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世界の終わりと二人の始まり

作者: 公望

「一週間後の12月24日未明、地球に巨大隕石が衝突します」

 それはあまりに突然な報道だった。

 世界中で一斉に報じられたこのニュースは、当初はワイドショーでも誤報やデマではないかと議論されていた。

 それもそうだ。僕たちの認識としては現代の観測技術があれば、遥か前にわかるものだと思っていたからだ。トリノスケールとはなんだったのかと。

 それでも情報の発信元がNASAのものであり、他の国の宇宙関連機関も同様の反応を見せたことで議論は終結していったのだった。

 12月20日。

 本来であれば終業式を間近に控え、冬休みからクリスマス、年末年始と盛りだくさんのイベントにわくわくしていたはずだった。年明けにはクラスメイトと泊りがけでスノボに行く予定も組んでいた。

 だけどそれもすべて終わりだ。日本政府からもすでに就業者や学生に対して「すべて自由意志に任せる」との宣言が出され、僕が通う高校も自由登校となっており、教師も例外ではなかった。

 きちんとクラスメイトとお別れしたかった僕は高校に来ていた。教室にいたのは10人にも満たない。幸いにも一番仲の良かった友達はいる。

 もうすぐ世界が終わるなんてとても実感できることではなかったけど、友達の顔を見ると不思議と涙が溢れた。多くの言葉を交わすでもなく僕らは抱き合い、お別れをした。これで心残りはあとひとつ。

 帰り際、下駄箱にてそのチャンスはやってきた。

「若槻さん」

 思わず声をかけた。

「斎藤君?」

 きょとんとした表情で女の子、若槻わかつき麗奈れなと目が合う。

 若槻は小学校から今に至るまで同じ学校だった。同じクラスになったことはなく、まともに話したこともない。若槻にしてみれば顔と名前がかろうじで一致する程度の認識だろう。

 だが僕は違う。いつもその存在を目で追っていた。端的に言えば好きだった。でも告白が頭をよぎったことは一度もない。彼女は僕が想いを伝えるにはあまりに高嶺たかねの花だったから。

 だが今はどうだろう? どの道世界はあと数日で終わるのだ。人類の歴史の幕引まくひきを思えば僕が抱いていた5年ぐらいの想いなんてちっぽけなものだろう。でも僕にしてみれば大事なのだ。そう思うと不思議と勇気が湧いてきた。

「ずっと好きでした」

「はっ?」

「そ、それだけ! それじゃさよなら!」

「え、ちょっと……」

 多分初めてまともに声をかけた。その直後に告白したのだから意味不明もいいとこだったろう。僕は唖然あぜんとした彼女の顔を見ていられず、駆け出していた。

「はははっ」

 妙なテンションで家路いえじを走り続ける。返事を聞きたかったわけではない。想いだけでも伝えることが出来て僕は満足だった。文字通り二度と彼女と会うこともないだろうから。

 12月22日。

 残された時間を僕は家族と過ごすことにてていた。僕の両親はどこか達観していて悲観的でもなかったがどうにかしようという空気でもなかった。

 街の様子はというと想像していたより治安の悪化もなく、ただただ静かだった。大手のスーパーやコンビニ各社は数日前から倉庫を解放し、生活品については無料で供与(ただし自分たちで勝手に取りに行かなければならない)、ガソリンもセルフのスタンドで入れ放題。電気などのインフラはかろうじで稼働しており、混乱や暴動、略奪の類は少なくとも日本ではほとんど起きてなかった。

 こんな状況にあっても政治家や警察官、医療従事者、一部のマスコミは働き続けており、その使命感に対して父親が「羨ましい」となげいていた。最後の瞬間まで自分にやるべきことがあるというのは幸せなことだと。

 15時。

 当てもなく僕は外に出ていた。家の中の空気に耐えられなかったからだ。人気ひとけはほとんどない。家庭用に優先して供与されているのか信号の明滅めいめつも無かった。いつもなら聞こえる車の音もまったく聞こえない。街全体が死んだようだった。

