第41話 信頼
「やぁ、カガミ。 目が覚めた?」
「・・・正樹」
目が覚めると顔を覗き込む正樹が視界に映る。
身体を起こそうとしても上手く力が入らず、再び大の字で床に倒れ込んだ。
「私は・・どれだけの時間、気絶していたのでしょうか」
「僕が殴りつけてから1分程度かな?」
「そうですか・・」
大きく息を吐き、カガミは自分の顔に触れる。
どうも鏡の一部が割れて掛けているようで、自分の顔に触れた指から血が流れた。
「正樹様! まだ動かないでください! 傷はかなり深いんですから!」
「ご、ごめん! でもさ? 手当するならもう少し優しくしてくれても・・」
「足に穴が空いた状態で無茶したんです! 少しは反省してくだ・・さいッ!」
「痛いッ!! やめてアンナ! 傷口をそんなにハンカチで締め付けないでッ!」
「これくらいしないと止血できませんッ! 我慢してくださいッ!!」
「い~~~~ったッ!?」
首だけを上げるとアンナが正樹の足をハンカチで縛りつけて応急処置をしていた。
足から流れる血の量を見るとかなりの出血だ。
床には正樹が動いた痕跡がバッチリと残っており、傷の事などお構いなしに走ってカガミの背後に回ってきているのが分かる。
「・・・何故、殺さないのですか」
自分は正樹達を騙して殺そうとまでした。
それだと言うのに正樹は気絶している間に殺す事も手足を縛る事もせずに目が覚めるまで待っていたようにも見える。
普通なら、殺そうとした相手が目の前に入れば殺すだろう。
「え? いやいや殺さないよ。 なんで殺さないといけないんだよ」
「・・・ハッ?」
カガミの質問に正樹は引き気味の表情で手を横に振る。
「い、いや・・私は貴方を殺そうとしたのですよ。 それなら貴方は私を殺さなければまた命を狙われる可能性だってあるんですよ?」
「え!? そうなの?!」
正樹は片足を庇いながら立ち上がると両手の拳を握り構える。
「なんだぁ?! やるなら来やがれコンチクショウッ! 今度はその鏡を粉々に粉砕するつもりで殴ってやるッ!」
「・・・」
一体どこまで本気なのか。
正樹はプルプルと足を震わせながら攻撃を仕掛ける事もなくカガミが立ち上がるのを待っている。
足が震えているのは出血のせいもあるだろうが、正樹の顔からは怯えた様子の表情を浮かべている。
「どういうおつもりですか。 今の私なら反撃する事もできません。 早くとどめを――」
「ハァ?! なんだよ動けないのかい!? だったら変な事いうんじゃないよバカタレッ!」
「アイタッ!」
ペシッと頭を叩かれたカガミは再び困惑する。
何故、正樹は自分を殺そうとしないのか。
何故、殺されそうになった相手に対してここまで気を許しているのか、カガミには全くもって理解できなかった。
「正樹様も動かないでください! 普通なら死んでてもおかしくない出血の量なんですから!」
「アイタッ!」
今にも倒れそうになりながらも動く正樹にアンナは背後から頭を叩き、正樹を床に座らせる。
「執事様。 正樹様が貴方にとどめをされないのは単純に貴方を信頼しているからですよ」
「信頼?」
殺されそうになった相手に対して一体何の信頼をしているというのか。
その疑問を読み取ったようにアンナは答える。
「貴方が悪い人でないという信頼です」
何を言っている。
私は貴方達を騙して正樹様を殺そうとして、アンナ様を傷つけようとした。
そんな自分に一体何の根拠があってそんな事を・・
「だって、貴方は未来が見えると言うのなら何故こうして倒れているのですか?」
「!?」
「貴方は自分のスキルが未来予知だと言いました。 それならば貴方は自分が勝てる未来を理解して戦いを挑んでいるはずです。 しかし貴方は今、正樹様に敗れて倒れています。 つまり――」
カガミは自分が敗北する未来を知っていながら正樹と敵対したという事になる。
「正樹様はすぐにその事を想定した上で貴方と戦っていました」
「だから・・信頼したと? 私が悪人ではないと?」
辛そうな表情で座り込んでいる正樹は今にも倒れそうな状況だ。
しかし、正樹は何事もないように笑顔を作りカガミと視線を合わせる。
「悪い? 僕、前の世界では平和に生きてた只の凡人な人間なんでね。 1度信頼した友人はあまり疑わない性格なんだよ」
正樹の口から友人と言われ、カガミは息を飲む。
一週間前に出会ったばかりの自分に対してハッキリと友人だと口にした正樹にカガミは何を言い返す事が出来なかった。
「君は悪い人じゃないよ。 今回の事も何か理由があるんだろう? ・・だからさ」
正樹は満面の笑顔を向けてカガミを見る。
「話してよ。 僕に出来る事ならできるだけ力になるからさ!」
その笑顔に、カガミは過去に出会ったマリーの笑顔と重なり合わせた。




