第26話 鏡の顔をした男
「まったく、あれほど軽率な行動はお控えくださいと言ったのに。」
驚きながらも大雨の中で待たせるわけにも行かず、アンナは得たいの知れない男を家の中に入れた。
「あ、あのこれ。 よ、よかったら・・・」
「あぁ、ありがとうございます。 ここに来るまでの間でかなり濡れてしまったので大変助かります」
雨に濡れていた男にアンナはタオルを渡すと男は礼儀正しく頭を下げながらお礼を言う。
キュッキュッと顔を拭く度に聞こえる音に正樹達は目の前に立つ男の顔が偽物ではないと確信した。
さっきまでギスギスした修羅場の雰囲気は一変して驚きと不信感で眉をひそめる3人と、苦笑いをしながら居心地が悪そうにするマリー。
それもすべて未だに自分の顔を入念に磨いている男が原因だ。
「正樹様、奥様。 私は夢でも見てるんでしょうか。 夢なら私はかなり疲れていると判断します」
「奇遇ねアンちゃん。 私も同じ事を考えてた」
「オイオイ2人とも・・」
目の前の本人がいると言うのに自分の思いを正直に語る2人に対して、正樹は失礼ではないかと注意するが、内心正樹も目の前の男の顔が珍しく怪訝な表情をしている。
3人が男に対して驚いている理由。
それは男の顔の表面が 鏡 であるからだ。
周りの景色を反転に映しだし、正樹達の顔さえも映し出しているそれは鏡そのもの。
最初は鏡に似た仮面をかぶっているのかと思ったが、男は耳だけを残して残りの顔の表面が鏡で出来ていた。
「はっはっはッ! 鏡の顔をした人間を見るのは珍しいですよね!」
鏡の男は3人の物珍しそうな視線に対して紳士的に笑う。
そして借りたタオルを綺麗に畳むとなんの前触れもなく当たり前のようにタオルを鏡に吸い込むよむように中へ入れた。
3人はまたも驚愕すると数秒もしない間に鏡に吸収されたタオルは出てきた。
「ありがとうございますレディ。 こちらは綺麗に洗濯させていただきましたのでお返ししますね」
「え? あ、あぁ・・どうも」
タオルを返してもらったアンナはタオルに触れた瞬間に「え?」と声を漏らす。
なんと返されたタオルは本当に洗濯されており、貸した時以上に触り心地がよく晴天で乾かしたように温かくなっていた。
「それでは遅らせながらも皆々様にご挨拶をッ!」
気づけば濡れていた服もすべて乾いており、男はネクタイを一度締め直すと背筋を伸ばし足を揃え、小さくお辞儀をする。
「私はそちらのマリー・ホワイト様直属の執事をしております。 名をカガミと申します。 どうぞお見知りお気を」
(名前は顔の通りなのね)
(顔の通りなんですね)
(顔のままだな)
顔の表面にある鏡どうようの名前だった執事の男に3人は同じ事を考えていた。
「そして御三方には同時に感謝と謝罪を。 特にそちらの安生正樹様には私の主人が大変なご迷惑をおかけしたようで」
カガミは正樹に対して深々と頭を下げる。
正樹はそんな事はないと手を振ってカガミに頭を上げるように伝えるが表情は苦笑いである。
そこでカガミに対して1つ疑問に感じた。
いや
疑問に感じる所は沢山あるのだが、正樹は思わず今感じた疑問を言葉に出す。
「・・ん? あれ? なんで僕の名前を?」
カガミは次に由紀にも同様に深々と頭を下げた。
「最上由紀様におかれましても大変な御迷惑をおかけしました。 主人に変わり謝罪を致します」
「本当よ。 早くその淫乱つれて帰って」
「由紀ちゃん」
「奥様~ッ!」
冷たい態度でバッサリと言い切った由紀に正樹とアンナは注意するように名前を呼ぶ。
それに少し反省したのか不貞腐れながらも小さい声で「ごめんなさい」とカガミに謝罪する。
「そして、ま・・いえ。 アンナ・サタラエル様にも同様に感謝を致します」
「あ、あははは~。気にしないでください~」
何か言いかけたカガミが何を言おうとしたのか察したアンナは目を泳がせながら手を横に振る。
一通りの紹介とお詫びを終わらせるとカガミはこの雨の中を森の奥までやってきた目的の人物に鏡をキランッと反射させた。
その鏡に映しだされているのは優雅にアンナが淹れた残りの紅茶を飲むマリーだ。
「姫様。 何か言い訳がございましたらお聞きしますよ」
鏡のせいで表情は分からないが、何故か鏡の中で怒りマークのような物が浮かんでいるように見える。
それほどあからさまに怒りをあらわにしているカガミに対してマリーは未だ優雅な姿勢を見せていた。
「あら~。 言い訳も何も、貴方ならすべて分かっているのではなくて? カガミ」
「何を人前だからと思って余裕にしてるんですかバカ姫様」
カガミはポコッと可愛い音がするであろう軽いチョップをマリーの頭に当てた。
「イッタ~いッ! ちょっと、私は一応貴方の主人なんですけど~?!」
チョップされた頭を撫でながらプンプンと怒るマリー。
しかしカガミは自業自得と言わんばかりにチョップした事に対して謝罪するわけでもなく両手を腰に当てて小言を言い始めたが、それが嫌なのかマリーは「あ~あ~! 聞こえな~いッ!」と両耳を閉じる。
そんな2人の様子を見ていた3人はそれぞれ視線を合わせる。
「ど、どうしましょう。 この状況・・・」
「私は早くあの女がここからいなくなってくれたらなんでもいいんだけど」
「でもあの様子だともう少し話し合いが続きそうだね。 外もこの天気だし」
窓から見える外は嵐とまでは言わないが大雨が降り続けており、この状況で家から追い出すのはあまりにも気が引ける。
正樹は小さく息を吐き、停滞するこの状況に1つの提案を出した。
「とりあえず、朝飯食べない?」
起きてから由紀とマリーの言い争いが始まり朝食を摂る時間もなかった為、正樹は腹の虫を鳴らしていた。
「わ、分かりました! すぐに用意しますね!」
「あ、私も手伝うわアンちゃん。 ついでにあの淫乱と鏡の顔をした人にも用意しましょう」
「――ッ! お、奥様ッ!」
さっきまで殺し合いさえも始めそうだった由紀が、殺気を向けていた相手に料理を振舞おうとする行動にアンナは感動していた。
やはりなんだかんだと言いながらも相手を思う良心という物がアンナにも備わっていると感じたからだ。
その発言には隣に立っていた正樹もアンナ同様に感動していた。
しかし――
「物理もスキルも効かないなら多分、毒は有効よね。 昨日森で見つけたこのキノコを使って・・」
ブツブツと小声で恐ろしい事を呟く由紀に対して、アンナと正樹は感動から一変して肩を落とした。
やはり、由紀は由紀なのだと改めて実感したからだ。
「って待ってください奥様ッ! その禍々しいキノコなんですかッ?! 本当にやばい奴ですよそれッ!」
「安心してアンちゃん。 入れるのはあの淫乱のお皿だけよ」
「入れようとしている時点でアウトですよッ! アァッ! 煮込まないでッ! スープの中に細かく刻んで入れようとしないでッ! 正樹様ッ! 奥様がッ! 奥様がァァアアアッ!!」
せっかく落ち着き始めた空気だったのにも関わらず、由紀の暴走に涙目になりながら止めるアンナ。
そんな状況に正樹は雨が降り続ける外を窓から眺めながらアンナの武運を祈っていた。




