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気付けばあれから七日が過ぎていた。
リオナのことは気にはなるものの。
突然バカ隊長が使い物にならなくなったせいで、そのシワ寄せが副隊長の俺にきてしまったために、それどころではなくなってしまったのだ。
というのも、猪獣人である隊長は脳筋と言われる騎士達の中でも特に脳筋である。
その隊長には一年ほど前から付き合っている女性がおり、先日ついにプロポーズしたらしいのだが、脳筋との結婚は苦労するのが目に見えているからムリと断られたそうなのだ。
まさか断られるなどとはコレっぽっちも想像していなかった隊長は、先走って彼女に内緒で家まで購入しており、その部屋の隅で膝を抱えて引きこもっている。
まあ少し、いや、大分気の毒ではあるが、それはそれだ。
自分の仕事だけでなく、本来隊長がやらねばならないはずの仕事まで俺に回ってきているのだから、同情する気もおきなくなるというものだ。
数日間は仕方なく我慢していたものの、いい加減堪忍袋の緒が切れて、部屋から引きずり出した隊長を執務室へと放り投げ、ゆっくり休むために寮に向かって歩いていると。
何やら公園から子ども達の楽しそうな声に混じって聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
公園の入口から中を覗けば、子ども達と一緒になって遊ぶリオナの姿が。
「リオナ?」
思わず声を掛ければ、何とも元気に手を振ってくる。
右足の捻挫は良くなったようで、安堵の息を漏らす。
「足はもう治ったみたいだな」
「ええ、お陰様ですっかり良くなりました。ありがとうございます」
リオナと話していれば、子ども達が遊んでくれとせがんで俺の袖口を引っ張ったり、よじよじと背中に登り始めた。
まあ、子どもは嫌いではないし、せっかくだから遊んでいくとするか。
慌てるリオナに自分も参加すると告げれば、子ども達が大はしゃぎで俺の手を引っ張ってスタートラインへと連れていかれた。
『だるまさんがころんだ』という遊びをするらしい。
その後、年甲斐もなく全力で遊び倒し、気付けば日が傾きかけていた。彼女のいた世界には、こんなにも楽しい『遊び』まであるのかと感心する。
リオナの隣に住むという兄妹以外の子ども達と手を振って別れ、兄妹を家に送るとリオナから笑顔で礼を言われた。
「ロイさん、ありがとうございました」
「いや、お礼を言われるほどのことはしていない」
何となくむず痒くて視線をそらすとリオナはクスリと笑った。
「もしよければ、お茶でも飲んでいきませんか?」
「……そうだな、ではお言葉に甘えて」
正直言って少し疲れてはいたが、なぜか自分の中にここで寮に帰るという選択はなかった。
ダイニングテーブルへ腰かければ、いつもの冷えた麦茶と何やら初めて目にする菓子らしきものが盛られた皿が置かれた。
どうやらリオナのいた世界の、酒によく合う大人のお菓子らしい。
ーーなるほど、確かに酒に合いそうだ。
異世界の菓子を堪能しつつ話していれば、扉をノックする音が聞こえてきた。
「あれ? 誰か来た?」
リオナだからなのか、それとも渡り人は皆そうなのか、警戒心が薄い彼女が心配になって着いていく。
どうやら先ほど家に送った兄妹の両親がお礼を言いに来たらしい。
「あの、ここで立ち話も何ですから、よろしかったら中にどうぞ」
おいおい、いくら子ども達を知っているからって、両親は初対面だろ? そんな簡単にホイホイ家に入れる奴がいるか!? ……って、ここにいたな。
まあ、騎士団の副隊長としてそれなりに顔が知られている俺がいるから、変なことにはならないとは思うが。リオナのいた世界は余ほど平和な世界だったのだろう。心中で盛大な溜息をついた。
先ほどまでリオナといたダイニングテーブルに腰掛け、気配を消してソファーに腰掛ける隣人夫婦とリオナの様子を観察する。
初めて目にする異世界の家具に目を丸くする隣人夫婦の様子を見て、俺もあんな顔をしているところをリオナに見られたかと思うと、少しだけ恥ずかしくなった。
突然リオナが、
「実は私、渡り人なんです」
と隣人夫婦に告げたのを聞いて、思わず頭を抱えた。
まあ、この部屋を見たら普通でないのは分かるだろうが、それにしてもバラすのが早過ぎないか? もう少し様子を見てからでも良かったんじゃないか?
……本当に、彼女は警戒心がなさすぎる。放っておくと何をしでかすか分からないから、気が気じゃない。
そんな俺の心配を他所に、異世界の話で盛り上がるリオナと隣人夫婦。
そして話は子ども達のことへと変わり、リオナは意を決したように隣人夫婦の幼い兄妹を幼稚園で預かりたいと話し始めた。
最初は困惑していた隣人夫婦も、リオナの丁寧な説明によってまずは『無料体験』を受けることに同意した。
隣人夫婦を見送ってリビングへと戻ってきたリオナは、溜息を一つついてソファーにドカッと腰をおろし、
「つっっっかれたぁぁぁぁああ! でも、体験入園の予約取れたぁぁぁああ!」
と叫びながらグッと拳を天井に向かって突き上げる。
そしてご機嫌に「んふふふふ~」とソファーから立ち上がると、クルクルと回りながら何やら踊り始めた。
……これは完全に俺の存在を忘れているな。
見てはいけないものを見てしまったような、何だか悪いことをしているような気分になる。
ずっとこのままでいるわけにもいかず、仕方なく声を掛けた。
「……おい」
俺の声に、リオナの動きがピタッと止まる。
彼女の顔は『やってしまった』と書いてあるのが見えるようだ。どうやって誤魔化そうか必死で考えているのだろう。激しく視線が泳いでいる。
「座らないのか?」
「す、座ります……」
リオナはおずおずとこちらに歩いてきて、俺の前の席にストンと腰を下ろした。