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「じゃあ、改めて。おめでとう!」
ジョッキをガチャンと合わせて乾杯した。
「ありがとう」
リオナがエヘへと照れたように笑う。
先日約束した通り、無事幼稚園の生徒入園が決まった祝いに、彼女を美味い店へと連れてきた。
おしゃれな皿に少量ずつ盛られた料理が出てくる店と、大皿にドカンと盛られて出てくるような店のどっちがいいかリオナに聞けば、彼女は迷うことなく大皿の店と答えたのだ。
ここはリオナの作る料理ほどではないが、美味くて安いと評判で冒険者なんかもよく通う店だったりする。つまり男客が多い。
リオナは自身の顔をアッサリ地味顔だと評価しているようだが、普通に可愛らしい顔立ちをしていると思う。まあ、アッサリというのは否定はしない。
淡いピンクのワンピースとそれに合わせたのだろう後ろにリボンのついた帽子は彼女にとても良く似合っているし、緩く巻いた髪がまた女性らしい柔らかさを演出していて、とにかく何が言いたいかというと、とても可愛いのだ。
リオナは獣人女性に比べると華奢で小さい。黙っていれば男の庇護欲をそそるというか何というか。
あ、いや、別に俺はリオナの可愛らしい外見だけじゃなくて、ちょっと残念な感じの中身も気に入っているというか、むしろそっちの方がいいと思っているが、しかし……。
近くの席に座っている男達が、チラチラとリオナに視線を向けてくる。
ジロリと睨みつければそいつらはサッと視線を外したが、何とも面白くない。
あぁぁぁぁあああっっ!! 俺は、何で、こんな男客の多い店に彼女を連れて来てしまったんだ!
今更だが、もう一つの店にしておくんだった……。
そんな俺の気持ちなど全く理解していないリオナはニコニコとあれこれ料理をつまんでは、
「ん、これイける」
などと嬉しそうにモゴモゴと口を動かしている。
……リオナが喜んでいるのならばいいか。
彼女に分からないよう、小さく息を吐いた。
「そうだ、幼稚園のことなんだが」
「ん?」
「いやな、騎士団で子どものいる奴に声を掛けてみたんだ。それで無料体験に興味を持った奴がいて……」
「え、本当に!? どんな人なの?」
途端に目をキラキラさせて前のめりで聞いてくる。
「リオナも会ったことあるぞ? ヤンて狐獣人なんだが」
「……あ〜、あのキツネ」
ヤンだと聞いた途端にスンとした顔になった。
「アイツは表情がほとんど変わらないから分かりにくいが、話してみれば案外面白い奴だぞ」
「へ〜、そうなんだ」
まるっきり感情のこもっていない台詞に苦笑いしつつ、
「あれもアイツの軽い冗談だったんだが、まあ、知らない人間からしたら真顔であんなこと言われたら腹立つよな」
口いっぱいに肉を頬張りながら、リオナがウンウンと大きく頷く。
「真顔で冗談を言わないようには言っているんだが、本人は笑顔で言ってるつもりらしくてな。一応努力はしているらしいが、今のところ表情筋が働かずに全く実を結んでいない。そんなわけで、少しばかり大目に見てやってくれないか?」
無意識に頭を撫でようと伸ばした手は、可愛らし帽子が目に入って一瞬止まる。不自然にならぬよう軌道修正しつつ額を軽くペチペチと叩けば、リオナは俺の手をブロックするように額を両手で隠した。
「そういうことなら、もう気にしないことにします」
意外な返事に思わず「は?」と聞き返す。
自分で言っておいて何だが、いきなり大目に見ろと言われても直ぐには承知出来ないだろうと思っていたのだ。
「だって、努力しているんでしょう? 全く努力しない人なら何て言われようと極力関わらないようにしますけど、努力してる人に対してはこちらもいくらかは協力しようと思いますよ?」
「協力?」
「ええ。ヤンさんの微妙な表情の変化を読み取れるように、私もちょっと頑張ろうかと」
リオナは腰に手を当てて、エッヘンとでも言いそうな顔をしている。
先ほどまでは根に持ってスン顔をしていたというのに、努力しているのなら協力すると言い切った。
もし俺だったら、そんな風に思えるだろうか? ……いや、思わないだろうな。
これは誰にでも出来ることではない。
俺はリオナのそういうところに惹かれるのだろう。
「そうか。よろしく頼むな」
俺はニヤリと笑って、リオナの口に小さめの肉を突っ込む。
彼女は「むぐぐっ」という変な声を出してこちらを睨みつけながら、口の中の肉を咀嚼してゴクンと飲み込んだ。
「美味しいけど、乙女の口にいきなり肉を突っ込むのはダメ!」
「乙女? どこにいるんだ?」
「こ・こ・に、あなたの目の前にいるでしょ? 目ん玉ひん剥いてよっく見て、ほら!」
「いや、乙女は目ん玉ひん剥くなんて言わないな」
「うぐっ」
リオナが悔しそうな顔を向けるのが面白くて、また額をペチペチと叩いた。
本当に、リオナといると楽しい。飽きることがないと思う。
ずっと隣にいて欲しいと思う女性はリオナが初めてだ。
だが、そんな風に思っているのは俺だけなんだろうな……。
何だか少し悔しくて、ちょっとだけ強めに額をペチンと叩いてやった。