第34話 謎の老婆
「ここは・・・?」
洞窟の中で突然光に包まれたと思ったら、次に目を開けた時は教会の建物の中のような場所に立っていた。
周りには椅子が並んでおり、前には祈るように両手を握る女神像が建っている。
「正樹さん! アンちゃん! 何処にいるの?!」
周囲を見渡しても洞窟に一緒にいた2人の様子も鏡の顔をした執事の姿がない。
それに隣にいたマリーの姿もない事を確認すると、由紀はマリーが光に包まれる前に言っていた言葉を思い出す。
『・・・呼んでる』
あれは一体、どういう意味なのか。
誰が誰を呼んでいるのか。
しかし、そんな疑問を考えていたが由紀にとっては二の次の事だった。
「それよりも早く正樹さんの所に戻らないと! 正樹さんの身に何かあったら私・・私ッ!!」
由紀は胸を押さえながら呼吸を荒くして苦しそうに腰を曲げる。
すると由紀の影からあの黒いオーラのようなものが靄のように溢れ出し建物の中を汚染するように侵食していく。
(正樹さん何処にいるの? 私を置いて行かないで。 私を1人にしないで!!)
黒いオーラの靄はどんどん溢れ出て建物を侵食していくと由紀の頭のイメージに3人の人型のオーラが映し出される。
「これは執事とアンちゃん、それから・・正樹さんの気配ッ!!」
アンナとカガミの気配らしきものはすぐに理解できなかったが、座った態勢に見えるオーラのイメージが正樹だと由紀は瞬時に理解した。
この建物からすぐ真下の場所から気配を感じ取れた。
正樹達の居場所を把握すると由紀の影から溢れ出た黒いオーラは瞬時に吸収されるように由紀の影に戻って行った。
「待っててね正樹さん! すぐに私が行くから!」
気配を感じ取ったと同時に地下へと向かう道順も頭の中にイメージとして把握した為、由紀は女神像の隣にある扉に駆け出す。
しかし女神像を通り過ぎようとした時、ある物が視界に映り足を止めた。
それは女神像の目の前に置かれていたケースだ。
最初は花を飾っているケースだと思っていたが、通り過ぎようとした際に近づくとケースに入っているのは花だけではなかった。
「・・淫乱?」
ケースの中に入っていたのは花に包まれ眠っているマリーの姿だった。
一瞬死んでいるのかとも思ったが一定のリズムで寝息を立て呼吸をしているが分かる。
どうやら本当にただ眠っているだけのようだ。
「ちょっと淫乱? なんでこんな所で寝てるのよ。 早く起きなさい」
ガラスのケースを叩きマリーを起こそうとするが、どれだけケースを叩いてもマリーが起きる様子はない。
「ちょっと聞いてるの?! 早く起きなさいよ!」
いくら起こしても起きる様子が見えないマリーに段々と苛立ちを感じる由紀は更に力を込めてケースを叩く。
「いい加減に・・しなさーーーーいッ!」
最終的には黒いオーラを手に圧縮させてケースを壊す勢いで殴りつけた。
しかし黒いオーラを発生させて殴った瞬間、由紀の手がケースに触れることなく電流のような物が流れ弾かれてしまう。
「この・・ちょっと淫乱! アンタ本当は起きてんでしょ?! スキルまで使ってそんなに寝てたいわけッ?!」
先ほど流れた電流はお互いのスキルがぶつかり合った時に生じた衝撃だ。
つまりマリーはあの状態で女神の加護を発動させている事になる。
「はぁ~~~。 もう知らない。 そんなに寝てたいならそのまま寝てて。 私はすぐに正樹さんの所に行きたいから」
そしてどれだけ起こしても起きようとしないマリーを置いて地下に繋がる扉に向かおうとした時だ。
『 ―――ハハ・・アハハハハハハハッ!!! 』
建物全体から女性の不気味な笑い声が響き渡った。
『良いッ! 良いぞッ! 期待以上の器を連れてきたものだな魔術師よッ!!』
「・・・誰?」
周囲を見渡しても人の気配を感じないはずなのに、声だけがずっと女性の笑い声が響き渡る。
『よもやこれほどまでに完璧な器を連れてこようとはッ! 千年の時を待っていた甲斐があったぞッ!』
興奮するように声を張り上げながら喋る女性の声に由紀は無視して扉を開けようとする。
しかし、握ろうとした扉の取っ手から電流が流れ弾かれてしまった。
『おいおい。 一体どこへ行こうと言うのだ? 我が器よ』
「・・何処に行こうが私の貴女に関係ないと思いますけど」
『いいや、関係ある。 大有りだぞ? お主はこれから我の器となる身体だぞ? 勝手な事は許さん』
「誰が、誰の器ですって?」
何処にいるかも分からない女性に対して由紀は扉に向かい合いながら会話を続ける。
『お主は我の器よ。 その綺麗な黒髪、綺麗な肌、綺麗なスタイル、そして綺麗な顔。 どれも我が求め続けていた身体そのものよ。 まぁ、前の器よりは多少胸辺りが小さくなるが、そんな事は然したる問題ではない』
「大きなお世話よ! これでもまだ大きい方よ!」
失礼な事を言う謎の女性の声の主を探し出そうと振り返る。
すると、先ほどまで誰もいなかった椅子に真っ黒なフードを深く被って座っている老婆の姿があった。
老婆は杖を使いながらゆっくりと椅子から立ち上がりヨロヨロに歩きながら女神像に近づいていく。
そして、ガラスのケースに眠るマリーを覗きこみながらまるで子供の頭を撫でるようにケースに触れる。
『本来、この身体は我の物になるはずだった。 しかし我の思惑は失敗に終わりもう叶う事はできないと諦めていたが・・』
老婆は杖で体を支えながら由紀の方へと身体の向きを変えると頭に被ったフードを取る。
髪は何年も手入れされていないせいかボサボサの白髪で、肌は荒れ果て目も見えていないのかほとんど瞑っている状態だ。
『しかし・・しかしだ。 運命とは分からない物だ。 我が長年求めていた器が遂に目の前にッ!!』
フードの懐からボロボロの本を取り出した老婆は目を大きく見開き声を張り上げる。
『さぁ!! 儀式を始めよう!! 世界でもっとも美しいのは我だと証明する為に!!』
次の瞬間、由紀の足元に魔法陣が浮かびあがると祈りを捧げていた女神像が雄叫びを上げて動きだした。




