第52話 自分という個性
それは一瞬だった。
何が起きたのか分からなかったが背後に立つカガミの顔が急に光出したかと思えば中からマリーが飛び出してきた。
身体を乗っ取った老婆も一瞬何が起きたのか理解できていなかったのか判断が遅れ振り向くだけで精一杯だった。
マリーが指さす先に目が合う老婆は、カガミの中から出てきたマリーを見て目を見開く。
その姿はどこからどう見ても自分が千年もの間、身体を乗っ取る事に執着していた美貌を持つ女性と瓜二つだったから。
『き、貴様は―――ッ!!』
老婆が何かを叫ぼうとしたその瞬間、マリーがさす指の先が蒼く輝き、一言呟く。
「 アルマゲドン 」
マリーの指の先から神々しく光る蒼い粒子は老婆の身体を覆いかぶせるように広がっていく。
そして蒼い光の粒子に触れた瞬間、ようやく手に入れた若い身体は一瞬で消滅して、残ったのは体は透き通りヨボヨボの老婆の顔だけだった。
『ぁ・・ぁぁ・・・』
老婆から見える視界には老人の手が見え、顔を触れるとそこには美しかった肌など何処にも無く、足腰は衰え立っている事さえ出来ず地面に膝をついた。
『な・・ぜ・・。 我は・・わたしはただ、あの人に、振り向いてほしかっただけなのに・・・』
老婆の身体は肉体がなくなったせいか足元から徐々に消えていくのが見て分かる。
消えていくスピードから見て残り1分ももたないだろう。
自分が消滅する事を自覚して、どうする事も出来ないと判断したのか老婆は大人しく、雨漏れのする教会の天井を見上げる。
その虚ろな瞳にはもう生気などない。
「バカね~。 貴女は女を磨く道を間違えてここまで来てしまったのね~」
老婆に向けてそう話しかけたのはマリーだった。
小さく溜息を吐きながらやれやれと言わんばかりな表情を浮かべて老婆に近寄り視線を合わせる為に地面に膝をつく。
『道を・・間違え、た?』
老婆はかすれた声でぼやくようにマリーの言葉を反復した。
「そうよ~! 貴女の想いは何も間違ってないわ~。 千年もの間、1人の男性を思って美を求めるなんて簡単に出来ることじゃないもの~。 ・・でも」
マリーは虚ろな瞳で視線を合わせる老婆の頬に手を添えて、真剣な眼差しで目を合わせる。
「恋をした男性の為に貴女自身を捨ててしまったのは評価できない」
好きな人の為に顔を捨てた。
好きな人の為に家族を捨てた。
好きな人の為に自分を捨てた。
そして、好きな人の為に手に入れたのは何もない虚無だけが残った。
「貴女は愛した人の為に相手の理想になる事を望んだ。 でもそれでは相手は決して振り向いてくれないわ。 だって、相手の為に相手の理想になるという事は、そこに貴女という個性が見られないのだから」
『私という・・個性・・』
昔、誰かに同じ事を言われた気がした。
初めて恋をした男性が恋焦がれていた相手の女性だ。
雪のように白く輝く綺麗な髪をした美しい女性。
恋敵であるにも関わらず、彼女を一目見た瞬間に理解してしまった。
彼女は自分よりも美しいのだと。
だから奪う事にした。
彼女の顔を、身体を、心を、すべて奪い自分自身が彼女に成れば、彼は自分に振り向いてくれるのだと。
いつの間にか手にしていた禁忌目録【魂の自由】で彼女の身体を乗っ取ろうとしたその時、彼女は抵抗するわけでもなく、ただ私を見て悲しそうな瞳を向け落ち着いた口調でこう言った。
( 貴女が私になっても、貴方の願いは叶えられない。
彼に振り向いてほしいのなら、貴方という個性を相手に示さなければ。
大丈夫。
貴女は十分に魅力的な女性ですよ )
あの時は只の嫌味だと思って理解できなかったが、すべてを失った今なら分かる気がする。
私はあの時、もっと彼と会話をするべきだったのだと。
私がどういう人間なのか知ってほしかった。
私が好きな物や、趣味や、最近あった楽しい事。
なんでもよかった。
相手を誘惑する美貌よりも、自分を知ってもらう努力をするべきだったのだ。
虚ろだった瞳が徐々に光が戻ってきたように視界がハッキリとしていくのが見て分かる。
老婆は頬に触れられるマリーの手を握り、目から大きな涙が零れ落ち、雨の雫のようにぽたぽたと滴り落ちていく。
そんな時、横からひょっこりと正樹が老婆の顔を覗き込む。
しばらく何も言わずに老婆の顔を凝視していると目が合った途端にフッと笑みをこぼした。
「なんだ。 思ってたよりも綺麗な顔になったな。 今のアンタなら世界一の美女だって言っても納得できるよ」
『―――ッ!』
その瞬間、老婆は息を飲んだ。
それは正樹に美女だと褒められたからではない。
目の前に立つ正樹が何故か、あの時、今でも心から慕っている王子の顔に見えた。
初めて会ったあの日のように自分に微笑かけ話しかけてくれた時の王子の顔。
『ぁぁ―――あぁ・・・王子ッ!!』
すでに消滅が始まって消えていた両手を伸ばし、老婆は必死に手を伸ばす。
目の前にいる人物がすでに老婆には正樹ではなく、あの時自分を拒絶した王子が再び自分を美しいと言ってくれているようだった。
『私、私は! 貴方をお慕い申しています! どうか、またあの時のように私とお話ください! 好きな物の話をしましょう! 御趣味を語り合いましょう! 前日にあった出来事を綴りましょう! だから――だからッ!!』
―――私を見てください
消滅しきってなくなった手を必死に伸ばすと、王子は笑顔で手を添えた。
いつの間にか聞こえなくなった雨の音は、代わりに暖かな太陽の日差しが空を照らしてライトスポットのように2人の場所だけが明るくなる。
それはまるで初めて会った当時のようなシチュエーションで、彼は優しい笑みを向けてこう言った。
『えぇ。 勿論です。 ヒルド姫』
ずっと昔に捨てた自分の名を、王子は私を見て呼んでくれた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
一応これにて【不死身と神】編は決着です!
後は少しだらだらと後日談のような物を書きながら新章に繋げようと思っています!
ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます!
まだ書きたい話がありますのでできればそちらもお付き合いくださいますようよろしくお願い致します!
それではまた次回ッ!
 




