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黄昏に、咲け  作者: 灰原零二
6/8

バイトと先輩と神隠し

3:1

8月6日。平和登校日。

日本では昔から、この8月6日(稀にそうでない年もあるが)に第二次世界大戦時の原爆投下の日として追悼の儀を行っている。

小学生のころから、こんな辺鄙な田舎でも行われているのだからきっと日本全国どこの学校に行っても同じことが行われているんだろう。

戦後すでに70年以上が経過した今だからこそこういった負の行事も必要価値が見いだされてくるのではないだろうか、なんてそんな畏まった、賢ぶったことを考えながら、俺は教室のスクリーンで戦時中の悲惨な映像を、毎年恒例のドラマを見せられていた。どうせ、この後感想文なんか書かされるのだろうと頬杖をつきながら半分寝たような顔をしてビデオに向かっている隣の男子生徒に不敬罪な奴だと思いながらこんな時くらい姿勢を正してまじめにスクリーンに向かっていた。

要するに、形だけである。

隣の生徒はビデオに向かているが、俺はスクリーンに向かている。

こんな形式の格式ばったような行事を毎年流れ作業のように行っているこの学校にも呆れたからだ。

なんて、そんな話は他の場所でするべきだったんだろうけれど、我慢ならなかった。

正直、今日が平和登校日だということに関してはどうでもいい。決して平和登校日がどうでもいいわけではないけれど、今、俺が差し当たって悩み耽ていることには関係がない。

問題は、関係があるのは、日付だ。

どう考えても、俺は今年、すでに8月6日を体験しているような気がする。

違和感、所謂、嫌な予感というやつがさっきから俺の頭から離れない。

一年に8月6日を二回体験するなんてそんなことは絶対にありえないはずだ。

ビデオが終わるなり、俺は丸藤の元へ行った。

「なあ、今日って8月6日だよな?」

「そうじゃなかったらお前、今日俺たちは何のために学校に来たんだよ」

「い、いや、確かにそうだけどな・・・・・・」

ったく、最近どうしたんだよ、と心配そうに聞いてくる丸藤にしっかりした答えが返せないことには少し負い目を感じた。

以前にも同じようなことを感じた気がする。

「あ、そういや、もうすぐ夏祭りだけどさ」

「おん」

「お前も来るか? 一緒に」

「お前もって、誰かと行くのか?」

聞いて驚くなよ? と勿体ぶる丸藤。

「俺な、櫻井に誘われたんだよ!」

「お前が、櫻井に? どうしたんだよ急に。何かあったのか?」

「何かなかったら、誘われないみたいな言い方すんなよ失礼な奴だな」

「いや、現にそうじゃねーか。つーか普通何にもないのに、女子が夏祭りにイケメンでも何でもないような男子誘わねーぜ」

「それもそうだけど・・・・・・あんまりストレートに言われると案外傷つかねーもんだな」

錯覚だ。

「で、俺が行っていいのかよ? お前ら二人で夏祭りの夜を満喫しに行くんじゃねーのか?」

「いやぁ、俺もそうしたいのはやまやまなんだけどな・・・・・・」

櫻井がほかの男子も誘てくれる? と言っているらしい。

全く、櫻井といい、丸藤といい非常識な奴らだ。

一緒に書ないかと誘っておきながら、二人は嫌だの、ほんとは二人が良いだの。

そうやって、なんというか、付属品、いわばおまけ、お釣りみたいに人を扱わないでほしい。

失礼な奴。

「でも、俺を誘うんなら、もう一人女子を誘うってことだよな?」

「ああ、櫻井が「藤沢さん誘っとくよ」って言ってたから誘ってんじゃねーか?」

「藤沢・・・・・・ね」

「なんなんだよ? 嫌なのか?」

「嫌ってわけじゃないけど・・・・・・」

表向きではそういっているが、正直、嫌だ。

幼馴染ということも関係しているが、なんというかこう、最近アイツとうまくいっていない気がするからだ。

「まあ、でもお前がほかの女子とつるんでんのも見たことねーし。丁度よかったんじゃねーか?」

「まあ、他の女子よりはましだな」

「うわ、こいつ・・・・・・」

確かに今のは失言だったと反省する。せざるを得ない。

そんなこんなで、俺は夏休みに行くことが決定したわけだが、よくよく考えてみれば、浴衣も何も夏祭りそれらしいグッズのようなものの類は一切持って位に事に気が付く。

「夏祭りっていつだっけ」

「8月17日だぞ」

「あと10日か・・・・・・」

その間に服や履物をそろえないとならないと考えると案外出費がかさみそうで、早くも夏祭りに行くことを後悔した。

しかし、よく考えてみれば、夏祭りに私服で行くことが悪だなんて誰が君てのだろう。実際、都会の夏祭りでは半分以上の人が浴衣なんて着ていないらしい。

とすれば、俺も着なくて大丈夫なんじゃ・・・・・・と思ったが考え直してみれば、都会の夏祭りで浴衣が着られていなくても、あの神社で行われる夏祭りに私服で参加している奴なんてそうそういないと、要するに私服なんかで参加したら確実に浮いてしまうと気がついた。

