幕 間 若い兵士
「王子が想いを募らせているという女性を偵察してきて」
まだ若く新人の兵士だった青年は、この国で一番美しい事で有名な姫様に直々に命じられた。
なんでも多くの国から求婚が寄せられる美しい姫様の告白を断った稀有な王子がいるのだとか。
姫の求婚を断った理由。
それは相手側の王子にはすでに慕っている女性がいるからだという。
(この時代で王家として御生まれになられた人物にしては珍しい思想をお持ちの御方だ)
王家として命を授かったのなら、大抵の王族は妻となる王妃とは別に側室を数名つける事は当たり前だった。
王家とは国の顔であり、先祖代々から受け継がれてきた遺伝子を絶やさぬよう子供を作る事が使命であると言っても過言ではない。
そんな時代の中で、超絶美女で有名な姫から求婚されたのにも関わらず、受け入れることなく断るという判断はとても珍しい決断だ。
どちらにせよ姫様直々の命令を一兵の若い兵士が断る事もできない。
若い兵士は深々と頭を下げて姫の命令を遂行する事にした。
◆ ◇ ◆ ◇
姫様の求婚を断った王子の決断が迷い事でないという事は1日も経たない内に若い兵士は理解した。
王子が想いを寄せる女性という人物は貴族の娘でも他国の姫でもなく、何処にでもいる平凡な村で暮らしている村娘だった。
最初は一体どんな小細工で王子を誑かした小賢しい女なのだろうと考えていたが、そんな後ろめたい思考は彼女を一目見てすべてが消えた。
誰に対しても常に笑顔を向けて挨拶を交わして、困っている人物に手を差し伸ばし、泣いてる子供には優しく寄り添い笑いかける。
雪のように白い白髪の髪は青空の下でキラキラと輝き、道行く人すべて男女問わずに自然と彼女へと視線を向ける魅力を持つ女性だった。
(なるほど。 確かに王子が彼女に惚れる理由は理解できるな)
◇ ◆ ◇ ◆
偵察を初めて2日目では彼女の名前を近くの飲み屋で簡単に聞くことが出来た。
彼女の名は【白雪】というらしい。
しかし、実は本名ではない。
彼女は昔捨て子として、とある教会に拾われ雪のように白い髪の事から愛称でそう呼ばれているという。
「おっ! おい見ろよ! 白雪だ!」
昼間から酒場で酒を飲む酔っ払いの中年男性が窓から見える白雪を見つける。
だが、男性は声をかけようとして立ち上がった状態から小さく微笑むとすぐに席に座り酒を口に運ぶ。
「声をかけなくていいのか?」
「アぁ? いいに決まってんだろうがよ。 あんちゃんも丁度白雪くらいの歳だろ? ならあれを見てなんとも思わねェのか?」
「あれ?」
男性は酒を飲みながら親指で白雪の方に指をさす。
その先へと視線を向けると、白雪の隣には顔を布で隠して少し古着に見える服を着た男性と並んで歩いていた。
男性の方は布で顔を隠している為素顔が見えなかったが、隣に立つ白雪の楽しそうな笑顔を見てすぐに察した。
白雪はあの男性に恋をしているのだと。
そして、その事に気が付くと隣に立つ男性が何者なのかも理解できる。
「あの王子も一途だよな~。 多くの他国の姫様方から求婚をされてるって言うのに白雪を城へ受け入れる為に妻として迎えるのは白雪だけだとよ。 かぁ~ッ! 金持ちで顔もよくて、さらには性格まで男前と聞いたら下々の俺達からは何も言う事はねぇな! そうだろお前らッ!!」
男性と同じように昼間から酒を飲んでいる周りの村人達が男性の言葉に賛同するようにグラスを持って乾杯をする。
その楽しそうな空気に呑み込まれ、勝手に注文されていた酒の入ったグラスに少し口をつける。
「・・・酒はもう少しやめておこう」
◆ ◇ ◆ ◇
偵察から3日目。
若い兵士は偵察を終え城に戻っていた。
たった3日という短い期間であったが、白雪がどういう人物なのか、そして王子がどれだけの覚悟を決めて彼女を選んだのか見て、そして村人達から聞いて納得できた。
これほど周りからも応援され支えられている2人の事を聞けば、姫様も王子を諦めて2人の気持ちを汲んでくれるはずだ。
そう、思っていた。
◇ ◆ ◇ ◆
姫様が死んだ。
原因は不明。
ただ分かるのは、まるで体から魂が抜けたかのように急に倒れ込み息を引き取ったという。
美しい事で有名だった姫様の事はすぐに他国へと情報が行き届いた。
