13
とりあえず、私の右足首の捻挫は酷くはなっていないらしい。ホッと一息つく。
ロイさんは、そんな私を呆れたような目で見ていたけれど。
うん、気にしない。
……ほんと、気になんてしてないんだからね!
「そうだ、ロイさん。そこの一番上の引き出しの中にメモ帳とペンが入ってるから、持ってきてもらえる?」
L字型のソファーの、短い方に座っているロイさんの横にあるテレビボードを指差してお願いする。
さっき痛い思いをしたのも、この世界の文字を私が読み書き出来るのかを知りたい気持ちが前に出ちゃっただけで。
まあ、ちょっと勢いがつき過ぎちゃったけれども。
ロイさんは「ん? ここか?」と言って、引き出しの中からメモ帳とボールペンを手に、何やら不思議そうな顔をしながらメモ帳をナデナデしている。
「君の世界の紙は、ザラザラしていないんだな。それに真っ白で綺麗だ」
「え? こっちの紙は白くないの?」
「ああ。グレーがかった、くすんだ感じの色だな」
……わら半紙みたいな感じの紙ってことかな?
「向こうにもそんな感じの紙はあったよ。紙の種類はたくさんあったし、色も白だけじゃなくて、それに綺麗な柄の入ったものとかもあってね」
そういえば、メモ帳の入ってた引き出しの中に、折り紙と千代紙を入れた箱があったはず。
「ロイさん。メモ帳の入ってた引き出しにこれくらいの箱があるはずだから、持ってきてもらえる?」
両手を少し開いて大きさを表現して言えば、ロイさんは直ぐにお目当ての箱を持ってきてくれた。
何度も使ってごめんよ~。心の中で謝罪する。
けど、きっとロイさんは謝罪よりも感謝の言葉の方が喜んでくれると思うから。
「ロイさん、ありがとう。そうそう、これこれ」
早速折り紙と千代紙の入った箱を受け取り、テーブルの上に置いてから箱をあけて、下の方に入っていた千代紙の束を取り出して見せた。
「これはね、千代紙っていうんだけど、綺麗でしょう?」
別に自分が作ったわけでもないのに、つい自慢気に見せてしまう。
収集癖というほどではないけれど、綺麗な物を集めるのは結構好きで。
千代紙だけで軽く千枚くらいはありそうだ。
ロイさんはそんな私を気にするわけでもなく、千代紙に魅入っている。
そして恐る恐る私の手から千代紙を一枚手にすると、感心したように呟いた。
「こんな美しい紙は見たことがない。君の世界は美しいものが沢山あるのだな」
「……そうね。当たり前にそこにある時には、そんな風に思ったことはなかったけど」
美しいものと言われて頭の中にパッと浮かんだのは、桜の美しい清水寺。
子どもの頃に、旅行好きの両親と一緒に行った春の京都。
他にも四季折々、色々な所に連れて行ってくれて、今は亡き両親との大切な思い出だ。
春には満開の桜の下を歩き、夏には青い海で泳ぎ、秋には真っ赤に色付いた木々を眺め、冬は真っ白な一面の銀世界に圧倒され。
日本の四季はそれぞれに厳しくも美しい。
思えば私が千代紙を初めて買ってもらったのは、そんな京都のお土産屋でだった。
思い出しながら少しだけ寂しさを覚えた自分を、何となくロイさんに知られたくはなくて。
誤魔化すように、持っていた千代紙から一枚とり、鶴を折り始める私。
ロイさんはそんな私の手もとを不思議そうに見ている。
折り上がった鶴を手のひらに乗せて。
「私のいた国では、四角い紙を色々な形を折るのを『折り紙』ってよんでるのだけど。これは一番メジャーな『鶴』っていう鳥を模したものなの」
「つる?」
「ええ、この世界にはいないのかしら? 白くて、でも頭の天辺は赤くて、首の前側と羽根の先の方だけ黒くて、スラッと長い首と足をしてるの」
「う~ん、想像がつかないんだが、多分この世界にはいない鳥だと思うぞ?」
「そっかぁ……いないのかぁ」
この世界にいない生き物の名前を言っても意味ないしなぁ。
今後もし鶴の折り方を教える時には、鶴じゃなくて鳥って言うしかないのかな。
結構この世界にはないものも多そうだし、そのうちロイさんに色々聞いておこう。うん。
そして、テーブルの上のメモ帳に気が付き。
「あぁぁああ、そんなことよりこっち、こっち! ロイさん、ロイさん!」
いきなり奇声を発する私に驚いたような顔をしつつ「何だ?」というような顔をこちらに向ける。
「これ、これに何でもいいから字を書いてくれない?」
早口で捲し立てるように言いながら、彼の前にメモ帳とボールペンを置く。
何の説明もなしに目の前に置かれたメモ帳とボールペンを一度凝視してから、仕方ないなぁといったように小さく溜め息を吐いてから、ロイさんはボールペンを手にした。
「ところでインクはどこだ?」
「インク? 中に入ってるんじゃないの? 貸して」
ロイさんの手からボールペンを引ったくるようにして取り、フタを外して紙にグルグルと適当に書いてみせる。
ロイさんは切れ長の大きな目を更にクワッと見開いて、
「貸してくれ!」
と、今度は私の手から引ったくるようにしてボールペンを取り、そしてサラサラと何かを書きながら「うわっ」「すごいな」などと呟く。