「バイトのシフト増やすか・・・・・・」

先輩に夏祭りのことを詳しく聞くためにも、バイトの時間を増やすことにした。

「へぇ~夏祭りかぁ~」

懐かしいな、と佐藤先輩は入れたてのコーヒーを客に提供しながら昔を思い出すようにそういった。

「お兄ちゃん、夏祭り行くのかい?」

常連のおじいさんも話に加わる。

「そうなんですよ。誘われちゃって・・・・・・」

「え? 何? 女の子から?」

「だったらよかったんですけどね」

「なーんだ。男の子か・・・・・・つまんないの。女の子だったら、私も隠れて尾行して観察しておこうと思ったのに」

変態だ。お巡りさんここにストーカー予備群がいます‼

「わしもお前さんくらいの頃によく行っておったわい」

「おじいさんの時代からあったんですか?」

客にお爺さんだなんて失礼な店員だな、と思うが、これが先輩スタイルといったところか。

「ほほ。あの頃はわしもまだ若くてのー。クラスが一緒じゃった女の子に誘われて張り切って行ったわい」

「あちゃ~・・・・・・あんた負けてんじゃん」

「負けてるって何ですか!」

「いやいや、お前さんも女の子と一緒なんじゃろ? 男に誘われたからと言うて、女の子がいないわけでもあるまい」

「おお、さすがです。よくわかってらっしゃる!」

何処かの庄屋みたいになってしまった。

「おぬしも隅におけんのぉ~」

なんで先輩が言うんだよ。しかも、悪よのぉ~だし。

いや、でも、今のタイミングなら仕方ないか。

「で、あんた浴衣とか草履とか持ってんの?」

「いや、それが持ってなくて・・・・・・」

おじいさんたちの時代から私服の人はいなかったのだろうか。

「わしらの頃は、お前さんたちみたいにおしゃれな服もなかったしの。そんなところに気を遣う余裕なんてなかったからの・・・・・・」

確かに、このおじいさんがいくつなのかは知らないが、おそらく見た目的にも、もう七十代といったところだろう。丁度、終戦の年くらいに生まれたのかもしれない。そうだったのなら、尚更娯楽に費やす時間もお金もなかったことだろう。

「先輩は誰かと行ったりしないんですか?」

「え、ああ、うん」

やべ、まずいこと聞いたかも。

「私は誰とも行かないよ? もう大学生だし」

いや、むしろ大学生なんだから行くべきだろう! と思わず突っ込みそうになったがすんでのところでとどまった。

「でも、私も行きたかったなー夏祭り」

「誰か誘えばいいじゃないですか・・・・・・」

「そう簡単にも行かないのよねぇ~みんな高校卒業と同時に上京しちゃうし。私みたいな中途半端な娘が、ここの近くにある中途半端な田舎の大学に行ったもんだから、都会の行けてる男子なんて一人もいないとこで、そんな夏祭りでエンジョイしようなんて、考えもわいてこないよ。あんたに言われるまで完全に存在忘れてたしね」

