友と誘いと夏休み
4:1
7月25日 夏休み初日。
「夏祭りぃ~?」
「そうだよ! 前から言ってたじゃないか来年は行こうって。まさかお前忘れてたんじゃないだろうな?」
正直なところ、夏祭りの存在なんてこれっぽっちも覚えていなかった俺からすると、今、目の前にいる親友が何故こんなにも気分が高揚した様子なのか理解できない。
「ああ・・・・・・確かそんなこと言ってたっけな」
適当に誤魔化すとしよう。
本来、いつも通りの俺ならば、ここは正直に失念していたことを打ち明けたうえで開き直るところだが、この蒸し暑さ故、そんな気力も湧いてこない。
それに比べ、よくこんなにも夏祭りごときで盛り上がれるな、と半分馬鹿にしたように苦笑いする。
「で? 俺も本当に行かなきゃダメなのか?」
「当たり前だろ? 約束したんだから。つーかお前、なんでそんなにテンション低いんだよ!」
こっちが、なんでそんなにテンション高いんだよって訊きたい。
「はぁ~・・・・・・だって、このくそ暑い中、おっさん二人で山登って神社まで行って人込みかき分けながら大して旨くもないのに高いリンゴ飴舐めに行くんだろ?」
「あのなぁ・・・・・・誰が男子二人で夏祭り行くって言ったんだよ?」
「は?」
まさかとは思うが、こいつが女子から夏祭りのお誘いを頂くわけ・・・・・・
「誘われたんだよ!」
「だれに?」
「櫻井に!」
「・・・・・・」
少しの沈黙の末。
「はぁ!?」
てっきり、そういう青春とはお互い無縁だと信じていた親友の裏切りに驚愕する俺の絶叫が、裏山まで響き渡る。
どういう風の吹き回しか、また、何の怪奇現象が起こったのか、理解が追い付かない。
クラス、いや、学年全体を通して男子からの視線を独り占めしているような、いわば、マドンナ的存在の櫻井が何故こいつを・・・・・・
そりゃ、テンション上がるよ。
「即物的な疑問なのだが、どういう経緯を経てそのような奇跡といっても過言ではないような現象が起こったのかしっかり隅から隅まで説明してもらおうじゃないか! ええ?」
俺の、陰キャ特有の早口が炸裂する中、丸藤は頬をやや紅潮させながらゆっくりと口を開いた。
「い、いやぁ、俺もよく覚えてないんだけどさ、始業式の日に俺、櫻井にペン貸したんだよ・・・・・・」
「あー・・・・・・そういえば、櫻井ってペン忘れてきてたっけ・・・・・・」
始業式当日、たしか、俺たちが一緒のクラスだと分かった直後のことだった。
俺たちは高二からクラスも部活も一緒だったため、三年でも同じクラスになれたことはある種の救いだったわけだが、こいつがそんなコミュ力の高い奴だったなんて! と俺の見解と現実との乖離具合に落胆していたような気がする。
「何はともあれ、理由は何だろうと、誘われたって現実は変わらねぇんだからな? な?」
と、自慢げに、その大きくてごつごつしたウザい顔を近づけてくる丸藤。
俺の右手が若干こいつのこめかみ辺りに飛んでいきそうになったが、そこはもう高校生なんだから我慢、我慢。
「なんなんだよ・・・・・・ で、それでなんで俺も誘うんだよ?」
「それはな?・・・・・・」
もとからウザい顔を、もっとウザくして不敵な笑みを浮かべるこいつの顔を見ていると、こいつがこの先、何を言い出すのか安易に予想することができた。
「アイツか?」
「おお、なかなかいいカンしてるじゃないか。今日、冴えてんなお前。あ、藤沢のことだからか! ごめんごめん気づかなかったわ! 俺としたことが、はは、あははははははhぐへぇ‼」
俺の右ストレートが丸藤の左頬に直撃する。
「お前、いい加減にしろよ?」
「その台詞は普通、やる前に言うもんだぞ!」
幼いころから喧嘩慣れしている丸藤は、正直この程度のパンチではあまりダメージは入らないだろうが、そんなことは知っていても、俺のこの苛立ちを治める方法は他には無かったんだと思う。
ウザい顔に若干のあざができたことはスルーして、引き続き話を聞くことにした。
今回は、相手側の本当に勝手な話で、先ほど説明したクラスのマドンナ的存在である櫻井が丸藤を夏祭りに誘おうとしだしたのがどうやら事の発端らしい。
どうせ、「夏祭り一緒に行ってもらえないかな?」とかなんとか、丸藤を上目遣いで可愛く誘ったのだろう。
返事は言うまでもなくOKだ。しかし、つい最近になって夏祭りが近づくにつれ、櫻井の気持ちも高まっていき、そこで初めて自分がカップルでもない男女が一対一で夏祭りに行くという非常識なことをしようとしていることに気づいたようだ。
