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「あ~、ととさん一回お休みだ~」
楽しそうにそう言うナギくんの横ではリリちゃんがクスクスと笑っている。
ととさんとはナギくんがフェンさんを呼ぶ呼び方で、ララさんのことは『母さん』と呼んでいた。そこは『かかさん』じゃないんだ、と心の中でツッコミを入れておく。
ひと通り説明を終えた後にラジオ体操第一をして、そして今、みんなでスゴロクで遊び始めたところだ。
コピー用紙四枚をセロテープで繋げ、ふりだしからあがりまでにマスを幾つも繋げて書いて、文字が読めなくても遊べるように所々のマスに色を塗ってある。
赤は一回休み、黄色はサイコロの数だけ戻る、青はサイコロを二回振れる。そしてこのスゴロクの全マスの中でひとマスだけ黒く塗られたマスがあるのだが、これは『スタートに戻る』だ。
シンプルだからこそ、誰でも簡単に遊べていいと思う。
楽しみながら数を数えることを覚えられるし、サイコロを二回振るのは足し算を覚えるための入口にもなるしね。
ちなみにコマは分かりやすいように折り紙を使って色分けした。
「うわぁ、いきなり休みに止まってしまった……」
シュンとするフェンさんにリリちゃんがヨシヨシと頭を撫でている姿が可愛くて悶えていると、ララさんと目が合ってフワッと優しい笑みを向けられる。
こうして見ると、ナギくんもリリちゃんもララさん似なのね。
ニッコリ笑顔を返していると、クイクイッと袖が引かれて視線を向ければ、リリちゃんが「リオ姉の番だよ」と教えてくれた。
「ありがとう」
リリちゃんの頭を撫でてからサイコロを振る。四が出て、自分の緑色のコマを進めていく。
「一、二、三、四」
わざと声に出して数を数えるのは、何度も聞いているうちに自然と数を覚えていくだろうと思ってのこと。
皆がコマを動かす度に数えていれば、スゴロクが終わる頃にはナギくんもリリちゃんも六まで数えられるようになっていた。子どもってすごい!
相当楽しかったみたいで、何度も「もう一回やろ!」と瞳をキラキラさせて言われ、五回ほどそれを繰り返したところでストップをかける。
「スゴロクは今日はもうお終いね」
「「え~」」
大分慣れてきたのか、ナギくんだけでなくリリちゃんも不満の声を上げられるようになっていた。我慢を覚えるのも必要なことだけど、ずっと我慢ばかりしているのはよろしくない。
時には不満を伝えることも必要よね。……でもスゴロクは今日はもうやらないよ?
ササッとスゴロクを片付けて、次は文字を覚えるためのシルエットクイズ。
これは自分で言うのも何だが結構な力作だ(と思う)。
コピー用紙に動物や果物などの絵を書いて、その下にその名前を書く。
クリアファイルの綴じてある部分をカットして、そのままだと危ないのでマスキングテープを貼る。
開いたクリアファイルの半面に絵を書いたコピー用紙を貼り、クリアファイルをパタンと折り、重なった絵の部分を黒く塗りつぶす。文字の部分は塗りつぶさない。これでクリアファイルを開けば正解の絵が見える。
シルエットの時でも文字は見えるので、繰り返していくうちに文字も覚えていくだろう。
「今度はシルエットクイズをしま~す。色々なものや動物の形がシルエットで出てくるから、それを当ててね。さぁて、これは何か当てられるかな?」
とりあえず分かりやすそうなものからということで、うさぎを選ぶ。ナギくんが元気に「うさぎ!」と答え、リリちゃんは嬉しそうな顔で「うさぎさん~」と答える。
「二人とも、うさぎでいいのかな? じゃあ、答えを見てみましょう」
もったいぶってクリアファイルを開くと、ニコニコ顔の耳をピンと立てたうさぎの顔の絵が出てくる。
「やった、当たった~!」
「うさぎさん、可愛い~」
「二人とも正解~。これは、う・さ・ぎ、でした」
うさぎの文字を一文字ずつ指で差していく。そのうち少しずつ文字の形を覚えていくだろう。
勉強というよりは遊びの延長線上にあるものという感じで、ある程度覚えてきたら次の段階に入るつもりではいるけれど、それはナギくん達が入園してからのこと。まずは楽しんでもらうことを考えよう、うん。
「じゃあ、これは何でしょうか?」
次に出したのはバナナのシルエット。
さっきのうさぎと違って、シルエットにすると分かりにくかったみたいで首をひねっている。
フェンさんとララさんは分かったみたいだけど、ナギくん達を見守っている。よし、ヒントを出すか。
「ヒントは果物です」
ここまで言えば分かったようで、
「「バナナ~」」
ナギくんとリリちゃんの二人が嬉しそうに答える。
「正解~。バ・ナ・ナ、でした~。じゃあ、これは?」
といった感じでシルエットクイズをしているうちに、十一時半近くなっていた。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「お腹すいた人~」と聞けば、元気よく「は~い」と答えるナギくんとリリちゃん。片付けをして、
「じゃあまずは洗面所で手を洗ってきてね」
と、みんなが手を洗っている間に作っておいたお弁当をレンジで温める。
子ども用は可愛らしいくまさんのキャラ弁に、大人用はワンプレートのカフェ風に。
ダイニングテーブルだとリリちゃんには高さが合わないので、ソファーテーブルへお弁当を運ぶ。
ソファーには座らず床に座る形になるが、絨毯は結構厚めのものを敷いているので大丈夫だろう。
「「うわぁぁぁ!」」
ナギくんとリリちゃんが驚いた声を上げた。
フェンさん達も声は出さずとも驚いた顔をしている。