第30話 雨の色気
「なんでこんな事に・・・」
雨が降り続ける山の中で獣道を歩く由紀がぐったりとした様子で声にだすと、前に歩いていたマリーが反応して振り返る。
「あら~? ここまで来てまだ我儘を仰るの? 勝負に負けたのだから観念してついてきなさい~」
「分かってるわよ・・はぁ」
いつもならマリーの言葉に過敏に反応を見せる由紀だが、余程雨の中で歩く獣道に疲れたのか普段の強気な言葉が出ていない。
ここはアンナの家が建つ山から南に向かった山奥。
人が歩く道など何処にもなく、あるのは獣が普段歩ているであろう小さな獣道のみ。
一週間以上続く雨のせいで足場は緩くなっており、気をつけなければこけてしまう。
そんな危険な山道に由紀とマリーを含めた5人はある場所に向かっていた。
「まぁまぁ。 姫様も由紀も頑張ってください。 目的地はすぐそこですから!」
先頭に歩く執事服のカガミが濡れた自分の顔をタオルで拭きながら陽気な声で元気づける。
よく見るとカガミが喋る度に鏡のガラスが曇っているようだ。
(あれでも息してるんだ)
などと一番後列にいる正樹は合羽代わりにアンナが用意してくれたフードから覗き見る。
時間がないからと雨の中でも急かして連れて行こうとするカガミとマリーに気を使いアンナが急遽用意してくれたものだ。
防水は勿論の事、気配遮断・防御力向上・異常症状緩和など様々な付与魔法を付与させているこのフードは店に出せば大金持ちになれるほどの価値があるとカガミは言う。
そんな凄い代物なら作って売ればいいのにとも考えたが、それはあまりにも無粋というものだ。
アンナは正樹達の事を思って急遽作ってくれたフード。
そんなものをもらってはそう簡単に他人に同じものを上げる気は起きない。
「アンナ? 大丈夫か?」
「え? 何がですか?」
正樹の前に歩くアンナが後ろから見ると微かに震えているように見えた。
心配になり思わず声をかけたがアンナは何もないように笑顔を向けて振舞う。
しかしフードに被っているとは言え、アンナの顔の表情はいつもよりも青白く寒そうであるのは明白だ。
「カガミ! ちょっと何処かで休憩しよう!」
「ま、正樹様ッ!!」
自分の様子を見てすぐに先頭に歩くカガミを呼び止めた正樹にアンナは思わず足を一歩近づける。
「私は大丈夫ですから! ほらッ! こんなに元気ッ!」
笑顔を作り華奢な身体で力こぶを作るポーズを取るアンナに正樹は軽くデコピンを当てる。
「あぅ!」
「無理はするな。 ただでさえ君はほとんど巻き込まれた形でここまでついてきてるんだから多少の我儘くらい言ってもいいんだぞ?」
「で、でも・・」
「でももへったくれもない。 っていう事でカガミ。 何処かで休憩できそうな所ないかな?」
カガミは正樹の質問に考えるように手を顎?に当て考える仕草を作る。
「ピコーンッ! ありますよ。 とっておきの休憩場所が!」
「え? なにそれ? 今のピコーンッて何? 鏡になんかビックリマークみたいなの見えたけど??」
「すごいでしょこれ。 結構気に入ってるんですよ! 何ならハテナマークも出せますぞ!」
カガミは楽しそうに色々なマークを自分の顔に映しだす。
「いや、今はいいや。 それよりも休憩場所っての教えて」
「ハイ。 目的地ハ、ココ二ナリマス」
(急にAIみたいな話し方になった!)
すると鏡の中から洞窟のような映像が浮かびあがると端に洞窟までの行き道を記した地図がまで浮かび上がってきた。
見れば見るほど地図アプリのような機能だ。
しばらく鏡の映像の通り歩き続けると大きな洞窟がある絶壁に辿りついた。
雨のせいで空には霧が浮かび、絶壁が何処まで高いのか裸眼ではとてもではないが見えない。
とりあえず雨を凌いで休憩する為、洞窟の中に入る。
「あぁ・・もぅ。 足がグショグショ」
フードを外しながら山道と雨で泥だらけになった靴を片方だけ脱ぎ靴下も脱ぐ由紀。
今日は山を歩くという事でズボンにしていたが、勿論歩く際に弾く水が付着して足首辺りもビショビショの状態だ。
両方の脚のズボンを膝元まで織る由紀。
ついでにフードも脱ぎ湿気で肌に付く長髪をひとまとめにする。
「ん? どうしたの? 正樹さん」
「え?! い、いや・・別に」
濡れた髪を纏め上げる仕草と微妙に濡れた服。
そんな由紀の様子に正樹は思わず目を奪われていたのだが、そんな事をわざわざ言葉にして出すのは恥ずかしく目を逸らす。
「・・・あ~あ~! 私も結構服が濡れてしまってしまいましたわ~。 肌に張り付いて気持ち悪いです~」
その様子を横目で見ていたマリーはおもむろにフードを脱ぐと肌に張り付き身体のラインがハッキリと確認できてしまっている。
白髪も雨の水で微力に濡れ肌に張り付き、なんとなく色気が溢れ出ている。
正樹はそんなマリーの姿にゴクリッと息を飲みながら横目で凝視していた。
「ちょっと淫乱。 少しは恥じらいとかない訳? おもむろにその無駄に大きな脂肪2つを正樹さんに見せつけないでよ」
いやいや由紀さんや。
アンタも負けず劣らずの大きさですぞ?
「あ~らごめんなさい~? 貴女よりも大人びた体つきなので普通にしてても私の魅力がマサキに見惚れさせてしまっているようで~?」
「ふ~ん? その言い方だと私には魅力がないみたいな言い方ね?」
「あらあら~? ごめんなさい。 分かりずらかったかしら~??」
又もバチバチと火花を散らす2人にこれ以上関わらないよう正樹は洞窟の奥に進む。
洞窟の中は思ったよりも深いらしく、洞窟の奥が真っ暗で何も見えない。
由紀とマリーの言い争いが響いている様子からかなり長いのが分かる。
「・・・ん? なんだこれ?」
足元を見ると靴下の片方だけが地面に落ちていた。
拾い上げると濡れておりまだ人肌に暖かい感覚がある。
入り口付近には由紀とマリーが言い争い、カガミは2人が脱いだフードと靴下などを自分の顔に吸収して乾かしている。
「それじゃあ、この靴下のは・・・」
横から壁の欠片が欠ける音が聞こえゆっくりと顔を横に向ける。
そこは洞窟の外からだと少し出っ張っているような形で人が1人隠れられるくらいのスペースが出来ていた。
「あっ・・・」
そしてそこには、フードを脱ぎ靴下も脱ぎ、更には上着も脱いだ状態で顔を真っ赤にして胸元を両手で隠すアンナの姿があった。
「あ、いや、その・・こ、これはッ!!」
「~~~~~~~ッッ!!」
アンナはプルプルと体を震わせ泣きそうな表情になると、洞窟全体に響き渡るビンタを正樹の頬に炸裂した。




