗な夜空が見え、綺麗な三日月が女性を見下ろして月光がスポットライトのように女性を包みこむ。
そして女性は一滴の涙を頬に流してこう呟いた。
「神の権限 【 神の贈呈 】」




