幕間
只野:あれ、馬場さん、それコーヒーじゃないね?
馬場:カフェモカ。ココアあったから混ぜちゃった。
只野:へー。美味しい?
馬場:まだ飲めてない。俺猫舌なんだよねー。
只野:この人『可愛いのイデア』とかに取りつかれてない?
関島:そういう話は聞いてませんね。
馬場:あのねぇ。そういうのやたらと突っかかるよね。
只野:いやなんか、ええと……顔がいい職員の前で態度が変わる研究所の同僚と同じ感覚で見てる。
馬場:性格悪ぅー。あと俺は素でこれなんだけど。ぶりっ子してませーん。
只野:……ごめん。素で『乙女』なんだよね馬場さん。
関島:ふふっ。
馬場:乙女って。成人男性に向かって。
只野:え、あ、【反復】が言ってたよね? 本の役割的に、作中の『乙女』ポジションなんだよ馬場さん。
馬場:ああそういう……今度読むかな。
只野:それ抜きにしても趣味が女子高生なんだけどね。別に良いけど……うん。可愛すぎるとか思ってないけど。全然。
馬場:思ってるっしょ、その言い方。
関島:俺は本当にまったく全然馬場さんが可愛いなんて思ってませんよ。
馬場:知ってる。
只野:だって可愛いの似合うんだもん……可愛いことよりそれが似合うことが……こう……なんか、こう……。
馬場:【ルサンチマン】の前で大人しくしててホントよかったー。
只野:あー……。
馬場:一発アウトっしょ。車内ででっかい足枷付いたら困っちゃうしさ。
只野:おっしゃる通りで……嫉妬だねこれ。うん、可愛くて羨ましい。
馬場:あん時この面子で足枷出なかったの奇跡じゃね?
只野:そうだね。馬場さんの判断力に助けられたよ。ありがとう。
馬場:どういたしまして。関島は元々それ系のリアクションしないから未知数だったんだけどさ。
関島:俺に嫉妬心とかあると思います?
馬場:無いね。
只野:無さそう。関島さんって、ほら、いつもおっとりしてるし。
関島:あ、いえ、精神は存在してますよ。
只野:うん。精神汚染苦手だし、そうでしょ。
馬場:わざわざ言うのが怪しい。
関島:言わなかったら誤解されそうだと思ったので。重要なことですし。
馬場:ってか関島ぁ、舌火傷しねーの?
関島:はい?
馬場:よく平気で飲めんなって言ってんの。コーヒー。俺より後に入れたからまだ熱いだろ。俺まだ飲めない。
関島:そうですね……あ、火傷してますねこれ。
馬場:今度研究所でこいつの精神鑑定してくんない? 俺は無い方に賭ける。
只野:面白そうだね。乗った。精神はあるけどクオリアが無いってので賭ける。
関島:止めてください。というか、なんで二人とも何かしらが無い方に賭けるんですか。
馬場:だってお前、痛覚ある?
関島:あります。
馬場:リアクションしなさすぎじゃね?
関島:有ると認識しているので有ります。
馬場:その言い方気になるんだよなぁー!
只野:そういえば……【アポフェニア】の件で、精神汚染全然受けなかったよね。苦手って言ってたわりに平気な理由は?
関島:苦手なものは苦手ですし診断書も出てます。影響は受けてましたよ、とても。
馬場:ホントにぃ?
関島:はい。あの時は『俺は哲学人の発言に何か意味があると思考させられている』と認識したんです。思考させられる、という点は克服できませんよ。耐性無いので。
只野:形而上学を感じる。
馬場:うーん、メタい。お前実は結構哲学系強いよな。
関島:まあ、それなりに。プロには全く敵いませんが。
只野:私は体質的に思い出せるから、とりあえず詰め込んでるだけなんだよね。詰め込んだ分を取り出せるかは別問題。咄嗟に出ない。
馬場:なんだっけ。洞窟の時も判定グダったもんね。
只野:えー、【フレーム問題】の時だね。
馬場:ああそれそれ。
只野:まあ、その為の馬場さんと関島さんだし。思い出す取っ掛かりになってくれるのは助かる。
関島:俺は機械工学なんかは知りませんけどね。
只野:どの辺り得意なの?
関島:古代ギリシャと、十九世紀西洋です。ソクラテスとかニーチェとか。哲学といえば、で名があがる有名どころですね。
只野:なるほど、わかりやすい。
馬場:俺は『エロス』とか『プシュケー』とかの、神話にもある用語なら知ってる。趣味の範囲で。
関島:哲学人化してるんですかね。
只野:してるだろうね。
馬場:会ってみたさあるー。
関島:あ、『ミネルヴァ』って女神知ってます?
馬場:ローマ神話の女神だな。知識や商業を司る。象徴も知恵を意味するフクロウ。あれよ、学校系の紋章とかに使われてる人ね。ギリシャ神話においてのアテナと同一視されてっけど、あっちと違って戦いの意味がないから温厚なイメージ。
只野:よくスラスラ出てくるね。
馬場:趣味の力って凄いっしょ? で、それがどうしたよ。
関島:哲学人【アウフヘーベン】の人間名がそれだったので。
只野:えっ。
馬場:只野さん、収容済から検索。
只野:未収容だよ。
馬場:じゃあ前逃したやつの名前かそれ。何仲良くなってんの?
