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黄昏に、咲け  作者: 灰原零二
4/8

猫と眼鏡と待ち合わせ

4:3

8月17日。

光陰矢の如し。

時が過ぎるのは矢のように速いという意味だそうだが、まったく、その通りだと思う。

俺たちが電話で話したあの日から、はや一週間がたった。

その間にアイツと会話するどころか、会うことすらなかった。

嫌われたのだろうか、呆れられたのだろうか、愛想をつかされてしまったのだろうか。

そんな後ろめたい気持ちが俺の頭を駆け巡る。

しかし、そんなことを考えていたところで、何かがわかるわけではない。

アイツの気持ちを理解しようと努めるのも決して悪いことではないだろうが、ここで道草を食っているわけにもいかない。

今日が、二度と訪れることはない花火大会であることに間違いはないのだから。

待ち合わせは午後の三時。

場所は裏山のそばの神社の入り口。

丸藤からそう伝えられた俺は、支度を始める時間が少し遅かったことに気が付く。

「ここままじゃ、間に合わねーな・・・・・・」

ここから集合場所までは十五分は掛かるというのに、もう時間の十分前である。

「ああ、ったく、ちょっとくらいやり直せたらいいのにな・・・・・・」

そんなどうにもならないことを考え時間を無駄に浪費することを、いまだにやめようとしないこの男に神様も呆れ溜息をつく頃、俺は家を出た。

親父が、俺が幼いころから言っていたことを思い出す。

「どんな金持ちも、貧乏人も、普通の人も、時間という概念だけは平等だ」

どこの偉人の受け売りかは知らないが、確かにそうなんだろうと思う。

神社へ向かう道すがら、ふと違和感を覚えた。

一瞬、立ち眩みに襲われる。

今日のことを考えすぎて夜中に寝れなかった性なのかもしれない。

後出しじゃんけんみたいなことを言うと、この感覚を絶対に忘れるべきではなかったのだと、この頃の俺に言ってやりたいが、そんなことできるはずもない。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