この先輩はなぜずっとこの田舎にいて地味に都会かぶれしているのだろう。

本来なら、村の過疎化を減速させる貴重な逸材なのでもっと丁寧に扱うべきなんだろうが、この先輩にそんな気は全く抱けなかった。

「じゃあ、先輩に好きな人とかいないんですか?」

「なかなかストレートにくんのねあんた・・・・・・」

「ああ、すいません」

「べ、別に、いないってわけじゃないけど・・・・・・」

「え? そうなんですか? じゃあ先輩から誘えばいいじゃないですか」

好きな人がいるなら誘えばいい。俺のような人種には少しハードルが高い気もするが、この先輩ならいくら田舎者だといえどもそのくらいのことは容易にできるはずだ。

「そ、その、好きな人も他の人と夏祭りいくかも知れないじゃん。っていうか行くみたいだし・・・・・・」

「あー・・・・・・それは残念ですね。世の中上手くいかないものです・・・・・・」

「あ、あんたね・・・・・・」

「え?」

好きな人の話になったからか赤面する先輩もちょっとは可愛いなと思った。

「若いのはいいの~」

「ちょ、おじいさん!」

俺はおじいさんの微笑みのその真意を、知ることはなかった。

「ま、まあ、夏祭り日私も暇だしあんたについて行ってやらないこともないけど?」

「え? それはさすがにヤバすぎません?」

「ヤバいって何よ!」

いやあ、いい歳こいた、といっても俺と4年しか変わらないわけだが大学生ともあろうものが自分のバイト先の後輩と一緒に夏祭りに行くなんて・・・・・・

せめて、二人きりならありかもしれないが、後輩の友達と一緒なんてそんなことよく思いついて実行しようとするなと、最早関心すらしてしまう。

「そうよ・・・・・・こんな老い耄れなんか、高校生も相手してくれないわよね・・・・・・」

そんな露骨に落ち込まれると気が引けるのだが・・・・・・

「んじゃ、お姉ちゃん。わしと行くかの?」

「「は?」」

ご老人の突拍子もない無責任で、この何をしてもハラスメント言われる時代とのジェネレーションギャップ極まりない発言に、一同(といっても俺と先輩だが)困惑する。

{こ、ここは丁重にお断りするべきでは?}

{て、丁重になんて、そんなの無理よ! なんなのこの爺さん!? 自分の歳わかって言ってるの!?}

小声で会話する俺たちだが、もうお爺さんに聞かれていてもどうでもよかった。というわけではないのだが・・・・・・

店としても、数少ないお客さんを、しかも常連を手放していいものでもないからだ。

はぁ、面倒くせえ・・・・・・

「お、お爺さん、奥さんと一緒に行かれては?」

「妻はもう三年前に逝ってしもうての・・・・・・」

「あ・・・・・・じゃ、じゃあお子さんやお孫さんなんかは?」

「もう東京に行ってしもうて当分帰って来とらんのじゃよ・・・・・・」

「は、はあ・・・・・・」

何とも言えない複雑な空気にしてしまったことは申し訳ないと思った。

「まあ冗談じゃ、冗談じゃよ。こんな正真正銘本物の老い耄れと夏祭りに行こうなんざ誰も思わないわい」

「い、いやそんな」

「いいんじゃ、いいんじゃ。ちょいとお姉ちゃんが可哀想に思えたからいただけのことじゃよ」

最早年寄りにすら情けをかけられている先輩。

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

ひきつった顔で謝意を示す先輩だが、なんというかこう、本当に不憫に思えてきた。

「じゃあ、一応みんなには訊いておきますね・・・・・・」

たぶん断られるから期待しないでくださいなんてそんな事を言いそうになるが、もう余計なことを言うのはやめておいた。

おそらく先輩も期待していないだろうし。

「じゃあ、コーヒーも飲み終えたことじゃし、わしもそろそろ行くかの・・・・・・」

お爺さんはそういうと、椅子の背凭れに掛けた郷士と鞄を手に取った。

「200円になります」

先輩がそういうと、

「ほれ、お前さんたちにお小遣いじゃ。オーナーには秘密じゃぞ」

そう言ってお爺さんは俺たちに一枚ずつ1000円札をくれた。

「ありがとうございます!」

あ、これはもらうんだ・・・・・・

確かに、もらえるものはもらっておかないと損だけれど、さっきの嫌がりようのわりにこのお爺さんのポケットから出てきた古いお札をすんなりと受け取れる当たり、せこい人なんだなと思った。

ほんま、せこい奴やなーって関西なら言われるんやろう、なんてそんなしょーもないことばっか考えとったら、日いくれてまうわ。

先輩が夏祭りに行くことになるのかは未定だが、まあ、このお小遣いのおかげで機嫌も少しはましになったようだった。

「あ、そうじゃそうじゃ。夏祭りに行くんなら、昔の開催地じゃった猫山神社には気を付けたほうが良いぞ。今は犬山神社じゃから行くことはないじゃろが、あそこは嫌な噂があるからの・・・・・・」

「嫌な噂?」

「お前さん、神隠しって聞いたことあるかの?」

神隠し。

それを聞いたのも何年ぶりだろう。

最近では、千と千尋の神隠しくらいでしか耳にするタイミングがない。

海外のホラー映画や遊園地のお化け屋敷なんかで、世の中全体がホラーを欲する欲望をいたしているから、民間の間で広まるような怪談はなくなりつつあるのだろうか。

俺としてはそっちのほうがよっぽど怖いと思うのだが、今や世界で活躍する日本人番付に貞子が選ばれる時代になってしまったので、もうアナログの時代は終わったのだろう。

さて、神隠しが懐かしいなんて話は置いておいて。

問題はこの近くにある猫山神社でそれが起きているということだ。

厳密にいえば、起きているのかもしれない。ということだが、そんな噂がある以上何らかそれに繋がる元の話があるんだろう。

残念ながらお爺さんは、その元の話までは知らないようだったし、昔から言われていることだそうだから結構曖昧な話なんだろうけれど。

しかし、よく考えてみれば、猫山神社って言っても、正確にはどの神社が猫山神社なのかはっきりと知らないし、なにしろ、ここら近辺には結構似たような山が多い上そのそれぞれに神社があるもんだから、夏祭りが行われる犬山神社くらいしか明確には知らなかった。

まあ、このお爺さんが言う通り、猫山神社にわざわざ行くようなこともないので、それほど気にはしないことにした。


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