第29話 職場
俺の名前はグレン・バースト。
この穏やかで小さな街にあるギルドの職員をやっている。
主な仕事は冒険者達へ依頼するクエストの受注と報酬換金。
更にはギルド本部へ通達する書類整理に街の人々の役所としても務めている。
そんな中でも俺がこのギルドで任されているのは、冒険者となる人間の魔法適正監査だ。
冒険者にはそれぞれ得意とする魔法属性とスキルを保有している。
例えば――火・土・風・雷・水と言った【 五元属性 】。
そして、限られた人間のみ保有できる光・闇と言った【 陰陽属性 】と呼ばれる2種類の魔法属性に分けられる。
五元属性に適した冒険者なら名前の通り火を扱うスキルや水を扱うスキルを保有して。
陰陽属性であれば治癒や破壊と言った特殊なスキルを扱う事が出来る。
そう言った個人にあった冒険者の魔法適正を見極め診断するのが俺の仕事だ。
今じゃこんな小さな街でギルド職員をしているが、これでも昔は上位冒険者でAランクの称号を取得していた。
どれだけ凄いかと言われればドラゴン族と同種族と呼ばれるワイバーンを1人で倒せるくらいの強さだと覚えてもらっておけばいい。
・・・ん?
なんでそんな凄い冒険者がこんな所で職員をしているのかって?
そうだな・・その話をするには少し話が長くなるが、何処から話した物かな。
「あの、先輩?」
「うぉッ!! な、なんだ。 テレサか」
気配を感じずいつの間にか背後に立っていた同僚の女性後輩テレサが心配そうな表情を浮かべなら顔を覗き込んできた。
「ど、どうしたんだ? 何かあったか?」
「えぇ、まぁ。 でもその前に先輩大丈夫ですか? さっきも外を眺めてボ~ッとしてましたけど」
「ん? あぁ・・大丈夫だ。 ちょっと徹夜明けでな」
もう歳なのだろか。
昔は野宿をして仲間と交代で見張りをしていた時は2日や3日の徹夜など平気だったはずだが、たった1日の徹夜でここまで疲労が溜まるとは。
20代の頃が愛おしい。
「も~ダメですよ先輩! ちゃんとご飯は食べていますか? 沢山食べて沢山寝る。 これが健康な身体の基本なんですからね!」
テレサは腰に手を当て自慢するように胸を張る。
ギルド職員には全員決まった制服のスーツが男女共に同じ物が配布されている。
女性に関しては希望に応じてスカートも用意されているらしいが、この冒険者という職業は男性が多い為セクハラ防止でスカートを身に着ける職員は少ない。
しかし、後輩のテレサはそんな事まったく気にしていないのかギルドの中で唯一スカートを身に着けているのだ。
腰のラインがハッキリと分かるスカートに、更には豊満な胸のせいで来ているスーツが今にもボタンが千切れそうになっている。
今のように胸を張ってしまえば更にスーツが悲鳴を上げているように見える。
「なるほど。 よく食べてよく寝る・・ね」
「むむっ! なんですかその目は! 言っておきますけど私は別に太ってるわけじゃないですよ?!」
「へいへい。 そうですか」
「あぁー! なんですかその適当な返事は! もぉー!!」
テレサは顔も整っており人当りもいいので職員に限らず男性冒険者からの評判も高い。
毎日必ず誰かに口説かれている。
歳もグレンとは10歳ほど離れているのだから早く嫁の貰い手を見つけて幸せな家庭を築けば良いと思う。
これだけ容姿も性格もよければいくらでも相手はいるだろう。
(まぁ、三十路にもなって相手もいない俺が言う立場ではないか)
1週間も続きそろそろ飽きてきた降り注ぐ雨を窓から眺める。
疲れもあってか少し柄にもない事を考えている自分に思わずフッと鼻で笑う。
「あぁーッ! 今鼻で笑いましたね先輩! 女の子にそんな態度とっちゃうと嫌われちゃいますよ!」
頬を膨らませて怒りをあらわにする後輩にグレンは適当に返事を返しながら途中だった書類整理を書き始めた。
「それで? 要件はなんだったんだ?」
テレサが元々声をかけてきた用件について話を戻すと、テレサは思い出したように手に持っていた書類をグレンに手渡す。
「これは?」
「はい。 先ほど顔が見えないようにハットを深く被った男性が依頼してきたクエストです。 なんでもすでに受注してくれた冒険者がいるからクエスト発注の登録をしてくれるだけでいいとの事でしたけど、どうしましょう?」
クエストの発注には、まずギルドでクエストランクを選定して冒険者のレベルにあったランクでクエストを募集するのがセオリーだ。
