第15話 ピクニック
クエストを受注したギルドのある街から北の方角にある山を登り彼此2時間。
まだ昼時の時間には少し早い時間帯だが、それでも早朝から街へ降り、まだ街の人達もまばらにしか活動をしていない時刻でクエストを向かった正樹達にはすでに腹も空かしていた。
「さぁー正樹君! 今日は昨夜のうちに私が君を思って握ったおにぎりです! いっぱい食べてね!」
山の頂上辺りに予定よりも早く到着した正樹達は早めの昼食を取る為、桜の花びらによく似た緑色の葉の木の下でシートを広げていた。
メニューはまるでピクニックにでも来たようなお弁当がシート一面に並べられており、それぞれ具が違ったおにぎりからソーセージに卵焼き、更には生姜焼きが用意されている。
「どれも奥様が教えて頂いた料理ばかりなのですが、正樹様達の世界では外で食べる時はこれが定番だと聞いて」
水筒に入った飲み物をコップに注ぎ、手渡しながら元の世界で見た事がある料理を前に驚いていた正樹に教える。
正樹は手渡されたコップを受け取りながらアンナに一言お礼を言って飲み物を一口含む。
この世界では季節という物が存在しているか分からないが、心地いい風を感じながら山の頂上でシートを広げ、美味しい料理を食べながら森の景色を見る。
それはまさしく平和そのものの光景だ。
「あれさえなければ・・・ね」
チラッと背後に視線を送ると、何十匹という数のゴブリンが手に武器を持って正樹達を睨んでいた。
今回のクエストの内容はゴブリン討伐。
最近出現数の多いゴブリンを一匹でも多く討伐する事が今回受けたクエストだ。
「ハイ♪ 正樹君♪ あ~ん!」
卵の一切れを箸でつまみ、そのまま正樹の口に運ぶ由紀。
正樹は少し照れくさそうに頬をポリッとかいて口に含む。
「・・・どう? おいしい?」
「モグモグ・・ゴクンッ。 凄く美味しいです」
その一言が嬉しかったのか、由紀はそれからもソーセージや生姜焼きなどを正樹の口へと運ぶ。
その度にアンナが「あぁ!」やら「破廉恥です~!」とか顔を両手で覆って言いながら、指の隙間からチラチラと正樹と由紀のイチャつきを眺めていた。
それがどうも居心地が悪い正樹であったが、嬉しそうにご飯を運んでくる由紀の顔を見て断る事も出来ずされるがままに食べていく。
「由紀ちゃん。 どれも美味しいんだけどさ。 僕達がここに来た目的、忘れてないよね?」
目の前に目的のゴブリンがいると言うのにあまりにもリラックスをしている彼女を見て、今回ここまで来た理由を覚えているのか不安になった正樹は運ばれる料理を食べながら質問をする。
「? もちろん覚えてるよ?」
「じゃあ、とりあえず後ろにいるゴブリンを倒さない?」
「えぇ~・・」
由紀は頬を膨らませて上目遣いで正樹の提案に不満そうに見つめる。
そんな由紀の表情に心を奪われそうになるが、今回はあくまでも仕事でここまで来ている事から真面目な正樹は心を鬼にする。
「そんな顔をしてもダメだよ。 僕達は今日は仕事でここまで来たんだから。 用意してくれた料理もちゃんと食べるからさ。 今は任された仕事を優先しよう?」
まだ納得している様子ではないが、本来は正樹よりも真面目な優等生である由紀は正樹の言っている事が正しい事も理解している為、渋々と了承する。
「よし! それじゃあすぐに終わらせ―――」
由紀の承諾を得る事に成功した正樹が立ち上がろうとすると、由紀は正樹が立ち上がろうとするのを止めて立ち上がる。
「由紀ちゃん?」
「正樹君はここで待ってて。 すぐに戻るから」
そういうと由紀はゴブリン達がいる場所に1人で歩いていく。
それに気が付いたゴブリン達は更に警戒を強め、いつでも攻撃出来る態勢を取る。
ゴブリンとは知性は低い物の学習能力が非常に高く。特に戦闘面においては人間の武術や剣術、さらには魔術なども覚えるゴブリンが存在する。
さらには冒険者によるパーティ戦略なども学習する為、ゴブリンなりの戦略と言う物もあるという。
これが、魔族の中でも最弱の部類に入るゴブリンが人間と対等に戦う事が出来ている理由である。
今、由紀達を狙っているゴブリン達は森の中でも精鋭とも言える猛者が揃っていた。
魔術を扱えるゴブリンから弓、剣、盾、槍、そして武術を扱えるゴブリンのオールスターが勢ぞろいしている。
その理由は、今ゆっくりと歩いてくる由紀が関係している。
この森に入ってからすでに20体を超えるゴブリンが由紀の手によって討伐されているのだ。
それも手も足もでずに。
ゴブリン達の中では強い人間が現れたら無様でも逃げるのがルールとなっていた。
強い人間が現れればとにかく逃げる事を優先にして生き延び、仲間に伝える。
そうする事によってゴブリン達は最小限の犠牲で同族を守ってきた。
しかし今回由紀から逃げ切ったゴブリンは1体も存在しない。
故に、今いるゴブリン達は由紀がどれだけ強い人間なのか理解していない。
由紀達の目の前にいるゴブリン達はこの山の中でも精鋭であるゴブリン達。
この山の頂上はその精鋭ゴブリン達の集いの場なのだ。
ゆっくりと近づいてくる由紀に最初に攻撃を仕掛けたのは剣を持っているゴブリンだ。
剣ゴブリンは余裕の笑みを浮かべながら由紀に向かって剣を力一杯に振り下ろす。
「 邪魔 」
しかし、剣ゴブリンの剣が由紀に触れそうな瞬間に剣ゴブリンは一瞬で灰と化して消えてしまった。
その様子を見ていた他のゴブリン達は目が飛び出るほど驚いて体がを硬直させる。
「・・アンタ達、よくも私と正樹君の時間を邪魔したわね」
由紀は灰となったゴブリンの残骸を踏みつける。
「せっかく久しぶりに正樹君とデートに来たのに、アンタ達のせいで全然集中できないじゃない。 ・・どうしてくれるの?」
ゴブリンには人間の言葉は理解できないが、由紀が異常に激怒している事は理解できた。
「私と正樹君の時間を邪魔する奴は誰であろうと許さない。 だから―――」
ギャッ!
――と弓を構えていたゴブリンと魔法を詠唱しようとしたゴブリンが同時に灰と化して消えた。
急に仲間が灰となって消えて状況が理解できない残りのゴブリン達は硬直していた身体が勝手に震える。
そして再び近づいてくる由紀の方へと視線を戻す。
しかし、そこに立っていたのは人間の女ではなく魔族でさえ恐怖を感じる別の何かに見えた。
「だから―――消えて?」
その一言に、残りのゴブリン達は一瞬で灰となって消えた。
これで受注していたゴブリンの群れの討伐は終了した。
一方、一部始終を見ていた正樹とアンナは大人しく座っていた。
「あの、正樹様?」
「・・・ん」
「奥様は、本当に人間なのでしょうか?」
アンナの疑問に正樹は遠い目をして「どうだろう・・」と答える。
ただ、ゴブリンをすべて倒し切って満面の笑みで駆け寄ってくる由紀の姿を見て、とりあえずクエストを完遂できた事を喜ぶ事にした。
 




