第5話 旅ははじま・・え? 魔王?
「―――ハッ!!」
正樹に嫌われた宣言のような事を言われたショックで固まっていた由紀は気が付けば何処かのボロボロの家の中で椅子に座っていた。
「あっ。 気が付いた由紀ちゃん?」
隣には机に用意されていたお茶を飲んでいた正樹が微笑ながら由紀に話しかける。
「ま、正樹さん・・・。」
「ん?」
「お願いです私を捨てないでくださいぃぃいいいッ!!」
「ゴフッ!!?」
普通ならここで胸に飛び込んできた彼女を優しく抱きしめるのが男なのだろうが、由紀の異常な突進はイノシシを凌駕する勢いである為、正樹は押し倒される形で椅子から落ちた。
「由紀ちゃん・・だ、大丈夫だから。 そんな事、絶対にないからッ!」
「本当ですか? 絶対にですか? 嫌いにならないですか?」
「もちろんだよ。 僕が由紀ちゃんを嫌いになるなんて絶対にないよ。」
「正樹さん・・!」
感動で思わず正樹を床に押し倒したまま抱きしめる由紀を、正樹は優しく抱きしめ直す・・のだが、それにしても抱きしめる力が強いような気がする・・。
「それじゃあ正樹さん。 なんでこの泥棒猫の家にいるんですか?」
「ゆ、由紀ちゃん?」
抱きしめる力は徐々に力を増していき、ボキボキッと背骨の音が聞こえる。
「私が好きなら他の女と話さないでよ。 私だけを見てよ。 他の女と楽しそうに話さないでよ。」
「待って由紀ちゃん! なんか背中がッ! っていうよりそんな力強かったっけ?!」
「なんで私の事が好きなのに他の女の家なんかに来たの? 浮気なの? そう、分かったわ。 私の正樹さんを盗ろうとするなら・・・殺すッ!!」
「由紀ちゃん?!」
完全に目が暗黒的な瞳に変わっている。
こういう時の由紀は歯止めが効かない。
何をしでかすのか分からないのだ。
「お待たせしました正樹様!! 私特性のシチューを作り上げましたのでどうぞお召し上がりください!!」
「出たわね泥棒猫。」
「ピィ!?」
お盆にシチューが入った3皿を運んで来たアンナを由紀は長髪の髪を前に垂らしながらゆっくりと立ち上がる。
その様子はまるで日本独特のホラー映画だ。
アンナもそんな由紀を見て猫のような悲鳴を上げる。
「よくも私の正樹さんに色目使ったわね。 許さない、ユルサナイゆるさない赦さないユルサナイッ!!」
由紀の身体から黒いオーラが湧き出たと思うと、そのオーラは家の中を汚染するように染み広がっていく。
それは見て分かる通り、何かイケない物だと理解できる。
「由紀ちゃん! 落ち着いて!!」
正樹は暴走する由紀を止めようとするが、由紀は正樹が近づいてきたと同時に真っ暗になった空間の中を飛んだ。
「ごめんね正樹さん。 少しだけ待っててね。 今すぐこの泥棒猫を消すから。」
目がマジである。
由紀は黒いオーラを操るようにアンナを黒いオーラの中へ沈みこもうとする。
このままではダメだ。
どうにかして由紀を止めてアンナを助け出さなくては!!
そんな事を焦って考えていた時だ。
「も~ッ!! だから私は泥棒猫じゃないってばぁあああ!!」
アンナが叫ぶようにそういうと、先ほどまでアンナを引きずり沈みこもうとしたオーラが爆散するように散り、由紀の周り以外の景色が先ほどの家の中に戻った。
由紀も流石に驚いたのか目を丸くしてアンナを見る。
「いい加減にしてよね! 神共との闘いで魔王の力が半分以上奪われて隠居暮らしになったんだから! 少しくらい平穏な日常を過ごさせてよ!!」
・・・ん?
神共との闘い?
魔王の力?
「あ、アンナさん? 君は一体・・。」
またも涙目になりながらスカートを力強く握りしめるアンナに正樹は戸惑った様子で言葉の意味を問う。
由紀も冷静になったのか黒いオーラを体の中に吸収するように戻して正樹の隣に降り立った。
「もぅ!! だから嫌だったのよ! こんな山奥で暮らしても絶対に良い事なんてないって!!」
アンナは半分自棄になりながら持っていたお盆を机の上に置いて指をパチンッと鳴らす。
すると先ほどまで何処にでもいる普通の少女姿が徐々に変化していき、少し日焼けしたような肌と赤い短髪に紅い瞳へと変化した。
「私は元魔王。 神との闘いに敗れ力を失ったダメダメな魔王です!!」