関島:名前当てゲームをさせられたんです。哲学人だと認識できないのに。
只野:ああ、言ってたね。
馬場:ってかそれ報告書に書いた?
関島:……書き、まし、た?
只野:ええと、思い出した。名前当てゲームとは書いてるけど、人間名の方とは書いてない。
関島:はい。
馬場:はい、じゃなくてな。
関島:修正しますよ……。
只野:単独行動時の情報共有は重要だからね。大抵この三人で組むんだし。
馬場:単独行動といえば、【イドラ】のときのさぁ。
只野:うん? 不備あった?
馬場:拐われてた時のデート代が、経費で……。
只野:……うん。
馬場:落ちた。
只野:よしっ。
関島:え、あの哲学人支払いしなかったんですか。
馬場:そーなんだよ。
只野:哲学人の収入源って謎だからね。支払い能力あったらあったで、このお金はどこから来たのってなるよ。
関島:……確かに。
馬場:TK会と繋がってる哲学人は金持ってたりするけどな。つーわけで【イドラ】はどこにも所属してないか、単なるケチか。
只野:単なるケチだとイメージ崩れる……。
馬場:好印象引きずってんね。
只野:ああ、そうだね。永続効果の精神汚染だと困るな。滅多にないけど……接触時間長すぎたかも。
馬場:つーわけで沢山幻滅して、印象書き換えときな。
只野:はーい。
馬場:ってかさぁ、あいつカエル肩に乗せて連れてたんだろ? その時点でヤバくない?
只野:爬虫類可愛いよ? え……まさか馬場さん、爬虫類見て、きゃーって言っちゃうタイプ……とか。
馬場:流石にねーよ。
只野:良かった。そんなヒロイン気質だったら今後弄り倒すところだった。
関島:コンプレックス凄いですね。
馬場:ホントそれ。
只野:何かあったかな……いや、いいや。思い出したらコンプレックス悪化しそう。このまま忘れ去りたい。
馬場:そうしといて。
只野:というかさ、馬場さんだって時々体型のこと弄ってくるよね。
馬場:あー、まあ、そうね。
只野:趣味や言動はその人の意思が介入するけど、体型はそうじゃない。そっちの方が酷いと思う。
馬場:いやあれ、過去に会ったことあるよっていうアピール。
只野:……え?
馬場:只野さん、会うたび俺らのこと忘れてんじゃん? 指摘すんのもあれだし。でもああ言ったら伝わるっしょ? そしたらすぐ思い出してくれるし。
只野:……。
馬場:……。
関島:……。
只野:わ、忘れてるって、バレてたの恥ずかしいんだけど……。
関島:その気持ちわかります。
馬場:一回指摘したらそう言われたんだよねー。
只野:そうだっ……そうだね。そうだったね……うわ思い出した。うわ……ごめん……そうか……ごめん。
馬場:別に良いけど。体質は理解してるし。ってかぁ、その辺は関島の方がひでーと思うんだよなぁ、俺は。
関島:はい?
馬場:お前、毎回初対面装うだろ。俺が居なかったら二人とも会うたび初対面繰り返すだろ。
只野:そういえば……ずっと敬語だし。
関島:会うたび初対面ってなんだかお洒落ですね。
馬場:はい誤魔化したー。お洒落でもなんでもないしー。
関島:えー。
馬場:まあ俺居るから良いんだけどね。思い出しついでに関島の情報も出てくるでしょ。
只野:うん。三人組で行動してることが多いからね。二人のデータはわりと繋がってる。
関島:なら問題ないですね。
馬場:お前ら二人で調査になったらどうなんの?
只野:業務に支障は……あるかなぁ。
関島:無いのでは?
只野:会ったらすぐ思い出すようにする……ってことを思い出せたら良いんだけどね。
馬場:うーわ、不安。
関島:『認識してると認識しています』と似てますね今の。
馬場:だからふざけんなってお前。
只野:仕事中に一度も過去を振り返らないってことは無いよ。だから、まあ、多分……。
関島:大丈夫ですよ。初対面だろうがそうでなかろうが、真面目に仕事をすることに変わりはありません。
只野:……うん。そうだね。
馬場:ま、俺は忘れられんの寂しいから思い出してもらうけど。
只野:うん、ごめん……。
馬場:思い出してくれんならいーの。記憶からも捨てられるってきっついからさー、只野さんが只野さんである限り俺はこのスタンスよ。
只野:うん……うん? それって。
関島:カフェモカ冷めてません?
馬場:あ! うわー、忘れてた。ぬるいココアって美味しさ半減だよなー。
関島:熱いのは飲めないのに?
只野:美味しく楽しめるタイミング刹那すぎない?
馬場:良いじゃん。あれ、諸行無常ってやつよ。
只野:ココアで諸行無常感じてるこの人。
馬場:はー、美味い。俺が飲み終わったら休憩終わりな。
只野:馬場さん基準で休憩時間が決められちゃった。
関島:この人そういうとこありますよね。
馬場:只野さんは後から来たからまだ良いよ。関島はさっさと戻れ。
関島:はいはい。