第10話 愛の鎖②
「フフ~ン♪ フ~ン♪」
鼻歌を歌いながら上機嫌に野菜を手際よく切る少女を横目に、アンナは複雑な感情で鍋料理の下ごしらえを進めていた。
隣にいる少女は1週間前に突然現れた異世界からの最上由紀という召喚者だ。
しかも自分から天界へと侵入して我が天敵である神よってこの世界にやってきた。
外見はどこからどう見ても普通の人間の女の子であるにも関わらず魔王どころか神でさえ倒せない強力な力を持っている。
しかし
今、アンナが複雑な感情で料理をしているのは、そう言った話は関係ない。
なら何故複雑なのか?
それは、部屋の隅に窓際に体育座りをして外を眺めている少年があまりにも不憫に思うからだ。
外も暗くなり始め、夕焼けからほとんど夜空へと変わっている。
そんな空を少年はすべてを諦めたように悟ったような表情で空を眺めていた。、
空を眺めている少年はこの世界の魔王を倒しに来たという由紀と同じく召喚者、安生正樹だ。
元魔王と言えど神との闘いにより半分以上の力を失ったアンナは弱小魔族のゴブリンに後れを取り襲われていた。
そんな所を真っ先に助けてくれたのが正樹だ。
それからすぐに由紀が登場したわけなのだが、どうもこの2人は元の世界から付き合っている恋人同士らしい。
ただ、アンナから見れば恋人どころか夫婦のようなやり取りをしている2人に由紀の事をアンナは【奥様】と呼ぶ。
そんなラブラブに見える2人であるのだが、どうもアンナが知る恋人や夫婦とは少しずれているように感じる。
だって普通、他の女性と話しているだけで彼氏に首輪をつけて軟禁までします?
いや、これはもう軟禁ではなく監禁ですね。
だって彼此正樹は1週間もあの位置から動けていないのだから。
「あの~奥様?」
流石これはやりすぎなのではないかと思い、覚悟を決めてアンナは由紀に話しかける。
「ん? なぁ~にアンちゃん?」
話しかける・・・のだが、
「えぇ・・・と、味見、していただけませんか?」
この1週間まるで新妻のような雰囲気と絶えない満面の笑顔を見る度に、アンナはとてもでないが正樹の鎖を取りましょうという意見を言えないでいた。
「うん! とっても美味しい! これなら正樹君も喜ぶよ!」
「・・・」
小皿に移した鍋のスープの味見をした由紀は笑ってそう言った。
そして、その幸せそうな由紀の笑顔を見てアンナの決心は固まったのだ。
「・・・奥様」
「ん? どうしたのアンちゃん?」
「正樹様の鎖、取ってあげてはどうですか?」
先ほどまでの笑顔が一瞬で消え、まるで感情のない人形のような瞳で由紀はアンナを見る。
「どうして?」
変わらず女性らしい綺麗な声のハズなのにすごく低い声量で聞き返す。
その感覚は今にでも握っている包丁で刺しにかかってくるようだ。
一瞬土下座をして謝ろうかとも考えたが、怯む心を鬼にしてアンナは覚悟を決めた。
「だって、あれはあまりにもやりすぎですよ。 もう1週間ですよ。 あのまま正樹様を鎖に付けているおつもりですか?」
「そうよ。 だってそうしないと正樹君が他の女にとられちゃうかもしれないじゃない」
最後に小さい声で「まぁ取り返すけど」と更に殺意が籠った声で呟いたセリフは聞かなかった事にしよう。
「しかしこのまま正樹様をあの状態にしておいてはあまりにも不憫ですよ!」
1週間も窓際から移動せずに体育座りをして外を眺めている少年の後ろ姿を見るのも限界だった。
その背中には何かを覚悟したような奴隷のようにも見える。
このまま正樹あの状態で放っておくわけには行かないとアンナは危機感を覚えていた。
だが、正樹を鎖に繋げた本人からしては、それは仕方のない事だと言う。
「だって、正樹君のスキルはハーレムよ。 アンちゃんハーレムって知ってる? 1人の男性に女性が群がってくるおぞましい状態の事を言うのよ?」
偏見が凄いな。