言いにくい事だが、姫様の死を聞いた王族の男性数名が後を追って命を落とす出来事さえ起きた。
それほどまでに姫様という存在は大きいものだった。
しかし
1人の若い兵士は周りとは違う反応を見せていた。
姫を亡くして絶望するわけでも悲しむわけでもなく、ただ不安だけが取り残されていた。
そして、気が付けば城を抜け出して走り出していた。
嫌な予感がする。
ただの気の迷いであってほしい。
心の底からそう願い若い兵士が息を切らして辿り着いたのはとある国の城だ。
そこには最近妊娠しているが発覚した白雪と王子が暮らしている。
若い兵士は見つかればただで済まない事を承知の上で顔を隠して城へ侵入した。
ただ一目だけでいい。
この不安を取り除く事が出来ればそれでいい。
あの時、村で見た2人の幸せな顔を見たい。
その一身で城へ侵入して若い兵士は上階にあるベランダに王子と白雪の姿があるのを確認した。
誰にも見つからないように部屋に近づき2人の会話を耳に傾ける。
『・・・あぁ。 そうだね。 僕は姫ではなく君を選んだ。 その事実を受け入れて、必ず君を幸せにするよ。 白雪』
『えぇ、ずっと一緒です。 王子』
そうして2人はお互いの体温をしっかりと確かめ合うように抱きしめ合う。
(よかった。 どうやら俺の思い違いだったようだ)
若い兵士は幸せそうな2人の様子を見て安堵する。
何故か分からないがどうしようもない不安で2人の心配をしていてが、思い違いのようだ。
しかし、確認も出来た所で誰かにばれない内に城から離れようとしたその時だった。
『これで、貴女にとって世界一の美貌を手に入れましたわ』
「・・・―――~~~~~ッッ!!!」
白雪の声から微かに零れるように聞こえたその言葉に背筋が凍った。
何故理解できたか分からない。
何故あの御方がここにいるのか分からない。
ただ理解できたのは、世間で大騒ぎされている死んだはずの姫が白雪となって王子と一緒にいる事だけだった。
◆ ◇ ◆ ◇
数年が経ったある日の事。
王子と白雪に成りすましている姫との間に2人目の子供が誕生した歳の事だった。
王子が遂に目の前にいる白雪が偽物であると理解してしまった。
元々、白雪の違和感に気が付いていた王子だが、見た目も仕草もすべて代わりのない白雪の姿に確証を得られず今まで時間だけが過ぎてしまっていたが、若い兵士は王子に向けて1通の手紙を匿名希望で差し出した。
その内容とは、あの日、若い兵士が初めて2人の姿を見た時に王子が顔に巻き付けていた布のことだ。
後から聞いた話だったが、あの布は城を抜け出して街や村に遊ぶ際に顔を隠す為白雪が初めてプレゼントした物だったらしい。
しかし、2人の出会った当時の思い出を姫様が知っている訳もなく、姫様は王子の策力により白雪が偽物であるとバレてしまった。
城は白雪が偽物であるという話題で混乱が起きている最中、兵士は誕生したばかりの第二息女を誘拐した。
ただ、それは何も悪事を働く為に誘拐したわけではない。
生まれたばかりのご息女は白雪と同じ雪のような髪をしていたのだ。
そして確信した。
彼女は将来、姫に狙われてしまうと。
白雪のように体を奪われてしまう。
それだけはどうしても許せなかった。
白雪が手に入れるはずだった幸せを。
王子と共に家族と笑って過ごす未来を、また同じように奪わせる事がどうしても兵士には許せなかった。
そうして日中問わずに走り続けた兵士が辿り着いた場所は小さな小さな村にある立派な教会だった。
(・・・ここなら、大丈夫かもしれない・・)
こんな山奥に村がある事など国の人達は把握しておらず、教会で捨て子という事であれば行方不明となった第二息女がどうかなど分かるはずもないと。
兵士は赤ん坊である第二息女の体調が崩れないように、布を身体全身に巻き付けて、教会の扉の前に寝かせる。
(そうだ。 せめて名前だけは置いて行こう。 あの王子が必死に考えた大事な名だ。 きっとこの子を守ってくれるはずだ)
そして兵士は赤ん坊に巻き付けた布の間に一切れの紙をしまい込む。
「貴女のこれからの名前は、御父上が導きだしたマリー。
そして御母上が愛称として呼ばれていた白雪からホワイト。
マリー・ホワイト 様です」
 