この畦道を駆けたのもいつぶりだろう。

そういえば、子供の頃よくこの道で鷺香と鬼ごっこしたっけ。

今の自分は、あの頃の自分に比べてどのくらい成長したのだろう。

立ち止まることなく、只がむしゃらに走り回っていたあの頃に想いを馳せる。

そういえば、二人で飼っていた野良猫は、どうなったんだろう。

鷺香の兄が消失してまだ日が浅かった頃。

学校帰りに通ったこの道で俺たちは今にも倒れて死にそうな子猫を見かけた。

自分の兄のことでいっぱいいっぱいだったはずの鷺香が、子猫を助けようとしたことに驚いたことを今でも覚えている。

結局、どちらの家で飼うわけでもなく、草むらに家を造ってそこに毎日餌をやりに行ってってっけ。

たしか、一か月くらい養ってやったあと、礼を言うこともなく(猫なんだから礼を言えというのも無理な話だが)姿を消したはずだ。

気ままな猫のことだ。俺たちのもとにまた戻ってくるだろうと思っていたが、そんなこともなくいつしか、存在すら忘れてしまっていた。

中学に入学してから、夏祭りに行くこともなかったので、この畦道もご無沙汰していたわけだが、こんな何もない道もアイツとの思い出でいっぱいだった。

ふと、俺は幼いころによく聞いた覚えのある鈴の音を聞いた気がした。

「えっ・・・・・・」

 そんなバカな話あるわけないか・・・・・・

俺は、一瞬ながらも自分が幼稚な考えをしてしまったことを恥じる。

しかし、俺の目は真っ白なその尻尾をしっかりととらえた。

「まさか・・・・・・」

小さな草むらから飛び出していた白い尻尾が引っ込む。

と、すぐに、白い毛並みの赤い糸で鈴を首に結ばれた猫が道へ飛び出し、走り出す。

「おい、待てよ!」

俺は猫を追っかけ走り出した。

「おっせーな・・・・・・ったく、何してんだよ優斗の奴」

「ま、まあまあ・・・・・・そんなに怒らなくても」

苦笑いし、丸藤君を諫めるようにする櫻井さんの横顔を見ながら、私は自分の胸に手を当てる。


『認めろよ! 自分にくらい素直になれよ。いいじゃねーか、だれを好きになったって。それでそいつに迷惑かけてるなんて思ってんなら、そんなこと全くねーから!』


あの時の優斗と、私が面と向かって話していたら。

電話越しじゃなくても、半泣きの私の目の前でも、同じこと言ってくれたのかな。

考えても仕方のないこと、いや、考えるだけで挑戦しないから仕方ないままのことを独りで思案してしまうところも、私に映ったあいつの性格なんだろう。

もっと、もっと早くに言ってれば楽になれたかな。後悔先に立たず。というけれど、私はもう一度でいいからあいつと満天の星空がみたかった。そう思ってやまないのだ。

日程次第って言われたプラネタリウムだけど、本当に行ってくれるのかな・・・・・・

少なくとも私の前では約束を破るような奴ではないけれど、若干不安というのも間違いなく事実だった。

「私、ちょっと探してくるね」

「お、おう」

私は、二人をおいて優斗が通るであろう畦道へと向かった。

目の前の二人を見ているのに耐えられなくなったというのが本当の理由だった。

それから数分後というもの、私は一人、畦道の隅で携帯を片手にアイツがここを通るのをずっと待っていた。

突然、私の携帯が振動する。

『優斗くんとまだ会ってない?』

櫻井さんからのメッセージだった。

私は、優斗がなぜこんなに遅いのか全く分からなかったけど、彼女でも何でもないのに、なぜか負けた気がした。

友達としてではなく、単に自分の標的にしっかりアタックできているかとかそういう訳でもない。

 女として、櫻井さんに負けた気がした。

 優斗もきっと、櫻井さんが自分を待ってるって、そう考えたらもっと早く来ているだろう。

集合の十分前くらいから自分が待っているかもしれない。

 私だからだ。

 きっと、私だから。

待たせているのが、待ってくれているのが、待っているのが私だから。

だから、優斗は遅れてくるんだろう。

私は今まで、ずっと優斗のことを好きでいたけれど。

友達なんて一度も思ったことがないけれど。

優斗はそんなことないんだろうな。

私のことなんてもはや友達どころか、兄弟くらいにしか思ってくれてないんだと思う。

異性として意識されていないんだろう。

この前の電話の最後に、私は勇気を出して「好きだ」って、とういたけれど、きっと、何とも思ってないんだろう。

気づいてるくせに。

「もう、馬鹿みたい・・・・・・」

そうだ。私が馬鹿だったんだ。

仮にも、幼馴染といえるような存在に恋なんてしてはいけなかったんだ。

優斗はそれを本能的に、社会的に理解してるんだろう。

「なんで、なんでよ・・・・・・」

不意に涙が溢れ出す。時計を見ると、その針はすでに待ち合わせの時間の一時間後を過ぎた時刻を指していた。

『優斗はもしかしたら来ないかもしれないから、二人で先に回っててください、ごめんね』

私は、そんな心にもない気づかいを添えたメッセージを書くと、送信ボタンを一切の迷いなくタップした。

「はぁ・・・・・・」

花火、楽しみだったのにな・・・・・・

心のどこかでこうなることはわかっていた気がする。

 畦道の隅で蹲った私に話しかけてきたのは、クラスの村上と西だった。

「藤沢じゃねーか! こんなところで何してるんだよ」

「へ?あ、ああ。優斗を待ってるんだよ」

「あいつ、女子と夏祭り行ってるのかよ。気持ちわりぃ」

「声がでかい」

相変わらずデリカシーのかけらもない村上を諫める西。

「いいよいいよ。でも、優斗もしかしたら今日来れなくなったのかもしれないんだ・・・・・・」

「なんだよアイツ、女子を待たせるなんて最低だな」

「いや、お前結局どっちなんだよ」

気を使ってくれたのか、優斗を否定する村上。

「じゃあな! 俺たちもう行くわ」

「う、うん。ごめんねこんなところで道草食わせちゃって」

走っていく二人の背中に、優斗も本当は私なんか田ではなく、男子だけで行きたかったのだろうかと、今更ながら考えさせられる私だった。


もう日が落ちてきたころ、俺は猫を追いかけ、畦道からだいぶ離れた田んぼの隅っこまで来ていた。

どうやらここがこの猫の寝床らしい。

「にゃぁ~」

映画や漫画などの物語のように、猫が人間の言葉を話し出すことはなく、期待外れと言っては何だけれど、なんというかパッとしない現実的な展開に溜息をつく。

こんなことだったらここまで追いかけてくるんじゃなかった。

三人には先に行っててくれと連絡しておいたから大丈夫だけど・・・・・・

そう思ってグループLINEを開き、そこで初めて自分がしてしまったことの重大さに気が付く。

返信もなくやけに静かだなと思っていたが、それもそのはず、通知を知らせるバイブ機能を切っていた上に、そもそもメッセージを入力しただけで肝心の送信ボタンを押し忘れていたのだ。

