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「……ナギくん、本当にいいお兄ちゃんしてましたよ。リリちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんですが、ちゃんと挨拶も出来るしありがとうの言葉をきちんと言えてました。とってもいい兄妹だと思います」
里緒菜の言葉にフェンさんとララさんはホッとしたように柔らかな笑顔をみせた。そりゃ、留守番中の子ども達の様子はとっても気になるよね。
……て、あれ? もしかして今が幼稚園勧誘のチャンスなんじゃない? どうしよう、お誘いしてみる? でも急すぎないかな? いやでも、ほら、チャンスの神様は前髪しかないから、来たと思ったら何がなんでも引っ掴まないといけないんじゃなかったっけ? ……よしっ!
「あの、突然ですが、私のいた国では学校の他に『幼稚園』というものがありまして。学校に通う前の三歳から五歳くらいまでの子ども達を、ご両親が働いている間に預かる施設なんですけど。……預かっている間は担任の先生が子ども達と一緒に遊んだり、読み書きを教えたりして。お昼ご飯を食べる時間やおやつの時間もありますが、それらは幼稚園で準備します。あ、お昼寝の時間もあります」
「それは、羨ましいですね。……ここにはそういったものはないので、親が働きに出ている間は子ども達を留守番させるしかないですから」
ララさんが苦笑を浮かべつつそう言うと、横で静かに聞いていたフェンさんは、ララさんの膝の上に置かれていた手を優しくキュッと握る。
ララさんがフェンさんに視線を向けると、まるで『大丈夫だよ』と語りかけるような優しい笑みを返していて。
素敵な夫婦だな、と里緒菜は少し羨ましく見つめながらハッとする。ここで話を終わらせたら、ただ単に異世界自慢をして二人を苦笑させただけで終わってしまう!
里緒菜は小さく息を吐くと、二人に向けて話し出した。
「実は私、この家で幼稚園を始めようと思っているんです」
「ここで、幼稚園を?」
「ええ。突然で驚かれるとは思いますが、ナギくんとリリちゃんを『幼稚園』で預からせて頂けませんか? といっても、ボランティアではないので子ども一人につき金貨一枚の費用は掛かってしまいますが」
いきなりの話に、フェンさんとララさんは戸惑いの表情を浮かべた。そりゃそうだよね、まだ少ししか話したことのないお隣さんから子どもを預けませんか? なんて言われて、しかもそれが一人につき金貨一枚。即決で『はい、お願いします』なんて言えるはずもないよね。もし言われたら『もっとよく考えなくて大丈夫?』って思わず聞いちゃうかも。
「お隣とはいえ、確かによく知らない人間に大切な子どもを預けるのは気が引けますよね。それにいくら口で説明されても今まで見聞きしたこともない『幼稚園』に、それだけの金額を支払う価値があるのかも分からないですよね。なので、一度『体験入園』してみませんか? ナギくんとリリちゃんとご両親の四人で。朝から夕方まで、子ども達が幼稚園でどのように過ごすのか。ちなみに体験入園ですので、費用は無料です。但し、おひとり様一回限りですが」
「無料で体験?」
「はい。ご自分の目でしっかり確認して頂いて、納得した上で入園されるかされないかを決めて頂きたいので」
「まあ、それなら……」
ナギくんのご両親は顔を見合わせて頷き合う。
「それで体験入園される日ですが、いつになさいますか? 今でしたらお二人の都合に合わせることは可能です」
こういうのは勢いが肝心! とばかりにニッコリ笑顔で問えば、ご両親は次の仕事休みが二日後とのことで、その日に体験入園することに。
「では、二日後の朝にお待ちしております」
玄関先で手を振って見送り、ゆっくりと扉を閉じて施錠する。途端に『はぁぁぁぁ~』と大きな息が口から漏れた。
緊張から疲れがドッと出てきて、グッタリと猫背になりながらリビングへと戻る。
――体験さえしてもらえたら、入園してくれる可能性はグッと上がるだろう。
この世界で『読み書き』『計算』が出来るのは貴族と商人と極一部の平民のみであり、それが出来るだけで将来の仕事の選択肢はとんでもなく増えるのだ。
少々出費が増えるのは痛いだろうが、子どもの将来を考えれば出せない金額ではない、はず。なんたって、学校に通わせるよりも遥かに安い金額なのだ。しかも、子ども達だけでお留守番をさせずに済むのだから。
とはいえ『幼稚園』が未知のものであるというのが大きく足を引っ張っているんだよなぁ……。
それ故に『体験入園をしない』という選択肢を選ばれてしまったらと、ご両親に説明している間も掌がじっとりと汗でにじんでしまっていたのだ。
里緒菜はフゥともう一度小さい息を吐き出して、ソファーにドカッと腰をおろした。
「つっっっかれたぁぁぁぁああ! でも、体験入園の予約取れたぁぁぁああ!」
グッと拳を天井に向かって突き上げる。
喜びに口角が上がり、ニヨニヨと締まりのない顔になっている自覚があるが、そんなの気にしない!
「んふふふふ~」
浮かれて先ほど腰をおろしたソファーから立ち上がり、クルクルと回りながら一人怪しい舞を踊りだす。
「……おい」
すっかり忘れ去られていたロイさんが、気まずそうな顔をしてダイニングテーブルに頬杖をつきながら、こちらを見ていた。