豚野郎の本性
19番さんに手を引っ張られ、俺はホテルの一室に入った。そこでやっと手を離して貰えた。
どれぐらい歩いたかな?大ホールからは結構離れた部屋だ。
「どうして、こんな強引なことをして俺と豚野郎のことを遠ざけたんですか?」
「見ていれば分かります。今にも殴りそうな空気が漏れ出ていましたよ。」
19番さんは部屋に何故か鍵をかけて、言ってきた。
「もっと、考えて行動してくださいね。十蔵様以外、あの緊迫した空気に気付いてましたよ。」
「そうだったんですか……すいません。以後気をつけます。」
この事ばかりは19番さんに感謝だな。おかけで大事は避けられた。もしあのまま19番さんに止められていなかったらどうなっていたことか俺にも分からない。それぐらいキレていた。今も考えるだけで怒りが込み上げてくる。
まぁ、1回落ち着こう。ここには俺と19番さんしかいない。ここで怒っても無意味だ。俺は深呼吸を繰り返し心を落ち着かせた。
さて、これからどうするんだろう。あぁ、そうか俺の事を落ち着かせるために俺の事を連れ出してくれたのか。そう思うことにした。
まずは部屋を散策してみるか……。高級ホテルなんてそうそう来る事なんか無いんだし。そう思い俺は部屋の奥へ進んだ。
部屋はさすが高級ホテルだ、十分すぎるほど広く、大きいベットはふかふかで弾力性がある。これは寝心地が最高だろうな。
それに、洗面台やクローゼットなど様々のものが豪華な造りになっていた。
散策してわかったけど、ここは1人用の部屋だな。だってベットが1つしかないんだから。イスが2つとか歯ブラシ、パジャマが2つあったのは気になったけど。予備かな?
俺が部屋の散策をしていると、俺の気付かぬうちに19番さんがそろりそろりと近付いてきていた。
─────ぎゅっ
「!?!?」
んーと。今、何が起こってるんだ?冷静に見極めろよ俺。どうして19番さんは俺に抱きついているんだ?
ネグリジェという軟らかな薄い素材で作られた服は肌の感触、熱をすごく感じさせる。服越しでもそれが充分に伝わって来た。19番さんの胸はそれなりに大きいんだな……葵には及ばないけど……それでもかなり興奮してしまうことには変わりはない。
「…………………っぅ、」
俺はぐっと堪えた。片手が19番さんの方に伸びてしまうのをもう1つの片手で防いだ。
「その……神楽坂様はまだ女性経験が無いと十蔵様に聞きました……私が精一杯リードするので神楽坂様は心配せずに体の力を抜いて、全て私に身を委ねて下さい。精一杯やらせて貰いますので。」
「え?は?ちょっと待って下さいって。」
俺の言葉を聞かずに19番さんは俺の事をベットに押し倒す。そして流れる動きで服をぬがしにかかる。
え?え?何をしてるの19番さんは……
俺は急いで止めた。
「ストップ、ストップ!待ってくださいよ。」
急いで緊急脱出をした俺。19番さんと少しだけ距離をとった。
「あ、すみません。私が先に脱いだ方が羞恥心はありませんね。」
そう言って19番さんは自分のネグリジェを脱ごうとした。
「いやいや、俺は19番さんとは何もするつもりは無いですよ。」
俺は19番さんの脱ごうとする手を掴んで言った。あ、危ない、危うく19番さんはネグリジェを脱いでしまうところだった。
「え………ど、どうしてですか?もしかしてここまでの流れが強引すぎましたか?もっとロマンティックにやればよかったんですか?それとも、そもそも私の魅力が足りなかったんですか?タイプでは無いんですか?」
19番さんは俺に顔を近づけながら聞いてきた。
「いえ、19番さんは十分すぎるほど魅力的で俺のタイプな女性だと思いますよ。」
19番さんは普通に美人だと思う。歳も近くて話しやすそうだし、しっかり俺のことも考えてくれそうだ。
あれ?今の告白みたいだったかも?
「なら、なんでですか?」
「俺はこれから妻になる予定の女の子達一筋なんですよ!だから19番さん、あなたとはそういうことは出来ません。」
勿体な………くない。俺は雫や葵、そしてこれから増えるかもしれない未来の奥さん一筋なんだ!