そして、二人だと恥ずかしい、という櫻井の勝手な理由から、それぞれ一人ずつ友人を誘うことにしたらしい。
夏祭りなんて確かにカップル以外の男女が一対一で行くところではないことを俺は重々理解している。しかし、それは決して二対二ならいいということではないと思う。
カップルでもないのに夏祭りなんか行くな。いや、カップルでも夏祭りなんか行くな。
幼いころはそれほどでもなかったが最近、思春期だからだろうか、夏祭りやその類のイベントに嫌悪感を抱くようになってしまった。
その感覚を他人にまで押し付けるのはよくないというのはわかってはいるが、人間、特に俺のような人種は勝手で、他人がどう思おうが関係ないという式なので今回も、慣例にしたがってそういう態度を取ろうと思ったがどうやらそういう訳にもいかないらしい。
今回、俺が誘われたもう一つの理由。
それは、俺の幼馴染である、藤沢鷺香がその夏祭りに参加する可能性が高いからだ。おそらく、櫻井に誘われたのだろう。最近二人でいるところをよく見かけるので、何の接点もなかったのに何故だ? と、疑問には思っていたのだが、これで一応すべての辻褄が合う。
何の接点もない人間を夏祭りに誘うというのは一見すると、これまた非常識極まりないが、今年度に入って、そういえば鷺香が陸上部から美術部に移ったことを思い出したため、まったく接点がなかったわけではなかったのかということを理解した。
鷺香が陸上部から美術部に移ったのには、何か理由があるのだろうが、彼女はかたくなにその理由を語ろうとしないため、こちら側から詮索するのは控えていたが、どうやら櫻井が関係しているようだということも見えてきた。
「・・・・・・おい・・・・・・おい!」
ハッと我に返る。
「おい、一体何なんだよ急に静かになってよ! 藤沢のこと言ったのがそんなに頭にきたのか? ちょっとふざけただけじゃねーか」
「あ、ああ。いや、そのことじゃなくて、どうでもいいこと考えてたんだよ・・・・・・」
「ん? なんだよその薄っぺらい返事。何かあったのか?」
「いや、本当に何もないから。安心してくれ」
「なんだよ、お前らしくない。ま、何もないならいいんだけどな」
気が付くと、完全に自分の世界に入ってしまっていた。
八月が近づくにつれ、だんだんと気温も上がり、今日は38度まで上がるらしいから、その暑さに参ってしまっていたのかもしれない。
「俺、アイス買ってくるから、この部屋のクーラーつけて待っててくれよ」
俺がそういうと、
「それがよ、こんなくそ暑いのにクーラー壊れちまっててよ・・・・・・」
「はぁ!?」
「修理に来てくれるのが明日だから、今日はこの扇風機だけで我慢しろって、母さんに言われてるんだ」
「なんだよそれ・・・・・・」
「悪い! でも、アイス買ってきてくれるなら、この暑さも少しはましになるかもな」
そんな呑気なことを吐く丸藤をおいて俺はこの村に一つしかないスーパーにアイスを買いに出かけた。
*
最近、よくこんな夢を見る。
夏祭りの夜、花火が揚がっているのを眺めながら、神社に続く階段を駆け上がっていく夢を。
誰かを追いかけるように、一段一段躓きそうになりながら、登っている夢を。まるでそれは夢でないかのように鮮明に、リアルに描かれた自分の世界だった。しかし、いつも、その追いかけている「誰か」を思い出すことができない。それ以外は本当に、昨日おこったことのような綺麗に記憶だというのに、その一面だけが切り取られたかのように、「誰か」を思い出すことができないのだ。
この夢を毎晩見るようになってから、数日が過ぎたころ、俺は、この夢が本当は夢じゃないんじゃないかと疑うようになった。
当然、友達や家族に相談する予定はない。どうせ、馬鹿にされて笑われるだけだろう。むしろ、からかってるのか? と、こちらに疑いをかけられそうだ。
でも、今回の話は、案外重要なことなのかもしれないと、俺の心がどこかそう思っているというのも事実。
自分でいくら考えたところで、答えが出ないというのはわかっているけれど、だからと言って、誰かに相談したところでこの話題の答えを導き出してくれる人なんていないだろう。
どこで聞いたのか定かではないが、思春期の少年少女によくみられる、妄想癖というやつの延長線上なのではないかと、自分の中では仮説を立てているのだが、正直、他人の、しかもテレビの受け売り情報なので、あてにはならないだろう。
