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「……というわけで、私。家で幼稚園を始めようと思うんですが、私のいた世界とこちらでは勝手が違いますから、リンデルさんの率直な意見をお伺いしたいと思います。リンデルさんなら先ほど説明させて頂きました『幼稚園』に子どもを預けますか? あるいは預けたいと思いますか?」
私は今、リンデルさんのお家にお邪魔させて頂いてます。
リンデルさんに相談したいことがあると言ったら、立ち話も何だから中へと言われ、遠慮なくお邪魔させてもらいました。
玄関扉を開けたらすぐにダイニングキッチンで、奥に幾つか部屋があるらしい。
キッチンはやはりというか、土間にかまどという江戸時代の台所って感じ。
ダイニングの部分からは石畳の床が広がっている。
窓は小さいものがいくつもあるけれど、屋内は薄暗い。
所々にろうそくの台があるので、夜には火を灯して灯りをとっているようだ。
この世界の庶民の家では、防犯の面から窓を小さくしているらしい。
大きな窓は、警備の人員を雇える裕福な商人や貴族の家でなければ使わないそうだ。
そのため、大きな窓は富の象徴なのだとか。
私の家は玄関の扉だけがこちらと繋がっているので、窓が開かない。
本来ならベランダへと続く窓も、はめ殺しの窓のようにびくともしないので出られない(なので洗濯物は部屋干し)。
そして磨りガラスのように外の景色が見えなくなっていた。
朝日が上れば明るくなり、夕方にはオレンジ色になり、夜は暗くなる。
なので、昼間は普通に明るい。
家の外観は小さな窓が幾つかあり、リンデルさんの家とほぼ一緒なので、我が家の中と外がちぐはぐなのだ。
玄関だけ繋げて無理やり私の家を詰め込んだって感じ?
まあ、異世界と扉が繋がること自体が異常なことなので、今更あれこれ気にしても仕方がないので割り切ることにした。
かまどのすぐ脇に水を貯めた大きな壺があり、リンデルさんはその水を沸かせてお茶を淹れてくれた。
殆どの人たちが働いている中でリンデルさんが昼間も家にいるのは、彼女は少し前に大病を患ったそうで、フルタイムで働くのは難しいらしい。
幸いにも子ども二人は成人(この世界では十五歳で成人扱い)して働いているので、リンデルさんが働かなくても生活が出来るのだとか。
二人でテーブルに座りお茶をすすりながら、先ずは世間話から始まり、本題へと話は進む。
こちらにはない『幼稚園』というものの説明から始まり、幼稚園に入園させることによって生じるメリット・デメリットの説明をし、その上で、この世界の住人であるリンデルさんに意見を聞いてみた。
私がこの異世界で知っている大人は、まだ彼女しかいない。
リンデルさんは腕を組んで目を瞑り、真剣に考えてくれている。
少し考えてからゆっくりと目を開けると、静かに話しだす。
「私らもね、子どもだけで留守番させて、平気なわけじゃないんだよ? 仕事を終えて家に戻って、元気な子どもの顔を見て『ああ、今日も何ごともなく無事でいてくれた』ってさ。働いている間だって、怪我はしてないか、ちゃんと昼は食べているのか、気にはしているんだ。出来ることなら子どもと一緒にいてやりたい。それでも、働かなきゃ生きていけないから、子どもが留守番出来る年齢(この世界では三歳くらい)になったら、働きに出るしかないのさ。金のあるやつなら、人を雇って子どもの世話をしてもらってるらしいけどね。……その『幼稚園』とかいうものだったか? そりゃちゃんと子どもを見ていてもらえたら、安心して働けるさね。けどねぇ、それにお金を払うとなると、話は別さ。そのために仕事を増やさなきゃならないんじゃ、やっぱり考えちまうよ」
「……問題は幼稚園に預ける『費用』ですよね。それ以外で、他に何か問題はありますか?」
「う~ん、今は特に思い浮かばないねぇ。その時その時には何かしら思うことはあるかもしれないけどねぇ」
「分かりました。ありがとうございます。もう少し色々と考えてみたいと思います。リンデルさん、これからも色々と相談に乗って頂いてもいいですか?」
「大したこと言ってやれなくて、済まなかったね。私でよけりゃ、いつでも言っておくれな」
「はい。ありがとうございました」
う~ん。ちょっと考えが甘かったかな。
三歳で留守番出来る年齢って……。
改めて元いた世界との常識の違いを思い知った。
それに、この世界は思った以上に貧富の差や身分差が激しそう。
幸いにも私の家の扉と繋がったここは、スラムのど真ん中とかってわけではなくて、職につくことが出来る極々平均的な一般市民の住宅街だった。
もしスラムのど真ん中だったりしたら、日本の平和な世界で生きてきた私なんて、秒で身ぐるみ剥がされてお終いだっただろう。
もふり放題な幼稚園を始めるには、私はこの世界のことを知らなさ過ぎる。
まずはこの世界の常識だとか考え方を学んでからよね。
それにはまず図書館に行って、この国の歴史やなんかを調べてみよう。
あ、図書館の場所知らないじゃん……。