今回のようにクエストを依頼する依頼主が勝手に冒険者を雇って依頼発注をかけてしまうと色々と面倒な事が起きる。
最悪な例を言えば、稀に新人冒険者を狙って嘘のランクを教え高ランククエストを受けさせる事例がある。
ランクが高ければ高いほど高ランクの冒険者にクエストを依頼すればそれだけの報酬を用意しなければならない。
だからランクを偽り低予算でクエストを引き受ける新人冒険者を狙っての詐欺が存在するのだ。
それで報酬額を出来るだけ値切る事で依頼主は低予算で済ますことが出来る。
「もちろん最初はちゃんとテキスト通りお断りしました。 でも、依頼してきた男性は先輩に直接見せれば大丈夫だと言ってそのまま行ってしまったんです」
「俺に?」
とりあえず書かれているクエスト依頼をザッと目を通す。
内容はよくある護衛任務だ。
とある人物を特定の場所まで守る事が条件だと書かれている。
「なんだこれ? その護衛する人物の名前も特定の場所も明記されてないじゃないか」
大雑把な依頼書類の書き方に更に不信感が生まれる。
「それじゃあやっぱり詐欺ですかね? 本部に連絡します?」
グレンが手に持つ書類を横から覗き込む形で見るテレサだが、少し顔を傾けば当たりそうな距離に思わず凝視する。
耳にかける赤い髪が少し前に垂れ、仄かに香る花のような匂い。
更には肩に豊満な胸部が当たり10歳も年下の後輩に対して少し邪な気持ちが出る。
「先輩?」
グレンの視線に気が付いたテレサが近距離のまま振り向く。
屈めばお互いの唇がすぐに当たる距離だ。
普通ならすぐに離れる場面なのだが、テレサは何故かジッとグレンの目を合わせて離れる様子がない。
「・・・後は俺が処理しとく。 本部に報告するかどうかも俺が判断するからお前は自分の仕事に戻れ」
「・・は~い」
何故か不満そうな表情になりながら、テレサは自分の仕事に戻って行った。
ふぅ。
よかった。
何とか耐えたぞ俺。
流石に10歳も離れた年下で職場の同僚に手を出すなんてすれば絶対に面倒な事が起きるからな。
「あいつももう少し警戒ってもんを覚えろ」
すでに受付場へと戻っていたテレサに対してボソッと声を溢す。
そこでなんとなく受け取った依頼書の裏面を見る。
そこにはクエストを受注した冒険者の名前が記入されており、グレンは手を止める。
「冒険者名、アンジョウ・マサキ?」
そこにはグレンが冒険者時代と合わせて今まで出会った事がなかった最強の冒険者達の名前が描かれていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」
自分が任されている受付場に戻ったテレサはまだ誰も受付に冒険者が来ていない事を確認して大きな溜息を吐いた。
「ちょっとどうしたのよテレサ。 そんな大きな溜息吐いて」
隣には同じくギルド受付を任されている同期の女性職員が眉を顰めながらテレサに声をかける。
「私って、魅力ないのかな~」
「はぁ? 何言ってんのよアンタ。 1週間に必ず5回も告白されてるくせに世迷言もいい所よ。 それとも何? 自慢?」
「ち、違う違うッ! そういう事じゃなくて・・・」
チラッと受付場からでは見えない奥の職場み視線を送るテレサに同期の女性は小さく肩をすくめる。
「あんなオッサンの何が良いのやら。 確かに昔は名の知れた冒険者だったらしいけど今では何処にでもいる怖い顔した男でしょ?」
「先輩は別に怖くないもん!」
プンプンと怒るテレサに同期の女性は軽くあしらう。
「分かった分かった。 そんなに振り向いてほしいならその大きな胸で誘って既成事実の1つでも早く作っちゃいなさい」
「既成・・事実?」
ほわほわほわ~と何かを考えたテレサはボンッと赤い髪と同じくらい顔を真っ赤にして顔をしたに向ける。
「あら何? テレサったら何を想像したの? ちょっとお姉さんに話してみなさいよ!」
「な、なにも考えてないよ! やッ! ちょっと! 何するの!!」
「ほぉ~れ早く言いなさいよ~! 言わないといつまでも続けるわよ~??」
「ちょっ! ホントにやめ!」
同期の女性はテレサの脇に触れてくすぐり嫌がる様子を見て楽しんでいた。
しかし、嫌がるテレサは何処か色気ある声を漏らし先ほどの余韻が残っているせいで顔も赤い事から周りにいた男性職員や冒険者達から注目を集めていた。