昔から変わった子だとか、そんなことを言われて育った覚えはないが、それは俺があまり周囲に向かって自分を発信することをしなかったからであって、本来は変わった子、いわゆる変人なのではないかと、自分に対して疑心暗鬼になりつつあるが、そんなことが関連して精神の異常から毎晩のようにこんな夢を見るのではないかとも思った。
夢とは、その人の本質や精神状態の表れだとよく言うので、何かを追いかけているように思えたのも本当は自分自身を追いかけているのではないかと、そう、ありそうな答えを導き出したところで、またしても一人で考えている時間が長すぎることに気が付いた。考えても仕方ないことは理解しているが、理解したからといって実行に移せるかどうかというのはまた、別の話だろうと思う。
物思いに耽ている間に授業が終わってしまった。
不幸中の幸いといってもなんだが、今回の授業で俺が問題を答えさせられることもなく、おそらくだがまじめに授業を聞いているように思われているようなので良かったと、素直に喜んでおこう。それこそ、過ぎてしまったものを考えることほど無駄な時間の使い方はない。
ちなみに、休み時間に入っても俺の疑問は解消されることなく頭の中を巡り続けていたため、連中の頭の悪い会話などまったく入ってこない。馬耳東風の状態である。
「どうしたんだお前。最近、意識がどこかに飛んでいったような顔してるな」
「そうそう。俺もそう思ってたんだよ」
連中の中には、俺の異変に気付く者もいたが、正直こんなにおかしなことをずっと考えているのを悟られたくはなかったため、のらりくらりと、話題をそらし、回避した。
昼休みの終わり。丸藤が俺の机の前までやってきた。
最初は何の用だろうと、本気で思ったが、あまりにも自分のことを考えすぎて、それを考える理由をつくったともいえる話題の存在を忘れていた自分を恥じる。
案の定、丸藤は何とも言えない、大して酸っぱくもない梅干しを口に頬張ったような顔で、俺が夏祭りに参加するのか否かを問うてきた。
「で、結局、夏祭りには来てくれるのか?」
「ああ、一応行く予定はしてるさ。もしかしたら急用が入ってドタキャンするかもしれないけど、それは許してくれよ?」
あまり乗り気でなかったのも事実である。そのため、一応の保険は掛けたつもりだったが、俺の心は概ね、参加する方向へ向かっていた。
「櫻井のほうはやっぱり、お前のアレを誘ってるみたいだぜ?」
「アレって・・・・・・お前、懲りないな」
「いいじゃないか、もう夫婦みたいなもんだろ?」
「なんだよそれ。籍入れてないし、もはや付き合ってもないのに、たかが幼馴染ってだけで夫婦扱いされるのかよ」
「へへッ、なにマジになってんだよ? ちょっといじられたくらいでそんなに怒ってたら、ほかの奴からその内嫌われるぞ?」
「普段の話題なら俺もこんなに怒ったりしねぇーけどな!」
幼馴染がいない人間には伝わらない気持ちだろうが、幼馴染というポジションにいる人間はどれだけ足搔いても幼馴染なのだ。
幼馴染以上でもなければ、当然、以下でもない。
だから、夫婦になるなんてことはあり得ないのだ。
そもそも、幼馴染というだけで、そのような噂をされることがおかしい気がするし、幼馴染をもってない奴には理解できないだろうが(二回目)俺たちの中にそんな関係があり得るわけがない。想像してみれば容易いだろうが、幼少期からずっと一緒に生活している兄弟のような存在に恋心など抱くはずもない。
「悪かったってー」
ここまで心のこもっていない謝罪をするほうが難しいというくらいの取ってつけたような謝罪だったが、もう怒るのも面倒なので、スルーして話題をもとの軸に戻した。
「で、誘ってるってのはわかったけど、それでアイツはなんて返事してるんだ?」
「取り敢えず、他に一緒に行くメンバーを聞いてきたらしい」
「案外、冷静に返事するんだな」
「そりゃそうだろ。もし、村上とかと一緒に行くって話なら絶対に断るだろうしな」
「そういうことか・・・・・・」
アイツが誰なら良くて誰なら嫌なのかというのは、俺には知りえないところだが、今回、一緒に行く相手というのは、現状、俺になるわけだ。
幼馴染である俺なら良いのか、それとも、「夏祭りくらい別々にさせてよ!」と嫌がるのか。
気になった、という時点で、アイツに負けた気がした。
何故、俺とアイツが戦ってるのかわからないが、俺の中で、アイツを異性として意識することに抵抗があるというのが理由かもしれない。
後日、俺はアイツが夏祭りに同行するということが確定したのを丸藤に知らされた。