「だから仕方ないのよ。 正樹君に悪い虫が集まらないように保護しておかなくちゃ。 ・・そう。これは保護よ。 監禁なんて物騒な事じゃないわ」
由紀はユラユラと動きながら再び野菜を切り始める。
しかしその切り方は先ほどまで手慣れたようなリズムテンポがある切り方ではなく、1回1回、何かを確実に仕留めるような力強い切り方だった。
これ以上は口出しするなと言わんばかりの雰囲気を放つ由紀に、アンナは再び正樹の鎖を取るよう意見を通す。
「・・・アンちゃん。 私は貴女の事だけは信頼しているし友人だとも思っているわ。 だから、これ以上私を怒らせないで」
今度こそ手に持っている包丁を向けようとしてくる由紀に対し、アンナは一歩も下がることなく前に出る。
「いいえ。 私は何度でも言います奥様。 正樹様の鎖を取って差し上げましょう!」
「どうして? どうしてそんなに私から正樹君を引き離そうとするの? まさか、やっぱりアンちゃんも正樹君の事が―――」
由紀の影から黒いオーラのような物が徐々に浮かび上がってくる。
すでに怒りゲージが超えている証拠だ。
―――が、アンナは更に足を前に一歩踏み出して由紀との距離を縮めた。
目と鼻がくっつきそうなほど近づいたアンナは小さく息を吸ってこう言った。
「だって、正樹様は奥様を誰よりも愛しておられます!」
「・・・・あ、ああああああああ愛、して、る?!?!」
突如言われた言葉に由紀は一瞬で顔を真っ赤にして黒いオーラが消失した。
「なななななにをいきなり! どうしたのアンちゃん?!」
「どうしたもこうしたもありません! 思った事を口にしたまでです!」
真っ直ぐとした曇りなき瞳で由紀と視線を合わすアンナに、由紀はオロオロとした様子で狼狽える。
その様子はまるで初恋の相手に告白されたかのようなリアクションで同性のアンナでさえもかなり可愛いと思うほどだ。
「いいですか奥様。 正樹様が初めて街に出て多くの女性に迫られた時、正樹様はどうされたのか覚えていらっしゃいますか?」
「え? え? あ、あの・・周りの人達を追い返すのに必死で、その、覚えてない・・」
先ほどとは立場が逆となり、今度はアンナが由紀を攻めるような状況に変わった。
この機を逃さないとアンナは更に攻める。
「正樹様は街の女性達に迫られた時、こう言いました」
―――僕、すでに心に決めた恋人がいるので。(由紀のイケメン正樹イメージ)
「そういって正樹様は口説きに来る女性全員に隣にいた貴女様を紹介していたんですよ!」
「~~~~~~~ッ!!」
ボンッ! ――と何かが爆発したように頭から湯気が出た由紀はヘタヘタと力が抜けるように床に座り込む。
「心に決めた・・・恋人!」
「そうです! それはもうプロポーズしたも同然ですよ!」
「ぷろ・・ぽーずッ!!」
何もかも絶望していたような由紀の真っ黒な瞳は徐々明るい綺麗な瞳に変わっていく。
その瞳の中には何やら式場のような物が見えたが、アンナは気にしないで話を続けた。
「そうです! プロポーズです! それなのに、チートスキルがハーレムだからとあらゆる女性の口説きを断った正樹様を信用せずに鎖までつなげてしまっては、いつか愛想をつかされてしまいますよ」
「え?! やだッ!」
まるで母親に玩具を没収された子供のように由紀はアンナのスカートを握りしめ、涙を浮かべて上目使いでアンナを見る。
(かっわいッ! 何この生物ッ!)
あまりの可憐さにキュンとしたが、何とか持ちこたえた。
「ねぇアンちゃん! 私どうすればいい?」
「・・そんなの、決まってるじゃないですか」
アンナは床に座り込む由紀に手を差し伸べてこう言った。
「正樹様の鎖を取って差し上げましょう!」
こうして、正樹の監禁1週間生活が幕を閉じた。
鎖から解放された直後。
【正樹】 やったぁぁぁあああッ! 首の鎖が取れたぁぁあああ!!
まるで最終決戦で勝利したような咆哮を上げていた。




