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「とりあえず『おめでとう』でいいのかな?」
「え?」
「体験入園とやらの勧誘に成功したんだろう?」
「う、うん。ありがとう」
照れたように笑うリオナが可愛くて、つい頭をポンポンしてしまった。
時に子どもっぽく、時に犬のように人懐っこいかと思えば猫のように気まぐれで。
ーー彼女の隣は本当に飽きない。
今も楽しそうに話していたかと思えば、急に自信なさげに弱気な発言をしてみたり。
あまり暗い顔は見たくなくて、彼女の額にバチンッといい音をさせてデコピンした。
「いだっ!」
「よし、お祝いに今日は俺が美味い所に連れて行ってやるよ」
「え? いやいやいや、まだ決まったわけじゃないから」
少し赤くなった額を擦りながら睨んでくるリオナだったが、その目は若干涙目のせいで全く迫力などない。むしろ可愛いくらいだ。
結局お祝いは今日じゃなく、入園が決まったらとびきり美味い店に連れていく約束をして、今日もリオナの手料理をご馳走になることに。
相変わらず手際がよく、彼女はあっという間にパスタとサラダを作ってしまった。しかも美味い。
とびきり美味い店に連れていくなどと言ってしまったが、リオナの作る料理より美味い店などあるのか?
彼女に会うまでは美味いと思っていたものも、これだけの美味い料理を知ってしまったらそれなりにしか思えない。
さて、困ったな。
玄関先で見送るリオナに早く扉を閉めてしっかり施錠するように言い、手を振る。
閉じた扉と施錠したであろうカチャンという音を確認すると、俺は右隣の家に向かい扉をノックした。
「あの、どうかなさいましたか?」
先ほど会ったばかりの隣人夫婦の夫が出てきた。
「頼みがあってきた」
と言えば、若干困惑顔で聞き返してくる。
「頼み、ですか?」
「ああ。リオナのことだ」
リオナの名前を聞いて、彼は何となく察したようだがそのまま続ける。
「彼女が渡り人だということは、ここだけの話にしてほしい。知られたらきっと彼女を利用しようとする者も出てくるだろう。彼女は人を疑うことを知らない。そのことでリオナが傷付いて欲しくはないからな」
隣人夫は俺の話に頷きながら答えた。
「頼まれなくても、誰かに話したりするつもりはありませんでしたよ。少しお話させて頂きましたが、なかなか感じの良い方だったと思いますし、何より人見知りの激しいリリが彼女にとても懐いているんです」
「そうか。余計な心配だったようだ。急に訪ねたりして申し訳ない。それでは」
これでしばらくはリオナが渡り人であることは広まらないだろう。
いつかは分かってしまうことだが、今はまだ彼女の味方が少な過ぎる。
俺一人では守りきることは出来ないからな。
夜空に浮かぶ月を見上げ、小さく息を吐いてから寮に戻るべく足を進めた。
……体験入園は二日後だったな。その日の夕方にまた来るとしよう。
それまでにリオナを連れていく店を考えておかなければな。
◇◇◇
二日後。
とりあえずリオナを連れていく店の候補は二つまでに絞ったが、そこからが決まらなかった。
開き直ってリオナに決めてもらうことにして、彼女の家の扉を
ノックした。
少しして中からビタンという何かを打ち付ける音と、多分リオナのものであろう「へぶっ」という何とも微妙な声が聞こえ、慌てて扉に手をかけた。
鍵が掛かっていなかったようで扉が勢いよく開くと、リオナが俯せで倒れている姿が目に入った。
その姿に一瞬心臓が凍るかと思ったが、何のことはない。ただ転んだだけだった。
何やらメイクがグチャグチャになった顔には驚いたが、一つ見逃せなかったのは、彼女が泣いていたということだ。
「何があった?」
「べ、別に嫌なことがあったとかじゃなくてですね」
視線があちこちに泳ぎ、何やら怪しい。何か隠しているのではと、中でゆっくり確認することにした。
崩れたメイクを洗い流してサッパリしたリオナに、
「で? 何で泣いてたんだ?」
と聞けば、あれは嬉し涙だったのだと言う。
「えっとね、ナギくん達がね、すごく楽しかったって言ってくれて、来月から入園が決まったの! フェンさん達も楽しかったって、ありがとうって頭まで下げてくれて。私もすごく嬉しかったんだけど、皆を見送って扉がしまった途端に緊張の糸が切れちゃったっていうか……。何かすごくホッとして、目からブワッて」
一生懸命その時のことを語りだすリオナの瞳はキラキラしていてとても可愛らしい。だが彼女の独特の表現というか、言い回しが何とも俺のツボにはまるというか。
本当に、今まで俺の周りにはこんな可愛らしいと思える女性はいなかったなと思う。
もう、認めてしまおう。俺はリオナに惹かれている。
出会ったばかりだとか、渡り人だとか、そんなのはもう関係ない。
ただ、一番近くで彼女を守りたい。
隣で笑っていて欲しい。
誰よりも心惹かれる女性がリオナだった。ただ、それだけ。




