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8.修羅場はお好きですか?

「はぁ…… そういうこと」


「あ、あぁそうだ。分かってくれたようで俺は嬉しいよ……」


 疲れた。今年一番体力を消耗した。それも、精神的に。

 長瀬によるこの世のモノとは思えない怒号と罵倒を鎮めるのに数分。さらに数十分以上、俺の語彙力をフル動員して説得に説得を重ね、やっと出てきたのがさっきの言葉だ。

 こいつホント怒りっぽいからな。俺限定だけど。


 とは言え、よく考えたら長瀬には何ら非がない。何しろ、端から見たら“裸の少女を俺が押し倒している”という構図だったんだからな。完全にエロ漫画でよくあるレイプシーン。

 結論、俺が怒られるのはどう考えても涼風が悪い!


 それでも怒りが完全におさまったわけではないようで、俺と涼風を交互に睨み付けた後。


「それでも、私は涼風の入部なんか絶対認めないんだから!」


 と、吐き捨てるように言葉をぶつけてきた。何故別クラスである涼風の名を知っているのか。リア充恐るべし。


「え~、別にいいじゃ~ん」


「嫌なものは嫌なの!」


 制服を着直した涼風は、ぷぅっと頬を膨らませながら不満を溢した。それに対する論理の欠片もない反論に、今度は俺が返答する。


「いやいや、何で嫌なんだよ。前、部員少ないとか嘆いてたじゃねぇか」


 しかも全力で俺のせいにしてたしな。「柊が入んなオーラ出してる!」とか何とか。オーラって何だよ。スーパーチキュー人にでもなんのかよ。


「へっ!? いや、それはその~…… ほら、あれよあれ。そう、急に新入部員が入ってきてもややこしくなるだけだからよ!」


「あ~、なるほどな」


「いっ、言っとくけど、別に『柊と二人っきりでいられる時間が減って悲しい』とかじゃないんだからね! 勘違いしたらぶっ殺すんだからね!」


「何それ怖すぎだろ」


 こいつならホントに殺りかねない。俺の事嫌いまくってるからな、ガチで。


「でも、ガチで入部認めてくれないと俺としては困るんだが…… 涼風、もう入部届け出しちゃったしな」


 そもそも本来、いくら美術部部長とはいえ長瀬に入部の許可不許可を決める権限はないはずだ。しかし、入部を認めてくれない部員が一人いるとややこしいことになるからな。ド変態女涼風と凶暴女長瀬が口喧嘩する光景を毎日見ることになるとか、絶対に避けたい。


「そうそうっ! ご主人様の命令は絶対だもんね♥」


 だが、涼風のこんな加勢の仕方が、むしろ長瀬の機嫌を余計に損ねてしまう。


「ご、ごごごご主人様ぁ!? 柊、あんた涼風になんて呼ばせ方してんのよ! この鬼畜ド変態!」


 血相をかえて激怒してきた。完全にとばっちりである。

 さっきから表情ころころ変えまくってて、大変そうだな。


「ド変態なのは涼風の方だ。こいつが勝手に“ご主人様”って呼んでるだけだよ」


「ふ~ん、どーだか。あんたが涼風を入部させたいのも、神聖なるこの部室でえっちな事をしたいからじゃないの?」


「んなこたぁねぇよ」


 なお、涼風の裸体をモデルにエロ同人を描くという行動が“えっち”に当たらないかという話は、一端置いておく。


「ま、そういうことにしてあげましょ」


「じゃ、じゃあっ! あたしも入部していい──」


「それとこれとは別だから!」


「え~……」


 めっちゃぱぁっと嬉しそうな顔を浮かべてから、一瞬で不満気な表情に戻らせた。

 涼風も涼風で、表情ころころ変えまくってて、大変そうだな。


「私、確かに部員増えてほしいって言ったことあるけど、誰でもいいってわけじゃないのよね。真面目に上手な絵を描いてくれる人がほしいってわけ。あんたみたいなの(・・・・・・・・)とは違ってね」