 何の気なしに歩いていると電信柱に背をつけ、体育座りしている女の子を見つけた。自身の膝元に顔をうずめている。若槻麗奈だった。

「こんにちは」

「え?」

 顔を上げた若槻の目元は腫れあがっており、泣いていたということがよくわかる。それでも美人なんだからお手上げだ。一昨日に告白して逃げ去って以来だったけどもはや恥ずかしい気持ちなんてなかった。

「斎藤君? こんなところにどうして?」

「散歩してたんだ」

「散歩って……」

 信じられないとでも言いたげな目で見られるが事実なんだから仕方ない。

「若槻さんの方こそなんだか大変みたいだけど」

「あ……うん。ちょっとね」

 訳アリ臭がプンプンする。だけど僕なんかが首を突っ込んでいい案件あんけんではないだろう。なにより彼女に残された大切な時間を、僕と話すことで消費させてしまうのはなんだか悪い気がした。

「それじゃ」

 軽くそう言ってその場を去ろうとした。

「待って」

 急に腕を掴まれたことで僕の足が止まり、慣性かんせいの力によって頭が後方に引き寄せられた。ゴキンという音とともに首が折れたのではないかと錯覚さっかくしてしまう。

「イタタ、えっとどうしたの?」

 首を抑えつつ振り返る。

「一生のお願い、ここで使ってもいい?」

 若槻はわらにもすがるような目つきで僕を見た。今までの人生で色んな一生のお願いというフレーズを聞いてきたが、これほどまでに軽い一生のお願いはないだろう。なんせ肝心の人生があと二日しかないのだ。

「なにかな」

 訳がわからない。一生のお願いを盾にして付き合ってくださいと言いたいのはこちらの方だ。

「ついてきて」

 まだ同意したわけでもないのに彼女は立ち上がると僕の手を引いていく。

「どこへ? 意味がわからないんだけど」

「いいから! 急に意味わかんないこと言ってきたのは斎藤君も一緒でしょ」

 う……。それを持ち出されると何も言えなかった。

 彼女につれられてやってきたのは配達業者の荷物預かりセンターだった。当然だがこんなご時世じせいで配達の依頼をするものなどおらず、受付も誰もいない。

 状況についていけない僕を置いて彼女の歩みは止まらない。一直線に車庫に向かうと配達用のトラックの運転席の扉を開けた。

「斎藤君は助手席に」

「えっと……」

 なんで鍵が開いてるのか? そもそもなんでまるで車でどこかに行くような感じなのか。浮かんでくるのは疑問しかなかったが「ほら早く」と急かされたので仕方なく助手席へ。

「確かここに鍵をさして回せば……やった。エンジンついた」

「ちょっと待って若槻さん。なにをする気?」

「なにって運転に決まってるでしょ? シートベルトして」

「免許なんてまだ取れないと思うんだけど」

「こんな状況で免許もなにもないでしょ。足がないと行けないんだし。大丈夫。昨日ちょっと練習したから」

 全然大丈夫じゃないです。ひとつひとつ思い出しながら操作するような感じが怖すぎるんです。

「行っくよー」

「待った。タイムタイム、わわっ」

 僕の制止せいしもむなしくアクセルが踏み抜かれ、トラックは発進してしまう。もはや彼女を止めるすべはない。話したことなんてなかったからよく知らなかったけどこういう性格の子なのだろう。

 道路には他の車はなく、通行人もいなかった。最後の最後で人をねるなんてことだけは御免ごめんだったから不幸中の幸いだ。不幸ではあるけれど。

「そろそろ教えてもらってもいいかな」

 このまま行先も目的もわからずに彼女についていくのは流石に限界だった。無理心中にでも巻き込まれたらたまったもんじゃない。

「……うん。そうね。道すがら教えてあげる」

 そこから若槻の話が始まった。隕石衝突のニュースがまことしやかになってからというもの、彼女の両親に変化が生じたそうだ。始めは自暴自棄じぼうじき気味だったが、やがて死後の世界に救いを求めるようになり、自身たちが望む死後の世界の宗教にのめり込んでいったらしい。それだけにとどまらず、若槻に対してもその宗教に入信するよう強要してくるようになった。この後会合があるからお前を来なさい、と。

