第63話 英雄の国
ドンッ!
――と背中に大きな衝撃を受け一瞬、世界が反転したかのような感覚が目の前に広がる。
せめて頭だけでも守らなければと咄嗟の判断で両手を頭に添える事で最悪な怪我の事態にまではならなかった物の、体感からして何百メートルという落下速度にしてはそれほどの激痛が身体に襲い掛かってくるわけでもなく半分安心した。
少しふらつく身体に力を入れてなんとかその場から立ち上がる。
そこで、正樹は呆けた表情を浮かべながら自分の目に映る景色に啞然とした。
「なんだこれ・・・」
正樹の周りに広がる景色。
それは異世界へやってきて街や村ではなく、大勢の人間達が集まり賑わい、現代にも負けず劣らずの立派な建物が並ぶ土地。
まるで中世ヨーロッパの国をそのまま現代の技術を持ちえたかのような光景。
そんな立派な建物が並び建つ中でも、ひと際目立つ建物がある。
御伽噺にでも出てきそうな大きな城。
遠目からでもかなりの高さと広さである事は一目瞭然なほど大きな城を見て正樹はある事を思い出した。
街のギルドでゴブリンの討伐クエストを受けた際に報酬としてもらうはずだった旅行券のパンフに乗っていた。
「まさかここ・・・大都市国家っていう【英雄の国】?!」
―――英雄の国。
この国がそう呼ばれるようになったのはある一説からだと言われている。
まだこの世界に神と呼ばれる存在が誕生して間もない時代。
信仰という文化が生まれ人々は超越した神々しい存在である神に祈りを捧げるようになった世の中において神様は頭を抱えていた。
それは魔族と呼ばれる野蛮で狂暴な種族が意味もなく人間達を襲い怯えさせていた。
初めは神様直々に魔族と戦い人々を守り導いていたが、人間の負の感情で力を得る魔族達に神様達の力では対抗する事が難しくなってきていた。
そこで神様はある事を思いつく。
それは人間達の中から最も神に近しい選ばれし者に神の力を分け与えてはどうかというものだった。
魔族が人間の負の感情により力を得るのであれば、逆に人間の生の感情を生み出せばよいのではないかと。
ましてやそれをわざわざ神である自分達に供給するのではなく、生み出す本人に力のコントロールを覚えさせて魔族から世界を救えばよいのではないか・・と。
そして生み出されたのが後に英雄と呼ばれる勇者の存在だ。
神の加護を受け力を得た勇者は魔族の中でも神が最も手を焼いていた存在、魔王を倒す事に成功。
その勇者が生まれた土地が今の【英雄の国】と呼ばれるようになったという。
――という事をまるでホログラムのように宙に浮いて映し出されている映像での説明を見て正樹は「へ~」と口にする。
「つまりここは勇者誕生の国って事か。 なるほど。 そりゃ世界を救った英雄が生まれた場所なんだからそれなりに贔屓されるわな」
まだ鏡の中から落ち出てきて一歩もその場から動いていなとは言え、周りから聞こえる人の声と建物を見ればどれだけ最先端な技術を用いているのかというのは理解できる。
因みに正樹が鏡の中から落ちて出てきた場所は使わなくなった家具などを廃棄場所としているゴミ溜めであった。
落ちた際にゴミとして捨てられていたボロボロのソファーがクッションになってくれたおかげで外観的な怪我は何処にも見られない。
「さて、ここが何処なのかもわかった事だし。 次はどうして僕がここにいるのかとどうやって家に戻るかを考えないと・・・ん?」
身体の痛みがない事を確認する為、腕を伸ばしてストレッチをしていると足元に落ちてある手鏡から声が聞こえる事に気が付いた。
「なんだ?」
鏡にはすでにヒビが入っており、それが原因で捨てられることになったのだろうと思いながらジッと鏡を見る。
「ん~~??」
少しずつ近づいてくるように大きくなる声と、鏡の奥から見える物体を眺めていると正樹はある確信を得た。
「ま、まさか・・・」
少しずつまるで加速しながら近づいてくる物体が肉親でハッキリとそれが何なのか理解をしたが、その時にはすでにもう遅かった。
「きゃぁあああああああッ!!」
「ブベラッッッ!!」
手鏡サイズから急にポンッと飛び出てきたのは、元魔王であり正樹達が今一緒に暮らさしてもらっている家の家主。
アンナであった。
「~~ッ~~! な、なんだったの今の・・って、大丈夫だったピースちゃん?! 怪我してないッ?」
アンナの両腕に包まれながら顔を出したのはまだ10歳のほど幼い少女ピースだ。
ピースはアンナの質問に答えるように怪我をしていないアピールをするように両手を大きく上げてニコッと微笑みかける。
「はぁ~、よかった。 ・・それにしてもここは一体―――」
周りの状況を確認しようと辺りを見渡す一方で首を動かす度に足元から変な声が聞こえる事に気が付く。
正確には座っている状態のお尻辺りからフガフガと苦しそうにしている男性の声が聞こえていた。
ゆっくりと自分の座っている場所に視線を送ると、ボロボロのソファーに顔をめり込ませてピクピクと痙攣している正樹の頭がそこにあった。
アンナ「ご、ごめんなさい正樹様!!」
正樹 「フガガッ!」(気にするな!)
アンナ「すいません、知らなかったとは言え頭の上にのっかってしまって・・そのお、重かった ですよね・・」
正樹 「フガフガガッ!」(全然大丈夫!!)
アンナ「そうですか? それならよかったです・・・あの、正樹様?」
正樹 「フガ?」(どした?)
アンナ「いえ、あの・・大したことではないのですが、そろそろそのボロボロのソファーから出てくれると嬉しいのですが・・・」
正樹 「ファ! ファ! ファ! ・・・フガッ!」(はっ! はっ! はっ! ・・・無理!!)
思った以上に顔がソファーにめり込んで取れません!
誰か助けてくれぇぇえええ!!




