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黄昏に、咲け  作者: 灰原零二
3/8

恋と電話と幼馴染

4:2

8月7日

「今度の夏祭り、優斗も来るんだよね?」

もう夜中だというのに、非常識にも電話をかけてきた幼馴染に渋々応答した俺は、電話越しに聞いた久しぶりの声に安心感を覚えた。

「それがどうしたんだよ?」

不機嫌を装い、不愛想な返事をしてしまうところ辺り、もう俺も思春期の終盤に差し掛かった青年なのか、と自覚する。

内心、久しぶりに電話出来てよかったと思ってはいるのだが、上手く表現できないところは、それはそれで子供なのではないかと思う。

「柄じゃないじゃん」

「お前もだろ」

「うん。柄じゃない。でも、優斗が来るっていうから」

「は? なんだその理由」

似合わない浴衣姿を見て笑いたいのか、他に理由があるのか、いまだにハッピーセット気分でいるのか。

具体例のすべてが的外れに思えるような思考を繰り返すが、案の定、自分で明確な答えを見つけることなどできるわけがない。

「んん、何でもないよ。私だってたまにはお祭り行ってみたいなー、とか思ったりするんだよ?」

「そうなのか・・・・・・」

多少の疑問が残ったまま、この話は終わることにした。

「そういえば、優斗って意外と星とか好きだったよね?」

「ああ、好きだぞ星空」

「意外とロマンティックなところに違和感をおぼえるけど、実はこの前、商店街でプラネタリウムの入場券もらったんだ」

「で、一緒に見に行かないかと?」

「そう! ペアチケットだったから、お父さん誘おうと思ったんだけど、出張の時期と重なちゃって・・・・・・」

「日程次第ってところだけど、行くっていうなら付き合ってやってもいいぜ?」

あまり触れるべきではないことなのだろうが、こいつにはお母さんと呼べる存在がいない。

否、お母さんと呼べる存在がいないのではなく、こいつのお母さんとして機能している人間がいないというのが正しい表現だろう。

八年前の夏だった。

こいつの兄が友達と遊びに行ったきり連絡が取れなくなったのだ。

所謂、行方不明というやつだが、警察が捜索しても、ボランティアの方々が捜索しても兄の足取りを掴むことはできなかった。

その当時まではごく普通だったこいつのお母さんもその事件以降、精神的な病に侵され現在は病院で生活を送っている。

その関係上、歳が同じで、家も隣の俺のところへこいつが来るようになったのだ。

事件以前からずっと家族ぐるみでの親交はあったものの、うちの親も、藤沢家のことを不憫に思ったのか、毎日のように家に呼んだり、こいつの父親が出張で家を空けているときなどは、期間中俺の部屋に泊めていたりした。