「嫌だって断ったらね。お前なんか娘じゃないって言われたの。勝手にしろだって。嫌んなっちゃうほんと」

 うふふ、と自虐じぎゃく的に若槻は笑った。かける言葉は見当たらない。

「私はね。そんな後ろ向きな考えなんて大っ嫌い。なにがなんでも生き延びてやるって思って家を飛び出したの。色々考えて準備してたけど一人でいるってのが正直しんどくてさ」

「泣いてた時に僕が通りかかったと?」

「ふふふ、そ! よくわかんないけど私に熱を上げてくれてたみたいだし? 協力してもらおうって思って」

「ひどい話だなそりゃ」

「あはは、ごめんね」

 楽しそうに笑う若槻を見て責める気も失せてしまう。若槻の家ほどではないにしろ達観したような家族の雰囲気に耐えられなかったのは僕も一緒だ。

「だけど一生のお願いってんだから仕方ない。僕も協力するよ」

「え? ほんとに?? ありがと! 斎藤君ちょっと好きよ」

 悪魔みたいな女だったらしい。

 スーパーの倉庫に着くとありったけの食糧と生活用品を二人して荷台に乗せ、再び走り出す。次に着いたのは巨大な地下倉庫だった。どこでこんな場所を調べたのやら。人の気配はなかった。彼女の指示のまま積荷を下ろしていく。

「ここが私が選んだ楽園ね。ここで籠城ろうじょうするの」

「なるほどね」

 それが彼女の出した結論。つまり隕石落下後の世界でも生きていくための準備を僕に手伝えということだったらしい。

「それじゃ僕はお役御免かな」

「なに言ってんのよ。あと五回は往復するよ?」

「……」

 その後本当にスーパーまで五往復させられ、その都度つど積荷の上げ下ろしを手伝う羽目になった。僕は残り僅かな時間を使ってなにをしているのやら。

 気づくと辺りは暗くなり、時刻は21時を回っていた。とんでもない肉体労働だ。疲労のあまり地下倉庫であお向けになる。

「お疲れ様。そしてありがと」

 肩で息をしていた僕のほほに冷たい感触。若槻が缶ジュースを持ってきてくれたようだ。

「なんだかんだ楽しかったからいいさ。それじゃ今度こそこれで終わりかな」

 せめて送ってくれるぐらいはしてくれるだろう。トラックを指さした。

「帰っちゃうの?」

 それは帰らないという選択肢があるということなのだろうか。

「まぁね。流石に歩いてはキツイからさ。申し訳ないけど送ってくれないかい?」

「……嫌だ」

 この女はかぐや姫かなにかなのだろうか。傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりもはなはだしい。

「斎藤君も一緒に頑張ろうよ。ここで、さ」

 懇願こんがんするような目だった。断られることを前提とした、そんなお願い。ここできっぱり断れば彼女も黙って僕のことを送ってくれただろう。

「一生のお願いはもう使えないけど」

「じゃあ来生らいしょうのお願い!」

 来生? なんだその造語ぞうごは?

「どうせ明後日には世界は終わるんだからさ。そこで私の一生は終わるものとして考えて、でも私は生き残るから次の新しい一生になるわけ。その新しい一生分のお願い分ってことで」

 凄まじい理論だった。もはや暴論ぼうろんといえよう。訳がわからない。

「ふふっ、なんだよそれ。ははは」

 思わず吹き出してしまう。

「笑わないでよ。こっちは真剣なんだから」

「わかったよ。わかりました。もうこの際だ。とことんまで付き合うよ」

 なんだかどうでも良くなってしまった。彼女と話していると本当に、巨大隕石衝突後の世界でも生き残れてしまう気がしてくる。両親のことも気がかりだったけどあのまま家にいても一緒に終わりを迎えるだけだ。死生観しせいかんは人それぞれだけど僕にはそんな終わり方を受け入れる準備が出来ていない。それならば好きな子と一緒にわずかな望みに賭けてもいいじゃないか。