「…………」
俺の言葉に19番さんは黙っていた。
もしかして………気持ち悪かったかな?でもそれが普通だと思うし、俺がそういうことをしてしまうと浮気って事になるし……
数秒の間が空いたと思ったら突然、19番さんは涙を流し始めた。
「え?ど、どうしたんですか!?」
「神楽坂様は…とても愛妻家なんですね。神楽坂様の奥様になられる方々はとても幸せそうです。……羨ましい。私も神楽坂様みたいな男性にもう少し早くお会いしたかったです。」
ポロポロと溢れる涙を19番さんは流して言った。
「これ、使って下さい。」
そう言って俺はハンカチを渡した。
「あ、ありがとう…ございます。」
19番さんは少しだけ笑顔を見せた。今まで無表情で少し冷たい雰囲気を醸し出していた人と比べると大きな差があった。
それと、今の顔すっごく可愛かったです。
「その………聞いて貰えますか?十蔵様の本性、そしてこれまでの非道の数々を……」
豚野郎の本性?非道の数々?気になる用語が沢山でた。
「はい。お願いします。」
俺は19番さんに頼んだ。
19番さんは俺の頼みに無言で頷き、流した涙をさっき俺が渡したハンカチで拭った。
「はー、ふー、すぅー。…よし。では、十蔵様について説明します…。でもその前に、今から言うことは十蔵様の耳には絶対に入らないようにすると約束をして下さい。」
「勿論ですよ。」
3度、大きめの深呼吸を繰り返した19番さんは俺の言葉を確認して話を開始した。
「まず私達、富田 十蔵の妻は全部で今のところ21人います。私は呼び名の通り19番目の妻です。でも本当はもっと妻がいるんです。」
19番さんは無表情だけど、声の感じで真剣なのだと感じた。
「まず21人の妻がいるってことで驚きたんですけどまだいるんですか?」
21人以上か……性欲モンスターだなあの豚野郎は……
「今は亡くなられたか……十蔵様の屋敷にいます……その妻達を合わせて全部で24人です。」
19番さんは悲しそうに言った。
24-21=3、3人はどうなったんだ?
「なんでですか……もしかして病気とかですか…?」
「いいえ、違います……精神や体を酷使され続け、壊れてしまったんです。」
「え………」
俺はそのことを聞いて数時間前のことを思い出す。あの7番さんの事だ。
「お察しの通り、7番さんは既に精神が壊れかけています。」
「どうして……いやどうやったらあんな風になってしまうんですか?」
今の空気はどんよりと重い。それでも俺は聞いた。聞かずにはいられなかった。
「今私は十蔵様の妻になって3年目ですが、それより前に妻になった先輩妻の方々はずっと、ずっと十蔵様から犯され続けていたんです。そしてある時、精神が壊れてしまう妻が続出しました。それを何とか治すために十蔵様が取り入れ妻達に使わせたのが合成薬物だったんです……」
「合成…薬物?」
「麻薬の事です。その妻達に使われた薬物は精神に強く作用をして精神の維持を強制的にさせました。」
「酷い……」
更に19番さんは続ける。
「ですが……薬物で精神を維持出来る時間はほんの少しの間だけで……大量に薬物を使用し薬物中毒で亡くなってしまう妻や薬物の副作用で重い病気を患ってしまった妻もいました。シングルナンバーの妻達は全員が薬物乱用者です。」
それを聞いて俺は全身の毛が逆だった。怒りが頂点に達したというのにまだ上へ上へと上がってゆく。
じゃああんなに苦しそうな顔をしていた7番さんは薬物乱用者だったのか。あんな顔をさせたのは全部全部豚野郎のせいなのか!許せない……人間を……女をの人をなんだと思っているんだ!