「いいの!? てっきり断られると思ってたよ」

「じゃあなんで俺に頼むんだよ!」

「そりゃ・・・・・・だ、男子でこんなこと頼めるの、優斗だけだもん・・・・・・」

「男子がだめなら、女子と行けばいいじゃねーか」

「いや、そうしたいのはやまやまなんだけど・・・・・・」

「え? まさかそれ・・・・・・」

「うん、その「まさか」だと思うよ」

ペアというのは所謂、カップルシートだったというわけだ。

「俺、やっぱり行くのやめようかな・・・・・・」

「ええ!? なんで?」

なんで、と言われると、返事のしようがない。

しようがないというよりは、どちらかといえば、したくないというのが真実なわけだが。

恥ずかしいから、なんて今更こいつに言えるわけがない。

一度は承諾した以上言ってやるというのが男なのではと、つまらない俺の良心に諭され、

「冗談だよ」

と、嘘をついた。

「もー。揶揄わないでよ」

はなから揶揄ってなどいないわけだが、まあ、ここはなるべく本心を悟られないように、適当にあしらうことにした。

「日程次第って言ってたけど、このプラネタリウムは期間中ならいつでもオッケーみたいだから、空いてる日を教えてくれる?」

最後に残しておいたつもりだった唯一の希望も、一瞬で粉砕され、結局同行する羽目になってしまった。

「プラネタリウムなんて何年ぶりかな?」

そういえば、俺たちは幼いころにも二人でプラネタリウムに行ったことがある、というのを思い出した。

壮大な星空を人工的に映し出すあの施設は、人類の身勝手さの象徴だと思う。

本来、人類も生態系の一部であり、ましてや宇宙などという生物未開の地に手を出すなどというのは、世界系に対し傍若無人に他ならない。

しかし、人類はそれでも自らの不甲斐なさ、矮小な部分をその虚栄ともいえる身勝手さ、いわば空元気で補おうとしているのだ。

なんて、そんな国語の教科書に出てきそうなことを考えてみたりする。

「あれは確か、俺たちがまだ小学生くらいの時じゃなかったか?」

そう、あれはこいつの兄が行方不明になってからまだ日が浅いころだった気がする。

「懐かしいなー。あの頃は優斗よりも私のほうが背が高かったけ?」

「小6だったもんな」

成長期的に考えて、当たり前の話だが、当時は自分の身長のことを気にしていたんだと思う。

「でも、やっぱり一番感動したのは、本物の星空を見に行った時だよ」

「あー。あれはすごかったな。今にも星が俺たちのほうに落ちてくるんじゃないかと思ったよ。まさか修学旅行であんな綺麗な夜空を見れるなんて思ってもなかったけどな」

「うん! 私たち結構運がよかったみたいだよ? あの後先生に聞いたら、ほんと、数十年に一回しか見れないくらいの夜空だったんだって」

修学旅行の夜、二人で宿舎を抜け出して浜辺に夜空を見に行ったところを先生に見つかったのだが、運よく優しい先生だったこともあり、叱られず夜空を堪能できたのだ。

夏の大三角形を見ることもできたし、ほんの少しだったが流れ星を見ることもできたが、鷺香が何を願ったのか、いまだに教えてもらっていない。

「あの頃に戻れたらなぁ・・・・・・」

突然、鷺香がそんなことを言い出すので、一体何があったのだと動揺した俺だったが、自分自身も内心そう思っていることに気が付き、そう、珍しいことではないと理解した。

「ねえ。もし、あの時、流れ星を見たころに戻れるとしたら、君は何をお願いする?」

「願い事か・・・・・・」

俺が非ロマンチストだからというのも関係しているのだろうが、流れ星にする願い事なんて改まって考えたこともない。

当時、俺がどんな願い事をしたのかということも忘れてしまったし、今考えろと言われたところでそう簡単に浮かんでくるものでもない。

そもそも考えないと浮かんでこない願いなんて、取ってつけただけで、本当に欲しいものかなんてわかったことではない。

「特にないな」

気の利いた回答なんてできるはずがない。

ましてやこいつ相手にお世辞などもってのほかだ。

「へへっ、そういうと思ってたよ」

なら聞いてくるなと言いたいところだが、どうせ、「一パーセントの可能性にも賭けてみたかったんだよ」と、女子らしからぬキザな回答が返ってきそうなので、あえて言わないことにした。

女子らしからぬというのは、些か、偏見だったように感じるが、改めて考えると、このご時世男子ですらキザな台詞を吐かなくなったと気づく。

「ねぇ・・・・・・」

「ん?」

唐突だが、空気が変わる。実際は電話で話しているので、本当のことを言うと、向こうの空気が変わったのかどうか定かではないが、そんな気がする。

「急なんだけどさ・・・・・・恋愛相談、のってもらってもいい?」

「いいけど、どうしたんだよ急に・・・・・・」

「いやぁ、実はあの流れ星のことで思い出しちゃってさ・・・・・・」

幼馴染だからだろうか。携帯越しに話しているアイツの顔が容易に想像できる。

「私ね、実は好きな人、ずっと昔から変わってないの」

「お、おう・・・・・・でも、俺は一回もお前の好きな人聞いたことないから何とも言えないんだけどな」

「そりゃ君には誰かなんて言えないよ。なんて、相談に乗ってもらおうとしている私が言う台詞じゃないか・・・・・・」

「で、何を聞いてほしいんだよ」

「その、好きな人がね、一緒に夏祭りに行くことになったんだけどね、私の気持ちに全く気づいてないみたいなんだ・・・・・・」

「は?」

一瞬の静寂が二人の会話を遮るが、鷺香はそれをも押しのけ、話を続ける。

「櫻井さんに誘われたとき、ほんの少しだけど、断ろうかと思ったんだ。どうやら櫻井さんが私を誘った理由は、丸藤君と二人きりが嫌だったからみたいだから」

「お前のその、好きな人ってのは、なんで夏祭りに一緒に行くことになったんだろうな」

「私のせいじゃないかな? 私がその人が行くって言ったら私も参加するっていちゃったから・・・・・・迷惑だったのかな」

「そんなことないと思うぞ」

「そうだったらいいんだけどなぁ・・・・・・私とその人とは、幼いころからずっと一緒にいるせいか、面倒くさいことが嫌いだってこと、お互いに理解してるのに、巻き込んじゃって怒ったりしてないかな」

