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「えっと、先に顔洗ってきてもいいよね?」
さすがにいつまでもこのメイクが崩れまくった酷い顔を見せるのは勘弁願いたい。何よりも自分のメンタルがやられる!
というわけで、一見許可を得ているようにも聞こえるが『まさか断らないよね?』の意味を込めたお願いをしてみる。
「分かった。先に中で待たせてもらうぞ」
「うん」
本当はイケメンの前でスッピンを晒すのも嫌なんだけど、崩れたメイク顔を晒すよりはマシだよね。
ササッと洗面所に向かい、メイクを落としてサッパリした顔をタオルで拭った。
これからロイさんの尋問&お説教が始まるのかと思うと、気が重いが仕方がない。
腹を括って重い足を何とか動かしながら、ロイさんのいるリビングへと向かった。
「で? 何で泣いてたんだ?」
いきなり直球来た!
「えぇと、あれはですね、何というか嬉し涙的なものでですね……」
こんな説明させられるのって、誰得? めっちゃ恥ずかしいんだけど!? 今度は羞恥で泣けそうだよ、トホホ。
「嬉し涙?」
「うん。えっとね、ナギくん達がね、すごく楽しかったって言ってくれて、来月から入園が決まったの! フェンさん達も楽しかったって、ありがとうって頭まで下げてくれて。私もすごく嬉しかったんだけど、皆を見送って扉がしまった途端に緊張の糸が切れちゃったっていうか……。何かすごくホッとして、目からブワッて」
「目からブワッ……」
ロイさんが急に口に片手をあてて俯く。
「すまない。その、リオナの独特な言い回しがだな……ククッ」
どうやら里緒菜の言い方がツボにハマったらしい。
ジトッとした目で見つめれば、ロイさんはバツが悪そうにコホンと咳払いを一つした。
「いや、ホント笑ったりして悪かった。だが、そうか。ちゃんと決まったか。良かったじゃないか」
「えへへ、ありがとう」
照れたようにお礼を言う里緒菜だったが、先ほどよりも少し低くなったロイさんの「とはいえ」という言葉が耳に入りビクリと肩を震わせた。
「施錠はしっかりするように言ったはずだったが?」
更にワントーン低くなった声で無表情でこちらを見つめる姿は、睨みつけられるよりも迫力があると思う。
「それは……仰る通りです。ごめんなさい」
ここは日本とは違うのだ。ロイさんの言う通り、里緒菜は自衛のためにももっと気を付けなければいけなかった。
今回はロイさんだったから良かったものの、次もそうとは限らないのだから。シュンとして項垂れる里緒菜の頭にポンとロイさんの大きな手が乗る。
「分かったなら、それでいい。それじゃあ支度して行くぞ」
「へ? どこへ?」
首を傾げる里緒菜にロイさんがニヤリと笑う。
「入園が決まったら美味い店でお祝いするって約束しただろう?」
「え? 今から?」
「今から」
「ちょ、ちょっと待って! あと三十分、三十分だけ待って。すぐに支度するからっ!」
言うが早いか、里緒菜はリビングから慌てて出ていった。
ノーメイクでイケメンの隣に並ぶだなんて、ムリムリムリ!
せめて見苦しくないくらいには綺麗にしていかないと。
言葉通り三十分でリビングに戻ってきた里緒菜は軽くメイクを施して髪は緩く巻いてあり、淡いピンクのワンピースにバックリボンのベレー帽を合わせている。
「お、お待たせ、しました」
軽く息を切らせた里緒菜は先ほどまでの残念な姿からは見違えるように可愛らしくなっているのだが、如何せん彼女の言動がそれを台無しにしている。
ロイさんは若干呆れたような顔をしつつも、
「じゃあ行くか」
とソファーから立ち上がると玄関へと向かって歩いていき、その後をパタパタとスリッパの音を立てて里緒菜が追い掛けていった。