 今回の隕石は恐竜を絶滅ぜつめつさせた規模のものらしい。K-T境界と言われたその大量絶滅は当時の生命の75%を絶滅に追い込んだという。隕石の衝突エネルギーもさることながら落ちた場所が悪かった。世界を終わらせる可能性の高い8か所のうちのひとつに当たってしまったのだ。その後に大気中にまい上がった粉塵ふんじんは空をおおい、隕石の冬が訪れたことが決定打となった。

「ありがとう! 一人って考えてたらほんとはすごく不安だったの! 斎藤君ほんとに好きになっちゃうかも」

 そう言って若槻は無責任にも抱き着いてくる。こっちの気を知っててやるのだからタチが悪い。そりゃ嬉しいけどさ。今はそんな場合じゃないっての。

 疲れもあったのかその日はなぜか用意してあった二人分の寝袋を敷き、眠りについたのだった。

 翌朝。

 目が覚めるとすでに若槻は寝袋から出て積荷の整理をしているところだった。今夜にも世界が終わる。倉庫の外の世界はどうなっているのだろう。最後の一日を、皆はどう過ごしているのだろう。お偉いさんや資産家たちは地下シェルターにでもこもっているのだろうか。

「おはよ。昨日は眠れた? 朝ごはんはそこらへんの缶詰で済ませといてね。終わったらこっち手伝って」

「はいはい」

 ずっと好きだった憧れの子におはよって言われるのがこんなにいいものだとは。

 その日は終日しゅうじつ荷物の整理を続けた。世界の終わりに絶望したり、受容したり、救いを求めたりと、その事実を受け入れて過ごすよりも、こうして明日を見据みすえて身体を動かす方が、僕にとっては断然だんぜん良かった。

 23時。

 僕たちは寝袋に入っていた。大量の生活用品の整理を終え、準備は万端だ。

「まだ起きてる?」

「ああ」

「寝れないよね」

「流石にね」

 情報では明日未明には隕石が落下するということだ。もう幾何いくばく猶予ゆうよもないかもしれない。

「斎藤君さ。結局手出してこなかったね」

「ぶっ!」

 き出してしまう。

「なにいってんのさ」

「冗談よ。でもそういうこと求めてきたらどうしようとは少し思ってた」

「それどころじゃないよ」

「私のお願いを聞いてくれたお返しに……」

 え?

「明日なら……ちょっとぐらいオイタしてもいいよ」

 と、とんでもない爆弾を投下とうかされた。

「いやでも僕……」

「あはは。冗談よ。ほんと面白いね斎藤君。でもさ、これで明日も生きよって思えたでしょ?」

「人が悪いや。こうなったら何が何でも生き延びてオイタしてやんないと」

「その意気その意気!」

 世界の終わりが間近まぢかせまってるとは思えないようなくだけた話だった。彼女なりに僕を勇気づけてくれたのだろう。

「そういえばさ」

「ん?」

「僕にも一生のお願いの権利があると思うんだ」

 付き合ってくれ、なんてね。そこまでは望まないよ。

「なぁに? オイタなんて流石に困るけどどうしてもって言うなら……」

 彼女とこうして言葉を交わしていられるのはあとどれぐらいだろう。

 もしかしたら数分後には爆発音が響いて粉々になっているかもしれない。一緒に過ごした時間なんてたった二日だったけどとても濃密だった。君を知れば知るほど想いは強まるばかりだった。究極のつり橋効果が働いていたのかもしれない。

 せっかく仲良くなれたのに、これで終わりなんて悲し過ぎる。

「絶対に生きてくれ」

 だからこれが僕にとっての最大限のお願い。

「それを言うなら生きよう、でしょ?」

 当然のように返す彼女のその強い一言は、殺し文句以外のなにものでもない。

 

 世界の終わりまであと…………。


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