第16話 2人のアイドル
「嘘だろ・・・」
ゴブリンの討伐を終えた正樹達は夕暮れ頃に街へと戻り、クエスト条件の魔石をグレンに渡す。
魔石とは魔族を討伐した際に出現する名前の通り魔法の石である。
アンナが持つ賢者の石のように、魔族は命を終えると魔力へと変化して魔石になるという。
そして今回、ゴブリンを討伐して集めた総合結果は魔石58個分。
一般の冒険者が1日にゴブリンの討伐できる平均数は約10個と考えれば一目瞭然の多さであるのが分かるだろう。
グレンは手渡された魔石の量に目を真ん丸にして硬直させる。
「ほ、ホントにお前さん達がこれだけの数を討伐したのか?」
「えぇ・・まぁ・・」
未だに信じられないという表情を向けるグレンに対して正樹は愛想笑いで返答する。
「なぁ、やっぱりこれからもクエストを受けに来てくれないか? これだけの実力があればSランク冒険者にだって簡単になれると思うぞ?」
「いや~、今は遠慮しておきます。 僕達の目的が達成出来てからまた考えさせてください」
正樹と由紀の目的はあくまでも元の世界に戻る事。
その為には魔王を倒さなければならないが、目的の魔王がアンナと分かり別の方法を探る為、この世界に正樹を送り込んだ女神に合う事が今の目的であった。
「そうか。 これだけの実力があるのに上級冒険者を目指さないなんてよっぽどの理由があるとは、まるで御伽噺に出てくる勇者様みたいだな」
「勇者様?」
魔石を回収しながらグレンが呟いた言葉に首を傾げると、背後から「きゃ~ッ!!」と無数の女性の叫び声が大爆音で聞こえた。
「・・・毎回思うが、今回は今まで以上の人気だな。 お前さん」
「ハハ・・」
グレンは頭を抱えながら哀れんだ目で正樹を見る。
ギルドの出入り口には街の若い娘達が占領しており、とある人物がギルドから出てくるのを今か今かと歓喜を上げながら待っていた。
その人物と言うのが正樹である。
数か月間、街の人々に不安を培っていたゴブリン達を討伐した冒険者パーティの話は一瞬で噂で広がり、その冒険者の中に正樹がいると聞いた街娘達は一目見ようとギルドの前に集まっていた。
中には直接ギルドの中に入ろうとする娘までいたが、それは1人の女性によって立ちふさがれてしまう。
その女性と言うのは、長髪を蛇のようにユラユラと浮かし仁王立ちで街娘達を睨む正樹の恋人、由紀である。
「ほっっっっんとうに目障りですね。 正樹さんは私の旦那様だって何度言えば分かるのかしら。 いっその事このまま1人残らずゴブリンのように塵にしてしまおうかしら」
まるで極悪犯のようなセリフを吐きながらゴブリンを一掃した黒いオーラのような物を身体全身から溢れ出す由紀に、先ほどから背後で怯えながらも由紀をなだめるアンナの姿があった。
「あ、あの奥様? 本当にしないでくださいね? 絶対ですよ? 絶対ですからね?」
「大丈夫よアンちゃん。 何かあればこの街ごと消してしまえば誰も不幸にならないわ」
「正樹様ぁぁぁぁああ!! 早く、早く来て下さぁぁぁああああい!!」
瞳の光を失っている由紀にアンナは受付でクエスト報酬を受け取る正樹を必死な声で呼ぶ。
「モテるっていうのも大変だな」
「ハハ・・えぇ、まぁ」
クエスト報酬が入った袋を持ってきたグレンは同情するような視線を向ける。
実際、ゴブリンを討伐したのは由紀であって正樹ではない分、この歓声は本来由紀が与えられるはずの物である。
それを理解している分、ほとんど何もしていない自分が女性達にモテると言うのは少し罪悪感のような物を感じていた。
そのせいであまり嬉しい気持ちが沸かない。
「まぁ、同じ男として羨ましいとは思う所もあるがな。 あんな別嬪な女の子を2人も落とすなんてどんな得を積んだら得られる人生なんだか」
「ハハハ・・・ん? 2人?」
自分から正樹の嫁だと大声で宣言している由紀の事を言っているのなら理解はできる。
実際、恋人である為それを言われてもなんとも思わない。
しかし、グレンは今2人だと言った。
その事に疑問を持っているとグレンはクエストボードにたむろっている男性冒険者達に指をさす。
「知らんのか? アンタらがここで冒険者登録をしてから嬢ちゃん達は今やアイドル並みの人気を持っている」
正樹が由紀に外出禁止(監禁)されている間、あらゆる男性達は突然街へ降り立った美女2人の虜になっていたという。
綺麗な黒髪の長髪をなびかせ、同性から見ても完璧と言えるスタイルを持つ由紀。
そして今は人間に変装しているアンナは茶髪の肩まで伸びた髪に透き通るような白い肌。
更には誰に対しても隔てなく向ける笑顔に街の男達や冒険者は心を奪われていた。
「今はお前さんの事で異様な雰囲気を出す嬢ちゃんに怯えた様子の野郎どもだが、今日はいつもと違う服装を着たもう1人の嬢ちゃんにあの調子よ」
今日はゴブリンをおびき寄せるという理由でアンナは由紀が来ていた学校の制服を着ていた。
更には肌を少しでも出す為にスカートを短くして胸元のボタンもギリギリまで外している。
その姿はあまりにも魅力的で黒いオーラを溢れ出させる由紀をなだめようと動くその仕草に、男どもは釘付けになって見守っていた。
「ヒッ! お、おおお奥様? どうされたんですか?」
長い髪を前に垂らしながら急に正樹の方に振り返った由紀にアンナは猫のようにビクッと肩を震わせる。
一方、急に振り返った由紀と一瞬目を合わせた正樹は咄嗟に目を逸らした。
グレンがアンナの服装について指摘する為、周りの男達と同じ目線でアンナの事を見ていた事を、由紀は察知したのだ。
「ねぇ、正樹さん?」
「うわッ!! ゆ、由紀ちゃん?!」
さっきまで入り口付近にいたはずの由紀がいつの間にか正樹の背後に目と鼻の先まで接近してきており、急に目の前から消えた由紀に「え? え?」と戸惑うアンナ。
「今・・アンちゃんの事、やましい目で見てなかった?」
「な、なんのことでしょう・・・」
受付場に後ずさる正樹は後ろにいるはずのグレンに助け船を求めるが、危険を察知したグレンは一目散に奥へと逃げて行った。
「見てたでしょ? 見てたよね? 私以外の女をやらしい目で見てたよね??」
上目遣いで見られているはずなのに、ホラーにしか見えない由紀に対して正樹はただ、愛想笑いを続ける事しかできなかった。




