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「とりあえず図書館は明日行くことにして、せっかくだから市場に行ってみようかな」
リンデルさんに教えてもらった質屋的なお店は、黄色い拳大の大きな花が咲いてる交差点を右に曲がった、市場の少し手前にあった。
図書館も近ければ良かったのだけれど、残念ながら質屋とは逆方向にあるのだ。
質屋を出れば、活気のある市場が見える。
何となく良い匂いが仄かにだが漂ってきて、つい足がそちらへと向かってしまった。
市場は白というか、白が汚れて生成になったような色のテントがズラリと並び、その中で各々が取り扱う商品を並べている。
果物が種類別に山のように並べてあったり、色とりどりの花がポリバケツのようなものに入れて並べられていたり、鍋やお玉などが乱雑に置かれていたり。
少し進むと、仄かに漂っていた良い匂いが、あちらこちらから強く香ってくる。
シンプルに串に刺した肉を焼いて塩で味付けしてあるものや、野菜がたっぷり入ったスープにフォーのような麺が入ったものを売っているお店も。
お昼を少し回ったくらいの時間でお腹も空いてるし、丁度いいので市場でお昼にしたいけれど、さすがにこういった屋台的なお店で金貨を出すのは躊躇ってしまう。
果物を売っていたお店まで戻り、お店のおばちゃんオススメの果物を五種類各一つずつお買い上げ。
小ぶりなスイカのようなものと、メロンやパイナップルや梨やオレンジのようなもの。
これだけ買って銀貨一枚(千円)は安い!!
……ちょっと重たいけど。
金貨しか持っていないことを詫びながら差し出す。
「今後もたくさん買ってくれたらええよ」
おばちゃんは笑って許してくれたので、また近いうちに買いに来ようと思う。
お釣りを受け取り、ほくほく顔で串焼き肉と先ほどのフォーのような麺の入ったスープも買う。
途中、椰子の実みたいなものにストローのようなものを刺して売っていたので、こちらも即買い。
これ以上は持てないので、飲食出来るテーブルと椅子が並べられたスペースへと向かい、空いていた席へと腰を下ろす。
先ずは椰子の実みたいな飲み物から。
一度だけ行った海外旅行で飲んだものと、ほぼほぼ一緒な気がする。
とはいえ、後にも先にも飲んだのはあの一回だけで、一年以上前の話だからこんな感じの味、程度にしか覚えてないけどね。
串焼きのお肉は豚肉に近い感じで美味しいけれど、少しだけ胡椒が恋しくなった。
スープはナンプラーで味付けされているみたいな感じで匂いは微妙だけど、普通に美味しかった。
その後他にもちょくちょく覗いてみたけれど、味付けは塩かナンプラーもどきのものが殆ど。
美味しいけど、こればかりだと、ちょっと飽きるかなぁ。
……果物が地味に重たいので帰宅することにした。
こうして見ていると活気のある町で、そんなに治安が悪いようには見えない。
まあ私が見ているのは極々一部だけだし、気を付けるにこしたことはないよね。
町並みをゆっくりと観察しながら、家の近くの真っ赤な花の交差点に差し掛かった時、横から物凄い勢いで走ってきた若い男性もふもふさんと衝突し、その反動で吹き飛ばされました。
「あ痛たたた……」
体を起こすと、ぶつかってきたもふもふさんもバランスを崩して倒れたようで、慌てて立ち上がって何かから逃げるように走り出す様子が見えた。
そしてその直ぐ後をRPGに出て来るような騎士の格好をしたもふもふさん数人が追いかけて行く。
「やっぱりちょっと治安悪いのかな……」
思わず呟くと、目の前にニュッと大きなゴツゴツとした手が差しのべられた。
「大丈夫か?」
非常に耳に心地好い、低めの声が上からおりてきて。
顔を上げると、そこには銀髪のもふもふな男性騎士の姿が。
キリッとした眉に涼しげな切れ長の瞳、スッと筋の通った鼻にキュッと引き結ばれた薄い唇。
背は多分百八十センチは越えてそうな長身で。
耳と尻尾を見れば、狼か犬か……。
ヤバい、このもふもふさん、超タイプ!!
遠慮なくもふもふ騎士さんの手をとって立ち上がろうとしたら、右足首に激痛が走ってもう一度座り込んでしまった。
もふもふ騎士さんはしゃがみこんで私の右足首を見て、少し難しそうな顔をした。
「少し腫れているな。転んだ拍子に捻ったんだろう。……家はどこだ?」
「そこの十一軒目です」
素直にそう答えれば、一つ頷いてから私の膝の下に手を入れ背中にもう片方の手を当てると、軽々と持ち上げたのだ。
これは、そう。乙女が一度は夢見る『お姫様だっこ』である。
「え? や、あの、重たいですから、おろして下さいっ!」
乙女の夢ではあるが、それは少しでも軽い時にお願いしたいことであって。
決してお腹一杯食べた後の、一番重たい時ではないのだ。
ああぁぁぁぁぁああっ! こうなることが分かっていたら、さっき市場で串焼きとフォー擬きを食べなかったのに!!
なんて思わず現実逃避している間にも、もふもふ騎士さんは全く危なげない足取りで家へと向かって歩いていく。
「ここで間違いないか?」
「はい、私の家です」
他の家の扉と違い、錠前がついていない扉。
「あの、鍵を開けるので下ろしてもらってもいいですか?」
もふもふ騎士さんはゆっくりと足首に響かないよう、扉の前に下ろしてくれた。
もふもふ騎士さん優しいっ!
脳内で激しく悶えながらも顔に出さぬよう気を付けながら、鞄をゴソゴソと漁り鍵を出す。
鍵穴に差し込んで回せばカチャッという音がし、鍵を抜いて扉を開ける。
もふもふ騎士さんが再度私をお姫様だっこして、そのまま靴も脱がずに中に入って行こうとするので、慌てて止める。
「待ってっっ! ここで靴を脱いでから上がって下さいっ! うちは土足禁止なんですっ!!」




