第49話 醜い咆哮
『千年・・千年も待った。 世界一の美貌を手に入れるのに千年という長い年月を費やした』
雪のように輝く白髪に透き通るような白い肌。
声を聞くだけで心が乱れ、瞳を合わせるだけで魅力されそうになる人物は、汚れなんてついていない純白なワンピースを身に纏っている。
その立ち姿はまさに女神そのものの姿だった。
しかし
正樹や由紀、そしてアンナと言った彼女と関わりを持っていなかった人間から見ての話だ。
誰もが認めるその美貌を持つ女性を前に、1人だけ魅力ではなく畏怖感を感じ、そして絶望していた。
「マリー・・さん・・ッ!」
千年間、彼女の身体を狙う老婆から見守り続けてきたカガミだ。
永遠の美貌と永遠の命という目的で他人の身体を乗っ取り寄生する魔女から彼女を守り、占いで映った再会を希望に老婆を倒す事が出来る正樹達という存在を待ち続けてきた。
「その結果が、これかッ!!」
カガミは血が流れ出るほど拳を握り絞める。
占いを始めてから今まで鏡に映しだされた結果が外れる事など極めて稀な事だった。
100件占えば1件、それも強いて言えば天気が晴れではなく曇りであるような小さな外れだ。
しかし、今目の前で起きている現実はそんな小さな事ではない。
占いそのものが完璧に外れた事を意味している。
そんな現実に対して、絶望を抱かない筈がなかった。
『さて、今までご苦労だったな。 魔術師よ』
カガミの知るマリーの姿をした老婆だった女王陛下はカガミに向かって微笑かける。
その表情はまさにカガミがもう一度再会したかったマリーの姿そのもので、思わず心が搔き乱される。
『しかし、最後の最後によくも我を・・いや、この話し方はあの方は好んでいなかったな。』
女王は考え直すように口に手を当て目を閉じた後、まるでさっきまでとは別人のように優しい笑みを浮かべた。
『千年間も共に生きてきた仲の貴方に裏切られて、わたくしはとても悲しかったですわ~。 魔術師様~?』
「「「 !? 」」」
急に口調を変えた元老婆だった女性は、正樹達が一緒に行動して生活してきたマリーの口調そのものだった。
『本当なら貴方を許す事など出来ないけれど、不死身の身である貴方を倒す事は難しいですものね~。 だから、チャンスを上げるわ~』
「チャンス?」
女王の言葉に反応したのはカガミではなく正樹だった。
抱え逃げたアンナを地面に降ろして、空に浮いていた由紀と合流して2人の前に一歩出て女王と視線を合わせる。
『そうです~。 チャンスですよ~。 私を裏切った罰として彼の後ろにいる2人を鏡の中へ閉じ込めなさい~』
「なっ?!」
女王は正樹の背後にいる由紀とアンナを見てクスッと微笑む。
『さっきこの身体に身を宿す際に不死身の禁忌目録は消滅させてしまったからね~。 だったら、この身体と同等に美しい美貌を持つそちらのお嬢さんと、神の力を無力化できるお嬢さんには次の私の替え玉になってもらいます~』
「なにわけわかんない事をッ!!」
由紀は女王が微笑かける言葉に耳を貸さずに黒いオーラを影から溢れ出さして攻撃を仕掛ける。
しかし由紀の攻撃は女王に当たることなく蒼い粒子へと変化して消滅した。
『忘れたのかしら~? この身体は貴女と同じ神の権限を持っています~。 同等の能力を持っている貴女の攻撃は私には一切通用しませんよ~』
「クッ!」
最強だと思っていた由紀のスキルは一蹴され、正樹達はどうする事もできず均衡状態に陥っていた。
『さぁ魔術師様~。 早く彼女達を鏡の中へ。 その間、私は彼とお話をします~』
「へッ?! 僕ッ!」
急に指名された正樹は目を見開いて驚く。
この流れでまさか自分に指をさされるとは思っておらず、もしもカガミが女王の言いなりになればすぐに殺されるとさえ思っていた。
「そんな事、私が許すともで思ってるッ!」
正樹と2人で話がしたいと言った女王に噛みついたのは言わずもがな由紀である。
黒いオーラが効かない遠距離では足止めも出来ないと踏んだ由紀は近距離での攻撃を仕掛け女王を正樹に近づかせないようにしようと考える。
『魔術師様~?』
だが由紀が女王に後半歩で接近できる直前でさっきまで立ち尽くしていたカガミが立ちはだかった。
「邪魔・・するなぁぁぁああああ!!」
瞬時に黒いオーラを発動させてカガミに攻撃を仕掛けようとする由紀だったが、突如目の前から姿を消した。
否・・消えたと言うよりも、鏡の中へ吸収された。
「由紀ちゃんッ?!」
鏡の中へと吸収された恋人を目の辺りにした正樹はカガミに突進する勢いで駆け出した。
「正樹様ッ! 待ってッ!」
すぐ後ろでアンナが呼び止める声が聞こえたが、正樹は構わずカガミに向かって一直線に駆け出して拳を握り絞めた腕を振り下ろす。
しかし振り下ろした腕は当たることなく、カガミは正樹の攻撃を避けアンナに向かっていた。
「なッ! 待てッ!!」
『いいえ~。 待つのは貴方の方よ~』
カガミを追いかけようと急展開した正樹の腕を掴んだのは女王だ。
