第22話 浄化
「由紀・・ちゃん・・?」
それは、あまりにも異質で異端な光景だった。
由紀の身体から溢れ出る黒いオーラは次第に泥のような物へと変化していき、由紀が経っている周囲の物をまるで呑み込むように広がっていく。
呑み込んでいく速度はそれほど早くはないが、由紀から溢れ出る泥は徐々に量が増えているのが見て分かる。
故に、速度はそれほど早くなくても泥の量が増えれば増えるほど周囲の土地が侵食していく範囲が広がる事に変わりはない。
「由紀ちゃん!?」
正樹は異常な状態にある由紀を何度も叫び呼び掛けるが、由紀は力が抜けたように顔を下に向けたまま反応をしない。
「クソッ。 あの、マリー・・さん? 悪いんだけどちょっと離れてくれッ!」
すぐにでも由紀の元へ近づこうとする正樹は腕を首回りにまわして放さないマリーを必死に引き離そうとする。
しかし、マリーはどれだけ正樹が声をかけて無理矢理引き離そうとしても一向に反応する様子も離れる様子もない。
そんな事をしている間にも黒い泥のような物は徐々に由紀から溢れ出て周囲を巻き込み呑み込んでいく。
「ちょっとマリーさんッ! 本当に放してく・・・れ?」
こんな時でも悪ふざけをしているのかと少し声を荒げるようにマリーを引き離そうとした時に気が付いた。
マリーはなんとお気に入りの抱き枕を抱きしめながら眠るように寝ていたのだ。
「嘘でしょ?! こんな状況でッ?!」
目の前で異常な状態が起きているというのに眠るなど一体どういう精神力を持っていたらこれほどまでに心地よさそうに寝ていられると言うのか・・。
仕方なくマリーを抱えて立ち上がり何処か安全そうな場所に置いて行こうと考えた矢先だった。
正樹がマリーを抱きかかええた形がよくなかった。
首回りを腕でガッチリとホールドしている為、仕方ないと言えば仕方なかったのだが、正樹はマリーをお姫様抱っこする形で抱きかかえていたのだ。
その様子に反応したように、黒い泥はさっきまでの速度とは非にはならない速度で、一部の泥が正樹に向かって伸びてきた。
「うぉッ?!」
正樹はそれをギリギリに避けるが、避けた瞬間に次から次へと無数の泥が正樹を・・いや。
「狙いはマリーさんかッ!?」
まるで蛇のようにうねりながら襲ってくる泥は集中的に正樹にではなくマリーの頭を狙って伸びて来ていた。
正樹はそれらをすべて身軽に避けて回避する。
避けた際に地面や木にぶつかった黒い泥は何事もないかのように貫通して再びマリーを狙って戻ってくる。
これではマリーを安全な場所へ連れて行くどころか由紀に近づく事もできない状態だ。
「~~~~ッッ!? おいおい・・冗談でしょ・・・」
何とかギリギリですべての黒い泥を避けていた正樹だったが、避けながら警戒していた由紀に変化があり顔を引きつらせる。
由紀から溢れ出る黒い泥は周囲への侵食を止め、溢れ出た泥を徐々に由紀の元へと集まり、大きな球体を作った。
その大きさは、山を1つ覆う事の出来る物で晴天の空を覆い、街の人々が驚きと恐怖で騒いでいた。
「あんなもの落とされたらひとたまりもないぞッ! 由紀ちゃんッ! 止めろッッ!?」
意識がないのか。
それとも聞こえていないふりをしているのか。
由紀はどれだけ正樹が叫び呼んでて反応を見せる様子がない。
そして遂に溢れ出ていた泥が球体にすべて集まると、ゆっくりと正樹とマリーに向かって山に落ちる形で向かってきた。
正樹は何も出来る術がなく、ただ必死に由紀を呼び叫ぶ事しかできずにいた。
『・・・ふぅ。 なんとか間に合いました』
そんな絶望的な中、正樹が抱きかかえているマリーから全く別の女性の声が聞こえた。
マリーは正樹にしがみついていた腕を放すと落ちてくる泥の球体に指をさす。
『 アルマゲドン 』
マリーがそう呟くと、黒い球体は蒼く輝く粒子へと変化して一瞬で消えてしまう。
それと同時に由紀から溢れ出ていた黒い泥もすべて消え、由紀は意識が元々なかったのか倒れ込んだ。
「由紀ちゃんッ!?」
『大丈夫です。 気を失っただけでしょう』
倒れた由紀を心配する正樹に落ち着くように胸元で囁くマリー。
正樹はそんなマリーを見て思い出した。
さっきまでのマリーとは全く別人の声の正体。
「君・・いや、貴女は―――」
自分の正体に気付いた様子を見せる正樹に、マリーはクスッと微笑む。
『申し訳ありませんが、先に降ろして頂いてもよろしいですか? この恰好は少し恥ずかしいので』
「え? あっ! す、すみません!!」
正樹は失礼のないようにゆっくりとマリーを下ろす。
『さて、お久しぶり? ですね。 安生正樹さん』
マリーは姿勢を正して服と髪を整えると真っ直ぐ正樹と目を合わせる。
落ち着いた口調に安心するような声。
そして、すべてを見通すような綺麗なその瞳を見て、正樹は確信した。
自分を元の世界へ生き返らせる為、魔王を討伐する事を条件に異世界へと召喚した神。
「女神様!」
正樹達が探していて人物が目の前に立っていた。




