第69話 扉の向こうにいる人物
コン・・コン・・コン・・
部屋の扉からノックされる音が聞こえ正樹は思わず体をビクッと震えあがらせた。
別にやましい事があった・・・とはアンナの今の服装を見られては弁明出来る気がまったくわかなかないが、それでもこんな状態でノックをされると瞬時に包丁を手に持った由紀の事が頭に過った。
「ねぇ、どうしてアンちゃんがそんな制服を着てるの? っていうかここラブホよね? ベッドも大きなシングルベッドが1つ。 さらに乱れた布団に眠る幼女。 ここで何してたの? なんでアンちゃんの顔が火照ってるの? ねぇなんで? なんで? 答えてくれないの? やましい事があったの?」
ねぇ・・ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇッ!!
綺麗な長髪を前に垂らしながら顔を斜めに傾け、片手には切れ味が鋭い包丁を手に持つ由紀の姿がゆっくりと近づいてくる。
「すいません申し訳ありません僕が好きなのはこの世界でただ1人由紀ちゃんだけですやましい事はなに1つやっていませんのでどうか話し合いを設けてはもらえないでしょうかお願いしますッ!!!」
僕は人生で初めて長文とも言えるセリフを早口で噛みもせずに言う事に成功した。
扉の前で華麗とも言える土下座を繰り出して体を震わせながらどうにかして由紀の機嫌を直すかと頭の中でシュミレーションをしていると、困惑したような声でアンナが声をかけてくる。
「あ、あの正樹様? 一体どうされたんですか? 由紀様は何処にもいらっしゃらないですよ?」
「・・・え?」
アンナの言葉を聞いて床にこすりつけた頭を上げると、そこには今も一定の間隔でノックされ続けている開かずの扉があった。
「な、なんだ・・夢か」
「正樹様? 恐らくそれは夢ではなく幻覚に近いように見えたのですが?」
ノックを聞いた瞬間に音速とも言える速さで扉の前に土下座をした正樹の姿は正に尻を惹かれた男性の姿そのもので、他人が見れば思わず引いてしまうほど潔い間抜けな場面であった。
「いや~もしかしたら由紀ちゃんがこの国までやって来てホテルに入る僕達の姿を見て包丁持って僕を殺しに来たのかと思って・・ハハハハ」
冷静であろうとアンナに笑いかける正樹だったが、その表情はあり得ない話ではと不安を思わせる頼りない笑顔だ。
「ま・・まさか~。 流石にあの街から都会のこの国まで距離がありすぎますよ~。 早くても3日はかかる道のりですよ~。 それを半日も経たずにここに来れる訳ないじゃないですか~」
「そ、そうだよね~! 僕ってば考えすぎだなぁ~」
「「 あははははは~ 」」
ぎこちない笑顔を互いに向けたまま乾いた笑い声が流れる中、未だに一定のリズムで止まない扉を2人は見る。
「じゃあ・・・誰?」
「も、もしかしたら従業員の方ではないでしょうか? 私出て見ます」
「待った。 ・・・僕が出る」
扉を開けようとするアンナを呼び止め自分の後ろへ移動させる。
仮にこれがホテルの従業員だとしても制服姿のアンナを見たら一体どんなプレイをしていたのかと誤解をされてしまう。
ただでさえ子供ずれだという事も認識されているのにそんな如何わしい誤解だけはされたくない。
これでも一応、恋人がいる男ですから。
・・・あと、一応、もしかしたら、この扉の向こうにいる人物が由紀の可能性を考慮して、アンナを守る事第一である事も候補に入れいている。
候補、候補だからね?
あくまでも可能性の話であって由紀でない可能性の方が大きいのだから!
怖がる必要もないのだよ!
あははははははッ
・・・・違いますように
正樹は心の中で不安の気持ちを押し殺しながらドアノブに手をかける。
「・・・はぁ~い、今でまぁ~す」
緊張をしてるせいか声を裏替えし、ゴクリッと唾を飲みこむ。
そしてゆっくりと扉を開けると第一に見えたのはキラッと光る刃物のような先端だった。
――バタンッ
まだ指が入るほどしか開けていない扉を力強く閉ざした正樹にアンナは目をパチクリと瞬きをする。
「ま、正樹様? 一体どうし―――」
「由紀ちゃんがいる」
アンナが疑問を言い終える前にドアノブをしっかりと握り絞めて固まった状態で正樹は言う。
「由紀様がッ! そんな・・一体どうやって!」
「それは分からないけどアンナは取り合えずピースちゃんの所に」
「正樹様は?」
「僕は由紀ちゃんと外で話してくるよ。 大丈夫。 由紀ちゃんならこれが誤解だって理解してくるよ」
命の1つや2つは覚悟しなくてはならないだろうけど!
正樹はアンナの方へ振り返る事はせず、閉ざした扉に向け合いながら涙を流していた。
「わ、分かりました。 でも無茶はしないでくださいね。 大事になるなら私もすぐに駆け付けて頭を下げますから」
ホテルに入ろうと提案した事に対して責任を感じているのかアンナは真剣な表情を向けながら正樹にそういうと、今もスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているピースの元へ駆け寄る。
「っていうかあの子、こんなにうるさいのによく寝てられるなぁ~」
扉をノックする音は扉を瞬時に閉めた瞬間から壊そうとしているかのような強い力で叩きつけていた。
っというか壊そうとしている。
扉を叩きつけ、握り絞めているドアノブが動かない事に腹を立てているのかガチャガチャと乱暴に開けようとしてくる。
ここまでくると完全にホテルの従業員でない事は確実だ。
ただ、ここで正樹はある事に疑問を持つ。
「なんで破壊してこないんだ?」
それは自分で言っていて逆におかしい事だと理解した。
しかし、恋人である由紀という人物はそういう女性なのだ。
自分以外の女性と会話をしているだけで相手の女性に敵意を向け、自分だけを見てもらおう為に正樹に対して行き過ぎた行動を引き起こす。
それは本来の世界で死んだ僕を追いかけて異世界まで来たという実証から信じてもらえる事実だ。
それが最上由紀という正樹の恋人なのだ。
しかしこの扉の向こうにいる人物は未だに扉を壊そうとしない。
今の由紀であれば扉どころか建物自体を崩壊させる事が出来る力、チートスキル神の権限を保有している。
それならば、何故未だに扉を壊そうとしないのか。
それは扉の向こうにいる人物が由紀ではないという事だ。
だから扉を壊さない。
壊せないのだ。
だからアンナをとりあえず下がらせた。
今のアンナは魔王の力を失った普通の女の子だ。
こんな危険な事を率先とさせる訳には行かない。
ドンッドンッ! ガリガリッ!
扉を叩く音と同時に今度は何かをきざむ音が聞こえてきた。
どうやら先ほどの刃物で扉を斬りつけているようだ。
「ふぅ~・・・よし」
これ以上扉を閉めていてもその内こじ開けてくるのは目に見えていた。
正樹はとりあえず最初の攻撃は全力で避ける事だけを頭に入れ、覚悟を決めて扉を開ける。
ゆっくりと相手の動きを確認しながら扉を開ける。
そして、徐々に開いていく扉から先ほどから叩きつけてくる相手の人物の姿が視界に入った。
「こんバんワぁ~」
そこに立っていたのは真っ黒なマントを被っていながらも痩せこけている事が分かる細い体をした女性が不気味な笑みを向けて立っていた。
 




