第40話 千年前⑤
目的の不老不死になる方法を記された本を手に入れたカガミは1年ぶりに大国に戻った。
「女王陛下。 遅くなり大変申し訳ございません。 こちらが求められていた不老不死になる方法が記された本でございます」
案内された場所は1年前と変わらない玉座のある大きな部屋。
しかし、何故か前は女王陛下の顔を拝見出来たはずが今は玉座の前に布が遮られ、見えるのは女王陛下の影だけだった。
「・・・随分と・・時間がかかったな・・。 魔術師」
「ハッ。 申し訳ございません」
なんだ?
随分とかすれたような声だな・・。
まるで声を発声させるだけでも辛いのか布越しでも呼吸が荒いのが分かる。
「失礼ながら女王陛下。 どうも声の様子が少々かすれているようで。 御体調が不調ならばまた日を改めて説明を―――」
「それは許さぬッ!!」
未だかすれた声ではあるが、女王陛下は苛立っているせいか大声を上げカガミの提案を拒んだ。
「・・かしこまりました。 それでは不老不死になる為の方法の説明を―――」
「魔術師よ・・・」
本を開き不老不死について書かれてあるページを開こうとした時に女王陛下は再び弱ったようなかすれた声でカガミを呼ぶ。
「魔術師よ。 どうか・・占ってはくれぬか?」
「ハッ。 かしこまりました」
女王陛下の気まぐれに答え、カガミは腰に付けている丸い鏡を取り出す。
「何を占いましょうか?」
「世界で・・一番、美しい者が・・誰なのかを・・」
「はぁ。 しかしその占いは1年前にも――」
「いいから占わぬかッ!?!」
身体の芯にまで震わせるほどの怒声を上げる女王陛下にこれ以上機嫌を損なえないよう黙って占うカガミ。
「鏡よ鏡。 この世で一番美しい者を映し給え」
占いとは言え魔術を含んだ占いだ。
たった1年や2年で世界の美貌が変わる事はないと考えるカガミは、鏡から映し出される顔は女王陛下だと思い込み、いつもなら確認する映像を確認せずに女王へ見せた。
「な・・なんだ・・と?」
しかし、女王の様子は1年前とは裏腹に声を震わせて怒っている様子だ。
一体何が不満なのだろうかと女王陛下に見せた鏡を見る。
それを見てカガミ自身も驚いた。
占いで映し出された鏡の映像には女王陛下ではなく、ニッコリと微笑むマリーの姿があった。
「なんだその女は~~っ。 何だその美貌はッ! 世界で一番美しいのは我のハズなのに・・何故、何故そのように我以上に美しい女の姿が映し出されるのじゃッ!!」
鏡の映像に映るマリーに対して女王陛下は怒りと嫉妬で体を震わせてヨロヨロとまるで老婆のように立ち上がる。
「お、お待ちください女王陛下ッ! これは何かの間違いでございます! 貴女様以上に美しい御方が存在するわけがございませんッ!」
「やかましいッ!!」
カガミの言葉など耳を傾ける様子のない女王陛下は姿が見えないようにしていた布越しを破りカガミの前に姿を現した。
その姿を見てカガミは思わず息を飲む。
そこに立っていたのは去年対面した女王陛下の姿ではなく、まるで魔女のような姿をした老婆だった。
「許さぬッ! 許さぬぞッ!! 我以上に美しい者が存在して良い筈がない! 世界でもっとも美しい者は、我1人じゃァァァァァアアアアアアアッ!?」
断末魔のような悲鳴を上げる女王陛下はまるで幻のように目の前から消失して姿を消した。
カガミはすぐに鏡で占い老婆となった女王陛下が何処にいるのか占う。
そして、映し出された鏡の映像にカガミは絶望という感情を初めて知る事となる。
◆ ◇ ◆ ◇
女王陛下が姿を消して約1週間が過ぎた。
カガミはすぐに占いで映し出された女王陛下のいる場所に休むことなく走り辿り着いた。
そこはカガミが1年間世話になり過ごしたマリーが暮らす教会の村だった。
カガミが大国に戻る前には活気があり、村人全員が笑顔で暮らしていたその場所に、今は人の姿など1つもなくなっていた。
カガミは未だ収まらない呼吸を整える事もせずに真っ直ぐに教会へ向かう。
