第12話 クエスト
「ゴブリンの討伐クエスト?」
小さな街にあるギルドの待合室で、僕は手渡されたプリントを受け取りながら正面に座る男に聞き返す。
彼はギルドでの冒険者証明登録を担当してくれたギルド職員のグレン・バースト。
厳つい目つきと体格が良いスタイルをしている為、初めてあった時は少し怖い印象が強かったが、この異世界の情報を集める為に街へ降りてくる度によく声をかけては色々な話を聞かせてくれた。
見た目とは裏腹にとても優しい性格の持ち主なのだ。
「あぁ。 正確にはゴブリンの群れの討伐クエストだ。」
この半年の間に低ランク冒険者や商人などがゴブリンに襲われる被害が増大しているという。
そこでギルドは各支部すべてに同じクエストを発注させて担当区域のゴブリン討伐クエストを発令させた。
「すでに何グループの冒険者パーティーがこのクエストを受理して討伐してくれているのだが、どうにもこの辺りは想定よりも数が多いらしくてな。 怪我を負って帰ってくる冒険者が後を絶たない。」
グレンはそこまでの説明を終えると「そこで」と区切りをつけて僕・・ではなく、僕の両隣にいる2人に視線を向ける。
「頼む! このクエストを受けてくれないかッ!!」
「お断りします」
バッサリと即答したのは僕の右隣に座って差し出してもらった紅茶を飲んでいる由紀だった。
「な、何故だッ?! お前さん達の桁外れのレベルとスキルならゴブリンの群れくらい簡単に追い払えるだろう?」
僕達の冒険者証明書を発行してくれた職員である為、僕達のレベルとスキルがどれほどの物かはすでに把握している。
それ故に今回、グレンはギルド職員としてクエストを僕達に申し込みに来たのだろう。
しかし
実はグレンからクエストを申し出てくれたのは実は初めてではないのだ。
「前からお話はさせてもらっていますよね? 私達は証明書が欲しかっただけで別に冒険者の仕事に興味はありません」
「そこをなんとか! 報酬はそこに記載されている2倍・・いや! 3倍払う!!」
「さ、3倍?!」
報酬の金額に反応したのは僕の左側に座り差し出されたクッキーを美味しそうに頬張るアンナだ。
「奥様! 3倍ですよ3倍! それだけあれば3か月ほどの生活には困りません!」
「アンちゃんは少し静かにしてようね?」
「ヒャ、ヒャィ~」
ニコッとアンナに笑顔を向ける由紀だったが、目が笑っておらずアンナは血の気を引いて猫のように体を縮めた。
「でも由紀ちゃん。 確かに3倍の報酬はかなり魅力的だと思うよ? この世界にやってきてからずっとアンナのお金で生活させてもらっているし、そろそろ僕達もお金を稼がないと」
正樹の言葉に何か言い返そうとする由紀だったが、確かにこの世界にやってきてから生活費などの出費はすべてアンナのお金で支払われていた。
住まわせてもらっているだけでなく食費や生活費まで出してもらい続けているのも罪悪感が正樹だけでなく由紀も感じていた。
「で、でも・・・」
「それに今まで敢えて理由は聞いていなかったけど、なんでそんなにクエストを受ける事に躊躇いがあるの?」
「・・・それは」
どうしても言いにくい事なのか由紀は顔を下に俯いて動かなくなった。
すると左側にいるアンナが正樹の肩を軽く突いて耳を傾けるようにジェスチャーを送る。
「な、なに?」
「奥様はすでにハーレムスキルで女性に人気のある正樹様が、クエストをこなす事で更にスキルの熟練度が上がって今以上にモテてしまう事を恐れてクエストをお受けにはならないんです」
小声で由紀がクエストを受けない理由を話してくれたアンナは「可愛いですよね!」と由紀を見ながら微笑む。
それを聞いた正樹はと言うと自分を思っての事だと理解して顔が少し熱くなっていくのが分かる。
確かに僕のレベルは測定不能と書かれているがこれ以上レベルが上がらない保証はどこにもない。
これは後から聞いた話だったのだが、レベルが上がるにつれて手に入れたスキルも同時に強度を増すという。
レベルを上げれば上げるほどスキルも強力な物となり、更に強くなる。
因みにアンナは魔王としての現役時代、レベル999に見合う強力なスキルを発動させて土地を変形させることなど簡単だったらしい。
今は魔王としての力をほとんど失い、横でバクバクとクッキーを食べ普段は人間と変わらない容姿をしているが、話だけを聞けばやはり魔王なのだと思わせられる。
「あぁそうだ。 クエストの報酬は実はそれだけじゃないんだ」
グレンはソファから立ち上がると本棚に置かれてあるファイルを持ってきて1枚の資料を取り出す。
「今回は各支部のギルド全体が発令させたクエストなだけあって報酬金額に加え都市国家への旅行券も配布する事になってるんだ。」
「へ~。 いわゆる大都会って感じの所だね。 色々な娯楽やお店があるみたいだ」
渡された資料をペラペラと通して見ていると先ほどまで頭を下に俯いていた由紀が勢いよく資料を取り上げ食いつくように見始めた。
「・・・アンちゃん。 ちょっと」
「へ? は、はい」
急に立ち上がった由紀はアンナを連れて1度部屋を出たが1分もしない時間で再び待合室に戻ってきた。
「グレンさん、このクエスト受けさせていただきます」
「! ほ、本当か?!」
グレンはバンッとテーブルを叩きつけながら立ち上がり、正樹の手元に置いてあったクエスト発注書を持つと「今すぐに受理してくるッ!」と勢いよく待合室から出て行った。
「ゆ、由紀ちゃん? どうして急にクエストを受ける気になったの?」
「ん? やっぱり正樹君の言う通りずっとアンちゃんにお金を出してもらっていたのも悪かったし、それに大都会に行けるなら今よりももっとこの世界の情報を集めるのに適してるでしょ?」
「あぁ、なるほど! 確かにここに行けば何か他の情報を沢山集められるかもしれない!」
何はともあれ由紀がクエストを受ける気になっただけでなく、クエストをクリアすれば今よりも多くの情報を集められそうな場所に行けるチャンスまで手に入れた事に正樹は納得した。
だが
この場所に1人だけ、とても複雑そうな表情をしている者がいた。
それは先ほど由紀と一緒に戻ってきたアンナだ。
(あぁ・・・受けちゃった。 正樹様はたまに察しが悪い時が痛い所です・・)
アンナは2人に気付かれないように小さく溜息を吐くと、先ほど由紀が食い入るように見ていた資料の見開いたページを見る。
由紀がアンナを連れて部屋を出たのは資料に書かれた文字が読めなかったからだった。
(都市国家観光名物、【永遠に結ばれる教会】。 そこで愛を誓った者は永遠の愛を手に入れる・・か)
由紀がクエストを受ける気になった事に喜ぶ正樹を見て、アンナはもう1度小さく溜息を吐いた。
 




