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「足はもう治ったみたいだな」
子ども達にだるまさんがころんだのレクチャーを受け終わったらしいロイさんが、里緒菜の右足首を見て安心したように言った。
「ええ、お陰様ですっかり良くなりました。ありがとうございます。あの、ケインさんにもありがとうございましたとお伝えして頂けますか?」
「別に礼など伝える必要はない」
「いや、でも診て頂きましたし……」
「それがアイツの仕事だ」
うん、取り付く島もないとはこのことだな。
里緒菜が諦めたように小さく溜め息を付く横で、子ども達がロイさんの周りを囲って、
「なあ、兄ちゃんも一緒に遊ぼうぜ」
と袖口を引っ張ったり、よじよじと背中に登り始める。
「こ、こら、ダメよ。ロイさんはお仕事中なんだから……」
慌てて子ども達をロイさんから引きはがそうとしたのだが、ロイさんは笑って私の手を止めた。
「今日の仕事はもう終わって、これから寮に戻るところだったんだ。少しでよければ俺もその『だるまさんがころんだ』とやらに参加させてもらおう」
ロイさんの言葉に子ども達は大喜びで。
「やったぁ~! じゃあ兄ちゃんもこっちこっち」
子ども達はロイさんを引っ張ってスタートラインの方に行ってしまった。
皆がスタートラインに着くとナギくんが、
「リオ姉、いいよ~」
と笑顔で手を振ってくる。里緒菜も笑顔で手を振り返すと、子ども達が揃って大きな声で、
「「「はじめのい~っぽ!」」」
とスタートラインから一歩を踏み出す。
「だ〜るまさんが〜こ〜ろん、だっ」
公園に子ども達の楽しそうな声が響く。
途中何事かと様子を見に来る大人もチラホラいたが、子ども達の楽しそうな様子を目にして一瞬驚きながらも、次の瞬間には皆優しい笑みを浮かべて離れていった。
途中、
「騎士の兄ちゃんズルい!」
「俺は子どもだからといって容赦はしない主義だ!」
などというやり取りがあったりしたが、夕方になり日が傾いてくる頃には子ども達は皆満足そうな笑顔で帰って行った。
「さて、私達もお家に帰ろっか」
子ども達に手を振って見送り、ナギくんとリリちゃんの方へ視線を向ければ、二人は目がショボショボしてとても眠そうにしている。特にリリちゃんは首がカックンカックンして、今にも落ちそうなほど。
ロイさんが「よっ」と、リリちゃんを縦抱きに抱っこすると、ショボショボだった目が一気に不安の色を纏い始めたので、リリちゃんの背中を撫でてニッコリ笑顔を見せる。
「皆で一緒に家に帰ろうね」
背中を撫でていた手をリリちゃんの手に重ねて撫でる。
リリちゃんは撫でる里緒菜の手をキュッと握って、「一緒に帰る」と小さく呟いた。
空いている手をナギくんと繫ぎ並んで歩くうちに、リリちゃんはスヤスヤと眠ってしまった。起きていても天使だけど、眠っている姿も天使!!
「子どもって、全力で遊んで急に力尽きたみたいにバタッと眠っちゃったりするんですよね~。うふふ、可愛いなぁ」
ロイさんの腕の中に抱っこされているリリちゃんを見ながら、里緒菜は目尻をこれでもかと下げる。ナギくんも眠たいのか、先ほどから何度も目を擦っている。
「ナギくんも眠たいかな? おんぶしようか?」
「……大丈夫」
もごもごと返してくるが、きっと『お兄ちゃんだから』って頑張っているんだろうな~、なんて思って思わず頭をなでなで。
お家の前に到着し、ナギくんが錠前を外して扉を開ける。
中はリンデルさんの家と大体同じような造りで、ナギくんの案内に従って土間を抜けた先の部屋のベッドにロイさんがリリちゃんをゆっくり下ろす。
里緒菜がその可愛らしい足から靴を脱がしてベッドの足元にそろえて置くと、ロイさんはリリちゃんに布団を被せて優しく頭を撫でた。
「ナギくんも、ご両親が帰ってくるまで少し眠っておくといいよ。私達が出たらきちんと鍵掛けておくんだよ」
「うん、ありがとう」
眠そうに目をショボショボさせながらも、ナギくんが手を振ってお見送りしてくれた。
里緒菜はパタンと閉じる音を確認すると小さく息を吐き、ロイさんの方へと向き直る。
「ロイさん、ありがとうございました」
「いや、お礼を言われるほどのことはしていない」
少し照れたように横を向くロイさんに、里緒菜の口から自然とクスリと小さな笑いが零れ落ちた。
「もしよければ、お茶でも飲んでいきませんか?」
「……そうだな、ではお言葉に甘えて」
玄関扉を開けて中へ入る。
靴を脱いでスリッパに履き替えるのも、違和感なく行うようになったロイさん。
冷えた麦茶をコップに入れて出すが、昨日作ったカップケーキは昼にナギくんたちと全部食べてしまったために、これといったお菓子がない。
あるのはお酒のつまみのナッツやチータラや柿ピーやさきいかやジャーキーばかり。
少し考えて、
「ま、いっか。ロイさんだし」
と、それらのつまみをお皿にキレイに盛って出すことにしたが、彼にとってはこちらの方がよかったようだ。