扉の前まで近づくと中から老婆の悔しそうな鳴き声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開け教会の中に入ると、祈る態勢で両手を握る女神像のすぐ近くにまるで浮遊霊のように浮かび泣きながら何かを叩きつけている女王陛下の姿があった。
女王陛下は中に入ってきたカガミの存在に気が付くと胸倉と掴みクシャクシャの老婆の顔で泣き叫びながらカガミを罵倒する。
「失敗した! 失敗したぞッ!! 一体何がダメだったのかッ! 我の何がいけなかったッ?!」
「陛下・・そこを、退いてください」
「うるさいッ! 貴様のような下賎の者が我に指図するなッ!! そもそも貴様がもっと早く不老不死になる為の方法を探しださないから我はッ・・我はッ!!!」
再び悲鳴を上げながら浮遊霊のように飛んで行った女王陛下を無視してカガミは真っ直ぐに女神像の真下まで近づく。
そこにはガラスのケースが用意されており、中には無数の花がぎっしりと詰められている。
そして、その花の中にはカガミが良く知る人物が眠っていた。
「・・・マリー・・さん」
身体が震え、声が出ない。
なんでこんなケースの中で花に包まれながら眠っているのか理解できない。
なんで・・こんな事に・・。
頭が真っ白になり何も考える事が出来なくなったカガミの足元にコツンッと何かが当たる。
床を見ると一かじりした後がある真っ赤なリンゴが転がっていた。
「そうだッ! それを食べるだけですべて上手くいくはずだったッ! 我の身体は再び若い美貌を取り戻し更なる美しさを手に入れるはずだったッ! なのに・・なのに何故ッ?! その女は我が作り上げてた毒リンゴを食べても死なぬのじゃァァアアッ!!」
悔しさと後悔に苦しむ女王陛下は叫びながら教会内を飛び回る。
「・・このケースは、村の人達がいれたのですか?」
「アァッ?! 違うわいッ! それに村人なんぞ知らぬわッ! 我がここに来た時にはこのしょぼくれた村にはその女1人しかおらんかったわッ!!」
老婆と化した女王陛下はボロボロになった白髪をかじりむしながらカガミを睨みつける。
「そしてそのケースは女が倒れた瞬間に現れたのじゃッ! おかげでその女の身体を乗っ取ろうとしても触れる事もできずにこの有様じゃァッ!?」
再びマリーが眠るケースを殴りつける女王陛下だったが、どれだけ殴りつけてもケースにはヒビが入る様子もない。
「ハァ・・ハァ・・そうだ。 魔術師よ。 貴様が何とかしろ」
女王陛下・・いや、老婆は一周回って冷静になったのかカガミの顔を覗きこみ尖った爪をカガミの頬に突き刺す。
「こうなったのもすべて不老不死になる方法を見つけるのが遅れた貴様のせいじゃ。 なんとかして我をこの女の身体に移せ。 そして今度こそ永遠の美貌を維持したまま不老不死にせよ!」
至近距離でくぼみが出来た目で睨みつける老婆にカガミは何も言わずにジッとマリーを見ていた。
そして老婆とは視線を合わせずにカガミはゆっくりと首を縦に振る。
「分かりました。 ・・なんとか致しましょう」
その返答に不気味に笑う老婆は機嫌を取り戻したように崇拝者達が座る椅子に腰を下ろす。
「そうかそうか。 それならば良し。 今度こそ我の期待を損なうなよ。 魔術師よ」
「ハイ・・しかし、1つ条件がございます」
「条件?」
カガミはフードの懐から一冊の本を取り出して老婆と視線を合わせようとしないまま背中越しに本を見せる。
「貴女には、これから私と不老不死になって頂きます」
「・・・何?」
老婆は怪訝な表情を向ける。
「不老不死になる為にはある条件が無ければ不老不死になれません」
「ほぅ。 それで? その条件とはなんじゃ?」
正樹はここでようやく振り返り老婆と視線を合わせる。
「不老不死になる方法。 それは―――」
それからカガミは不老不死となる儀式を終えた。
自分の顔を犠牲にして、目が覚めるとカガミの顔の表面には丸い鏡が付いていた。
「鏡よ鏡――」
そしてカガミは占った。
不老不死なんかよりも無謀で不可能な課題を攻略する答えを導きだす為に。