いきなり掴まれた事で一瞬気を取られてしまった所をつかれている所でカガミはアンナの元に到着してあっという間に鏡の中へと吸収した。
「アンナッ!!」
『あらあら~。 怖い顔~。 でも、それも少し可愛気があるように見える。 不思議な人ね~』
掴まれた手を振りほどこうとする瞬間に女王は正樹との距離を詰めうっとりとした瞳で上目遣いに抱きつく。
『安心して~。 大事な替え玉の2人は無事よ~。』
「・・・貴女の言葉を信じろ言われても難しいんですけど」
『あら、それもそうね~。 だったら、これでどうかしら~?』
女王は指をパチンッと鳴らすと、まるでそれが合図のようにカガミはゆっくりと近づいてきた。
『魔術師様~? 鏡の中の2人を映し出しなさい~』
「・・・ハイ・・」
カガミはまるで女王の言いなりになったかのように指示を聞くが、その様子はまるで操られているかのよう意識があやふやな状態だ。
『フフフ~。 やっぱり神の権限っていう能力は便利ね~。 こんなに簡単に人を操る事が出来るんだから~』
女王が機嫌よさげに正樹にくっつきながら微笑んでいる間に鏡の映像は2人を映し出した。
『ほぉ~ら。 ちゃんと元気でしょ~? だからそんなに怖い顔しないで~』
まるで恋人の機嫌を取るように甘えた声と仕草で正樹にくっつく女王に、正樹はただ黙って話を聞く。
『それよりも貴方、私の伴侶にならない?』
「・・・はい?」
正樹は怪訝な表情を浮かべる。
伴侶?
伴侶ってあれ?
旦那になれって事?
何故に?
ホワイ??
『本当は貴方にこれっぽっちも興味はないのだけれど、私の女としての感が貴方に惹かれてるのよ~! だから・・ね?』
女王はワンピースの袖をずらして真っ白な肩をさらけだす。
『私の伴侶になってくれたら、良い事を沢山してあげるわ~。 他の女性には絶対に感じられない幸福感を味合わせてあげる』
本来であれば、魅力を溢れ出させる女王にここまで誘われればどんな男だって心を奪われる。
それは神の権限というスキルがなくても同じであろう。
徐々に唇を近づかせて顔を引き寄せる女王は瞳を瞑る。
あとは正樹が女王の魅力に惑わされ、神の権限の力で完全に女王の手に堕ちるだけ。
正樹を堕とし終えた後は、また昔のように女王となろう。
そうすれば、いつか必ずあの人に再会できるのだから。
「いや近いです。 なんですか急に」
『・・・・へ?』
触れるはずの柔らかい感触は手で覆われれ抱きしめた腕を簡単に離されてしまう。
『え・・なんで、待って。 貴方・・なんで私の言いなりにならないの?』
「え? なんで貴女の言いなりにならないといけないんですか?」
『それは・・え? 待って・・・え?』
状況が呑み込めない女王は一歩後ろに下がり正樹を凝視する。
何処にでもいるような只の青年。
特にカッコいいわけでもなく何処にでもいる平凡な彼は女王の魅力に屈する事も神の権限での支配もされず、当たり前のように自分の意識を保っていた。
「どうでもいいですけど、カガミを元に戻してください。 そしてあの2人を解放してください」
様子のおかしい女王をいて怪訝に感じる正樹だが、そんな事は二の次に要求を言い渡す。
「それと、貴女のその身体も返してください。 その身体はカガミが千年もの間守ってきた大事な人の身体です。 貴女が好き勝手にしていい体じゃない」
『・・フフ・・アッハハハハハッ!!!!』
急に大声で笑いだした女王に対して思わずビクッと体を驚かせる正樹に、女王は睨みつける。
『バカな事を言うんじゃないよ。 我がこの美貌を手に入れるのにどれだけの苦痛を味わってきたか。 貴様のようなガキが分かったような口を利くんじゃないよ!!』
さっきまでの女神のような口調も表情も消え、老婆の時と同じ雰囲気を漂わせる。
『この身体は我の物だ。 この美貌は我だけのものだ! 他の女が我より美しいなどあってはならぬ! だからこれは・・この美貌はすべて我の物だァァアア! 他の誰にも邪魔はさせんッ!!』
建物が震えるほどの咆哮を吠える女王に、正樹は呆れた表情を浮かべて溜息を吐いた。
「なんだそれ。 じゃああれか? アンタはただ自分が一番美しくないと納得できないから自分よりも綺麗な人の身体を乗っ取って1番になろうとしてるわけ?」
『そうだ! そうすれば我がこの世で一番の美貌を持つ女である事が証明される! 誰もが我だけを見て認めざる得ない! だから我は――ッ!!』
女王は目を見開きながら声を荒げて説明をしていると、正樹はその話を間に割って溜息交じりにこういった。
「 アンタあれだな。 醜いな 」
一瞬の静寂が訪れる。
しかしその一瞬はまるで女王にとって永遠に感じるほど理解が追い付かない言葉だった。
今まで誰にも言われた事がない罵倒。
生きてきた人生で感じた事がない羞恥。
まるで体全身から炎が込み上げてくるような感覚が襲い掛かり、気が付けば女王は悲鳴のような咆哮を上げていた。