「喜んでるんじゃねーか?」

「なんでそう思うの?」

「俺はお前の好きな人なんて、まったく知らないけど、なんとなくそう思ってると思うぞ」

全く知らない、なんて、そんなバレバレの嘘を、当然かのように吐いている自分が情けない。

「でも、そんなに好きな期間が長いってのに、そいつは全く気づいてないんだろ? 呆れて好きな人変わったりしないのか?」

「うん。気づいてくれてないのは正直残念だけど・・・・・・」

「辛くないのか?」

「全く変わらないよ。その人には悪いけど・・・・・・」

胸が痛くなる。罪悪感に苛まれ、携帯を持っている右手が震える。

「でも、もしかしたら気づいてたりするのかもね。その人はとっても優しいから、気づいてても私なんかとずっと話してくれてるんだよ?」

「・・・・・・」

何なんだよお前。哀しみともいえない複雑な感情が俺の心を駆け巡る。

「普通なら、気づいた時点で、自分が好きじゃないなら軽蔑したり、無視したり、なるべく距離置いたりするもんだよ?」

「そんなこと、したくないだろ・・・・・・その人がお前といまだに話したり遊んだりしてるのは、お前がそいつのことを〝想ってる〟って伝わってるからじゃないのか?」

「想ってるっていうけど、実は自己満足な片想いだったりするんだよ? その人と一緒にいることが幸せで、それを壊したくないから、本当のこと言い出せないのに、その人のやさしさに甘えたり・・・・・・」

「お前意外と一途なんだな・・・・・・」

「そうかな?」

これを一途といわずして、何を一途というのかというレベルだ。

「でも、その人は自分がお前になんでそんな好かれてるのか、わかってないと思うぞ」

「んー・・・・・・正直、その人のどこが好きとかそういう概念でくくれることじゃないんだ。だから、伝えようにも伝えれないし、伝わらないと思うんだよ」

伝えようにも伝えられないし、伝わらない。

伝わらなければ意味がない。伝わらなければ、存在する価値もない。

言葉もない。虚言でも、本音でも、日本語でも英語でもいい。

手段なんてどうでもいい。たとえ、非人道的、非道徳的でも、伝えられるのなら。

そんな、マキャヴェリズムのようなことを考えているが、形のないものを具現化できるほど、高3の俺たちの能力は高いものではなかった。

「でも、そんなこと思っておきながら、実は付き合ってほしいなんて、思ってなかったりするんだ」

「嘘だ」

「ううん。ほんとだよ。君が一番知ってるだろうけど、私自分勝手で自分本位だからさ、自分良ければ全てよしって感じだから・・・・・・」

「そんな、そんなことないだろ!」

「へ?」

「お前がそいつに想いを伝えないのも、自分が悪いって言い続けるのも、本当はそいつに迷惑かけるんじゃないかって思ってるからだろ?」

「違うよ! 私は、私は・・・・・・」

「認めろよ! 自分にくらい素直になれよ。いいじゃねーか、だれを好きになったって。それでそいつに迷惑かけてるなんて思ってんなら、そんなこと全くねーから!」

俺は、後から振り返ったら恥ずかしくて赤面するだけでは済まないような台詞を電話越しに吐く。

「うぅ・・・・・・じゃあ、じゃあさ」

「なんだよ・・・・・・」

「もし、もしその好きな人っていうのが、き、君だったとしても、同じこと、言ってくれるの?」

俺は、俺の気持ちが悟られないように、そっと深呼吸をすると、

「うん。俺がその好きな人だったとしても同じことを言ってやるさ」

そんな言葉を静かに紡いだ。

「・・・・・・ありがとう。私、なんか吹っ切れた気がするよ。ごめんね、こんな相談にのってもらって」

「そうか、お前の気持ちが晴れたなら良かったよ」

「うん。ありがと、君のそういうとこ、やっぱ好きだな・・・・・・」

彼女のさり気ない、そんな告白に答えることもなく、俺は電話を切った。

「はぁ・・・・・・」

何とも言えない罪悪感が俺の心を支配する。

気づいていなかったといえば嘘になる。本当のところは、もうずっと前から分かっていた。

でも、認めたくなかった。

認めてはいけない気がした。

正直、認めることができたらどんなに楽だったのかはわからない。

でも、俺がアイツのことをこれからもずっと幸せにしてやれる自信が、ない。

幼馴染という、そういう肩書を言い訳にして、アイツの心に甘えて、ここまでやってきたがどうやら逃げ続けることができるのもここまでらしい。

だから俺は行く。

決着の場という名の夏祭りに。



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