第56話 少女の名前
少女の着せ替え大会を終了させる事に成功して、結果的に少女の服装はラフな上下の半袖と短パンで腰に上着を括った状態の服で決定した。
因みに服の発案者は由紀の物だ。
「それで正樹さん。 この子名前はなんていうの?」
服の着方が分からなかったのか、少女は服を着るのに一苦労している様子だったのを発案者である由紀が着替えを手伝いながら疲れ切った様子で椅子に座っている正樹に声をかける。
「え? あぁ・・そういえばまだ聞いてなかった」
名前を聞く以前に少女との不思議な出会いに頭が追い付く事ができず、お互いの名前を知らない状態でここまで連れてきてしまった。
そんな正樹に対して由紀は「仕方ないな~」と少し困ったような表情を浮かべながらも呆れる様子を見せる訳でもなく再び少女と対面する。
「じゃあ後付けになっちゃったけど、自己紹介。 私は最上由紀っていうの。 貴女のお名前は?」
「・・・」
由紀の質問に対して少女はまるで言葉の意味を理解していないかのように頭を斜めに傾げる様子を見せる。
「あらあら~。 やっぱり小さい子には貴女がどういった女性なのか本能で理解できるから挨拶したくなのではなくて~?」
「ちょっと、それどういう意味?」
背後からクスクスと笑うのを堪えながら由紀を挑発するマリーは睨みつける由紀の視線を軽やかに流しながら少女と目を合わせる。
「初めましてお嬢さん~。 私の名前はマリー・ホワイト。 女神の加護を授かりし者です~。 どうかよろしく~」
「・・・」
しかし少女はマリーの自己紹介に対しても由紀と同様に、今度は逆側に頭を斜めに傾げる。
その様子に今度は由紀が背後で鼻で笑う。
「あら~。 どうかしましたか~? 自分の感情に押しつぶされそうになって空気が鼻から溢れ出てしまっているのでしょうか~?
「はッ! 自分の淫乱癖が子供に見破られて無視されてる誰かさんが憐れすぎで大声で笑う事が出来なかっただけよ」
「は~??」
「はー??」
またも2人の間で火花が散り始める。
それを察知した正樹は椅子から立ち上がり2人を止めようとカガミに協力を得ようとするが、気が付けば先ほどまで隣に座っていたカガミの様子が何処にもなかった。
恐らく・・いや、確実に巻き込まれたくなくて先に逃げたな・・・あいつ。
そう思う正樹だったが、今にも爆発しそうな由紀とマリーの様子にカガミ同様逃げ出そうとした。
その時だった。
「そっか~。 ピースちゃんっていうのね!」
火花が立ち広がる2人の間の足元に、少女と同じ視線に合わせて膝をつくアンナが笑顔で言葉にしていた。
「私の名前はアンナ! よろしくね!」
「・・・」
「そうそう! ・・え? ここは何処かって? ここは私の家だから安心して!」
外から見たらアンナが一方的に会話を続け、少女は時折頭を動かしているだけのように見えるのだが、何故か会話が成り立っている様子を正樹達はポカーンとした表情で眺める。
「ア、アンナ? もしかしてその子と話してるの?」
「え? えぇ、そうですよ? 奥様やマリー様は何故かこの子の声が聞こえていない様子でしたけど、もしかして正樹様も?」
「あぁ・・カガミは?」
横で驚いているのか冷静でいるのか表情が読み取れないカガミに質問すると、カガミは肩をすくめて鏡の顔に?マークを表示させる。
・・・ちょっとむかつくから後で嫌がらせでもしてやろう。
「でも~、そんな事があるのでしょうか~? アンナに聞こえて私達にはこの子の声が聞こえないなんて~」
マリーの疑問にその場にいる誰もが同じ疑問を感じたが、正樹はそれよりも別の重要性を重視してピースと名乗る少女に近づく。
「僕も改めて自己紹介。 僕の名前は安生正樹。 気軽に正樹って呼んでくれ」
「・・・」
やっぱりピースの声は聞こえず頭だけが横に傾ける仕草をしているが、ピースの横に移動したアンナに視線を送るとどうやらちゃんと正樹という名前を理解してくれているようだ。
「それじゃあピースちゃん。 君は大きな桃に乗って川から流れて来たけど、一体何処から来たのかな?」
「・・・」
「え? あんな所に人が暮らしてるの?」
ピースの声が聞こえない正樹達を置いて驚く様子を見せるアンナに疑問を視線を送ると、アンナはどう説明をするべきかと考えながらオズオズと口にした。
「どうやらこの子はこの山を越えた先から来たらしんです」
「この山の向こう~?」
アンナの言葉に反応したのは腕を組みながら怪訝な顔をしたマリーだった。
「この先の山では猛獣や魔獣が多く生息している為、一般の人間が暮らせるような環境ではないはずだけど~?」
「はい。 ですが、この子は確かにそこからやってきたのだと・・」
不思議に思うアンナは再びピースを見るが、ピース自身も現所が理解できていないのかまたコテンッと首を横に傾ける。
まだこの辺りの地形に詳しくない正樹と由紀であったが、元魔王であるアンナや大国の姫であるマリーが不思議に思うほど人が生活するには難しい環境なのだろうとなんとなく察しがつく。
「ん~、じゃあやっぱり1度山を下りてギルドへ行ってみよう。 もしかしたら捜索依頼みたいなのが届いているかもしれないし」
一旦アンナの家まで連れてきたのは良い物の、やはりこういう事は正式な所で保護してもらった方がピースの為にも良いだろうと考えた正樹はすぐにでも街へ向かおうと立ち上がる。
・・・が、背後からガシッと肩を掴まれそのまま力づくで床に座らされた。
頭を上げると、そこには満面の笑みを浮かべながら見下す由紀と目が合う。
「正樹さんはお留守番です!」
「え? で、でもこの子連れてきたの僕だしついていった方が―――」
「正樹さんは、お留守番、してください・・・ね?」
満面の笑みから感じる圧と由紀の背後から見える黒い靄のような物がユラユラと浮かび上がる光景に、正樹は「ヒェッ」と情けない声を漏らしながら小さく頭を縦に動かす。