「そんな妻をボロボロにしたのにも関わらず十蔵様は謝りもしないで知らん顔、1番さんや2番さんが亡くなられた時も顔色1つ変えませんでした。」
19番さんは思い出してしまったのかまた涙がこぼれ始める。
「無理をしないでください。もう充分ですよ。」
俺は19番さんの背中をさすってあげた。もう俺も聞いてられなかった。
そこで発見してしまった……
「な、なんですか…………これ。」
それは19番さんの背中に大きく19という黒い字で刺青が入れられていたのだ。ネグリジェを着て服越しなのに分かるくらい濃く大きな刺青だった。
「これは私達妻が十蔵様の物だという印です。あの人と結婚したら必ず、強制的に入れられます。」
「なんだそれ……」
「すいません、あまり見ないでくれませんか……」
「ごめんなさい。」
19番さんは背中を隠すようにして俺から離れた。やっぱり気にしているようだ。
「あの男は、はっきり言って化け物です。私や他の妻を暴力や権力、悪知恵や汚い手を使って自分が男だということを自覚させて従え、気に入った女性は何があっても自分の物にします。」
19番さんは着ているネグリジェに力が入る。
「私も初めは結婚なんて嫌でした。あんな体型で、あんな性格。いくら特別な存在である男だとしても女性のほとんどは嫌がると思います。それに私には夢がありました。ですが、十蔵様は親につけ込んできます。言葉巧みに自分の凄さを親に伝えて親を説得させます。説得された親はもう私の味方ではなく十蔵様の味方でした。そして私は学校も卒業出来ないまま、強制的に結婚しました。そして今に至ります。」
震えた声で19番さんは続ける。
「そして、最近では薬物を大量に生産させ、若い人達に大量に売りつけて大儲けしています。もちろん私達妻にその作業をさせ十蔵様は一切何もしていないのにです。」
もう、豚野郎の酷すぎる悪行に俺は呆気に取られて何も言えなくなっていた。怒りすぎて逆に怒りが収まってしまったらしい。
「逃げたりは出来ないんですか?」
「逃げた所で家はもう十蔵様の手に落ちてしまって逃げ場であるはずの家には帰れず、背中に刺青があって公の所にも行きずらい。学校も中退して学歴が無いから働くことすら出来ない。夢も断たれ気力も無い。毎日の十蔵様の相手で体力も無い。もう手ずまりなんです。」
豚野郎は妻達の逃げようとすることを悪知恵を働かせ、無くしている。
これならもう、どうしようも無い。
「なら警察に相談すればいいじゃないですか?薬物のことを教えれば警察は動いてくれるんじゃないですか?それに日頃の妻達に対する人権無視も警察が動いてくれると思います。」
「もちろん、危険の承知の上で前に先輩妻の方が1度だけ警察に通報をしました。警察はすぐに来てくれて家宅捜査をしようとしましたが、十蔵様は男。それに男として特別な役割を担っているとかで、男の特別な権限を行使して時間を稼ぎ、証拠隠滅をしてしまいます。証拠が無い限り警察は一切動いてくれませんでした。」
確かに19番さんの言う通りだ。警察は証拠が無いと逮捕まで至ることが出来ない。それに相手は男だ。慎重になるのも仕方がない。
「例え薬物乱用者の妻が直接警察に逃げたとしても捕まるのはその逃げた妻だけで十蔵様はシラを切るでしょう。そうやって戻ってきた妻や警察に通報して下さった勇気ある先輩妻の方には十蔵様直々にお仕置が始まります。二度とそんな事をしないように徹底的に精神を壊されるまでお仕置は終わりません。
そしてあえて私達にそのお仕置を見せて十蔵様は妻を言葉で縛ります。“お前らがもしコイツみたいな事をしたらコイツと同じようにしてやる”と。もう一種の洗脳に近いかもしれません。
その先輩妻はもう亡くなられてしまいました。」
な、なんだよ……それ。
「だからもう頼れるのは男である神楽坂様しかいません。どうか、どうか私達妻を助けては頂けないでしょうか?」
19番さんは必死に訴えかけてきた。それに俺は心を打たれた。
「わかりました。絶対にあの豚野郎の呪縛から解放させて見せます。ですがもう少しだけ待って下さい。色んな人に協力を頼んでみますので。」
俺は19番さんの手を取って言った。今、ぶん殴っても捕まるのは俺だけだし、豚野郎が油断した時を狙わないといけない。考えて行動しなければ。
「わかっています。私ならまだ大丈夫です。ですが7番さんのようにギリギリな妻も数人いるのでなるべく早くお願いしますね。」
「はい。」
絶対に救ってみせると覚悟した。
「あ、そう言えば十蔵様はまた新たな妻が加わるとおっしゃっていました。確か神楽坂様と同じ学校だったはずだと思います。」
「え?それって名前とか分かりますか?」
俺と同じ学校で同じ1年生だったら名前が分かるかもしれないと思った。
「えっとですね……確か、きた……きたざくら……そうだ。北桜さんだったはずです。相当の名家だったので覚えていました。」
「…………………え?北…桜って。」
それって、
「…………………夜依?」
「そうです。北桜 夜依さんでした。神楽坂様のお知り合いでしたか?」
「……………っ、はい。俺と……同じクラスメイトです。」
「そ、それは……」
「大丈夫です。俺がどんな手を使ってでも夜依と豚野郎の結婚はさせません。」
俺は拳を強く強く握りしめた。
夜依があの豚野郎の妻になる………?そんな事させるわけないだろ。豚野郎は俺を相当キレさせたのにも関わらず、俺の知り合いにも手を出すのか……
夜依は俺の………………未来の俺の妻になってもらう予定の人なのだから豚野郎との結婚は絶対に阻止させてもらう。
今回辛い話だったかと思います。
書いてて自分でも辛かったです。
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