鷺香の個人LINEには、「今どこ?」というメッセージと不在着信が二件表示されていた。

「あちゃ~・・・・・・」

俺は、「ごめん今すぐそっちに行くから、もう少し待っててくれ」と既に一時間以上も待たせておいてそんな非常識なことを入力しては今度こそしっかりと送信ボタンを押した。

こうもしていられない。

後悔している、反省している暇なんてどこにもない。

すぐに既読がつくだろうという俺の予想とは裏腹に、既読がつきそうな気配は一切なかった。

「とりあえず、向かうか・・・・・・」

俺は後悔に重い足で地面を蹴り、駆けだした。

集合場所に向かう途中、浴衣姿の見慣れた男子二人に遭遇する。

「おお! 優斗じゃねーか。こんなとこで何してんだよ」

村上が手を振った。

「友達と待ち合わせてたんだけど、俺、集合時間に遅れ・・・・・・」

「そういやお前、さっき畦道で鷺香と会ったぞ」

俺は予想もしない展開に動揺する。

「ほんとか?」

「なんで俺たちがそんな嘘つくんだよ」

西がそう返す。たしかに、ここで嘘をつくような奴らではない。さすがに俺のこの必死な雰囲気がわからない奴らでもないし。

「ありがとう、助かった!」

俺はそ言うと、畦道の方へと体を向けようとしたその時だった。

「おい! 優斗、お前こんなとこで何してんだよ!」

神社へと続く階段の隣で、丸藤が手を挙げていた。

丸藤と櫻井はこちらへ走ってくるなり、

「お前、藤沢と一緒じゃねーのかよ」

「へ? 一緒にいるんじゃ・・・・・・」

「藤沢の奴、もうだいぶ前にお前のこと探しに行って帰ってこないから、心配してたんだよ」

「LINEは?」

「既読もつかねーし・・・・・・」

いまだに、あの畦道で待ち続けているのだろうか。

そうだとしたら・・・・・・

俺は今まで以上に全力で走る。

もう、考えている時間はどこにもなかった。

それから数分後。

すっかりと暗くなった畦道に、ポツンと、一人の少女がたっている。

俺はその姿を見た瞬間、なんと言えば、どう謝ればいいのかわからなくなった。

「待たせてごめん」などという、それだけの言葉ではもう、全く事足りない。

いっそのこと、向こうから俺に気が付いて、出会い頭に一週間引きこもってしまうような強烈な罵倒でもしてくれたらいいのにとさえ思う。

俺は無意味な葛藤を繰り広げながら、無言でその少女の元へと近づいた。

「遅い」

「ごめん・・・・・・」

いつものように言い訳する気にもならなかった。

「遅いよ、遅すぎるよ・・・・・・うぅ・・・・・・」

多分もう二時間以上一人でここでずっと待っててくれていたんだろう。

俺がこの畦道を通ってくると思って。

「何でもするから、許してくれ」なんて到底言えるはずもない。

「でも、私、待ってて良かった」

「え・・・・・・」

あまりに唐突な、予想だにしない発言に動揺する俺。

「上、見てよ」

少女は、いや、鷺香はそう言うと右手で涙をぬぐい、空を見上げた。

「うわぁ・・・・・・すげぇ・・・・・・」

正直なところ、言葉にならない。

真っ暗な夜空一面に輝く星々。

まるでプラネタリウムのようなその光景に息を吞む。

「あれが夏の大三角形かな・・・・・・あっちのほうには・・・・・・」

幼いころから天文学に詳しい鷺香は、一つ一つの星を見て名前を言っていく。

鷺香の輝きはなったその目からは、この少女がつい先ほどまでずっと一人で、二時間も友人を待ち続けていたことは到底想像できなかった。

「俺、さっき猫と会ったんだ」

「猫?」

「ああ。俺たちがもっと小さかった頃に二人で世話してた猫だよ。覚えてないのか?」

「ええ!? どこで会ったの?」

「この道をまっすぐ行ったところだ」

「なんだ、それで遅れてきたのか・・・・・・いろんなこと考えて損したよ」

「・・・・・・ごめん」

「いいよいいよ。で、猫ちゃんは元気そうだった?」

「ああ。昔みたいに小さくはなかったけれど、俺たちの元を離れた時と変わらず、元気そうだったぞ。あ、そういやお前眼鏡なんかしてたっけ?」

「え? あ、ああ、これね。似合ってないでしょ。急に視力落ちてきたからお母さんのを借りてるの。それは置いておいて、猫ちゃん元気そうだったんだ。それじゃあよかった。ねぇ・・・・・・」

「ん?」

「こっち、ついてきて」

鷺香はそういうと、一人ですたすたと、畦道を、夏祭りが開かれている山とは別の山の方向に歩いていく。

「何しに行くんだよ?」

「秘密。って言っても、すぐにわかっちゃうんだけどね」

「ふーん・・・・・・へんなの」

「そうやって、悉くまでは突っ込まないのが優斗の良いとこであってダメなところなんだよなぁ」

鷺香はそういうと、呆れたように笑みを浮かべる。

「はぁ?」

俺はその笑みの意味がいまいち理解できず、なんともいえない複雑な感覚に陥っていた。



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