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「ロイさん。そこの一番上の引き出しの中にメモ帳とペンが入ってるから、持ってきてもらえる?」
俺の説教によって少しばかり学習したらしい彼女がお願いしてきた。そうそう、そうやって安静にしていれば長引かせずに済むだろう。
他にも箱を持ってくるようにお願いされて渡せば、
「ロイさん、ありがとう。そうそう、これこれ」
と嬉しそうに箱を受け取り、蓋を開けて中から何やら紙の束のようなものを取り出して見せた。
「これはね、千代紙っていうんだけど、綺麗でしょう?」
彼女に見せられたそれは見たこともない鮮やかな色使いの紙、いや、紙と一言で表すのもどうかと思うほどに美しい模様が描かれたものだった。
「こんな美しい紙は見たことがない。君の世界はこんなにも美しいものがあるのだな」
思わず口から漏れた言葉に、
「……そうね。当たり前にそこにある時には、そんな風に思ったことはなかったけど」
そう答えた彼女の顔に、『寂しい』という感情が見えた気がした。
だが、それも見間違いかと思うくらいに一瞬のことで。
彼女はサッと千代紙を一枚とると、折ったり広げたりを繰り返し始める。
少しすると、彼女の掌には何かの形を模したようなものが乗せられていた。
「私のいた国では、四角い紙で色々な形を折るのを『折り紙』って呼んでるのだけど。これは一番メジャーな『鶴』っていう鳥を模したものなの」
「つる?」
「ええ、この世界にはいないのかしら?」
俺が多分いないだろうと答えると、
「そっかぁ……いないのかぁ」
寂しそうに呟く彼女を見て、何だか落ち着かない気持ちになる。
いきなり知らない世界にたった一人放り出されたような状態の彼女の気持ちは、察するに余りある。
何と言葉をかけていいか考えていれば、いきなり奇声を上げて何でもいいから文字を書けと言われた。
書いても書いてもインクの切れない不思議なペンを渡され、渋々名前と身分を書けば何と彼女の世界の文字と同じだと言う。
まあ、彼女の世界には他にも『漢字』なるものがあるらしいが。
話の途中で今更ながら彼女の名前を知らないことに気付き、そしてリオナという名前だと知った。
彼女に合ったとても良い名前だと思う。
リオナの世界の話を聞きながら、彼女がこれからこの世界で生活していくために必要な情報を聞いていく。
リオナがどんな仕事をしていたのか。
仕事で培ったスキルはこちらで使えるものなのか。
読み書きと計算が出来るリオナであれば、それなりの仕事を紹介出来るのではないかと思ったのだが、彼女は『幼稚園』なるものがやりたいと言う。
幼稚園がどういったものかを楽しそうに身振り手振りで語るリオナはとても可愛らしいが、今にも立ち上がって何かしそうで気が気じゃない。
「親の立場からしてみたら、働いている間にそれだけの面倒を見てもらえるのならば、安心して働くことができるな」
俺の言葉に満面の笑みを浮かべてはしゃいでいたリオナだったが、急に顔を曇らせた。
幼稚園を開きたいが、費用をどうしたらいいかに悩んでいるらしい。
確かに難しい問題ではあると思う。
子どもの安全を考えれば幼稚園に入れるというのはとても良いことに思えるが、今まで通り留守番させていれば金は掛からないのだ。
金を気にしないような裕福な家庭はすでに人を雇っているから、わざわざ幼稚園に入れなくてもいいと考えるだろう。
それだけの金を払ってでも幼稚園に入れる価値があるとアピールする必要があるが、リオナにはまだそれを信じてもらえるだけの信用がない。それをどうするかだが……まあ、それはおいおい考えるとして。
リオナは胸の前で腕を組んでウ〜ンと唸りながら考え始めた。
俺は彼女の考えが纏まるのを、そっと見守る。
目を瞑り眉間に皺を寄せてみたり、首を傾げてみたり、天井を睨みつけてみたり。コロコロと変わるその表情から目が離せない。
しばらくすると考えが纏まったらしい。
「うん、何だか出来る気がしてきた!」
そう言ってリオナは破顔した。
うん、やはりリオナには笑顔が似合う。