「うるせぇな。上手は上手だろうが」


 それに、真面目に描いていることにだってかわりはないはずだ。内容がちょいとエロいだけで。


「と・に・か・く! 入部したければ、絵が上手いかどうかを選別するための特別試験を合格してからにしなさい!」


「いやいやいや、俺が入部した時はそんなんなかったろうが」


 俺は一年のちょうど今ぐらい。つまり、六月の頭に入部したので、既に長瀬は入部していた。それどころか、部長に主任してたまである。上級生は最初からいなかったらしい。

 過疎ってんな~、ウチの美術部。


「あんたは特別枠だからいいの!」


「はぁ?」


 何だよそれ。まぁ多分、サンドバッグ枠とかそんなんだろうな。いつも怒鳴られてるし。


「それでそれでっ、特別試験って何!? あたし絶対合格してやるもんね!」


 当の受験者本人である涼風は、何故か興奮してた。何でもかんでも面白がるとか、ガキかよ。

 なお、性的好奇心だけは成熟し過ぎである。


「うふふふふ、その自信、一体どこから沸いてくるのかしらねぇ……!」


「愛だよ! ゆうっちへの愛だよっ!」


「ッ……! 絶対勝つっ!」


 長瀬、殺気だってんなー…… 邪悪な笑みからの鬼のような形相。表情恐ろしすぎ。どっかで、こんな悪役見たことある気がする。

 一方涼風は涼風で、愛とか何とか気持ち悪すぎだろ。『興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょう?』って婆ちゃんも言ってた。


「ふん、聞いて驚くがいいわ! 試験の内容は──」


「内容はっ!?」


部長わたしとの絵描き対決よ!」


「おぉぉぉぉ!!!!」


 二人だけで無駄に盛り上がっていた。そりゃもう、ここだけオリンピック会場と化してる。


「私が認めるくらい美麗な絵を描けたら、あんたの入部も認めてあげる!」


「ふっふっふー、絵とか全然描かないけど、長年培われたエロ妄想力で夢想してやるっ!」


「エッ、エロ……! 何てこと言うのよ柊!」


「いや、どう考えてもここで俺が登場するのはおかしいだろ」




 ♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥




 二人はそれぞれのイーゼルを挟んで、向かい合って座っている。どちらも描き方はアナログのようだ。涼風の椅子は、先程彼女自身が部室後方に散乱している椅子の中から持ってきたものである。


 個別に目を向けていく。

まず長瀬は、パレットに絵の具を落としていっていた。真剣な目付きだ。何がなんでも涼風を入部させたくないのかがよく伝わってくる。対する涼風は突如立ち上がり──


 ──制服を脱ぎ出した。


 何やってんたよ。


 さっきより明らかに高速で脱いでいる。手付きが素早い。

 ボタンやフックなどを外し終わった涼風は、服を四方八方に投げ捨てた。豪快な脱衣方法だな。


 再び全裸になった。綺麗な肌を堂々とさらけ出している。


「ふっふっふー」


 涼風は自信満々の顔を作りながら着席した。ふっくらとした形の良いおしりが、直接椅子に触れている。

 俺の位置からだと、股間にあるアソコはイーゼルにすっぽり隠れているが、残念ながらおっぱいは二房とも丸見えだ。


 涼風は長瀬の方を一瞬チラ見し、彼女にならってパレットに絵の具チューブを近づける。絵の描き方すら知らないんだろうか。


「ちょ、ちょちょちょ涼風! あんた何やってんの!?」


 二三滴ほど赤色の絵の具を落としたところで、全裸状態であることを長瀬に気付かれてしまった。長瀬は顔を真っ赤にさせながら、抗議の言葉を並べ立てる。

 憤怒していると言うよりは、どちらかと言うと羞恥に悶えているのだろう。涼風と違ってピュアガールだし。


「何って──言われた通り絵、描いてるだけだけど……」


 長瀬とは対称的にインピュアな涼風ガールは、もはや何について叱られているのかすら検討もつかないらしい。彼女にとって、脱衣など日常的で普段通りで常態化している行動なのだろう……

 仕方ない。非常識な涼風にはご主人様(仮)の俺が教育を施してやろう。


「多分長瀬はお前が服を脱いだことに怒ってるんだと思うぞ」


「えっ、何で? だってモデルないとあたしだって描けないもん」


「モデル?」


「うんっ♥ 自分の裸を参考にして描いてるんだー///」


 つまるところこの変態少女は、自分の裸体を見んと絵が描けないらしい。

 そもそも裸を参考にしなきゃいけない絵って何だよ。絶対R-18指定のヤツじゃねぇか。


「いいからさっさと服を着ろ。誰もお前の裸体なんぞみたくねぇんだよ」


「えぇ~~~…… さっきは脱がしてたくらいなのにぃ~~」


「あれは仕方なく、だ。脱がしたかったわけじゃない」


「ご、ごめんなしゃいご主人様っ♥ あたし、調子に乗っちゃいましたぁぁぁ///」


「へいへい。よろしいよろしい」


 俺は手慣れた口調で涼風をあしらっておく。

 涼風はひとしばらく興奮してから、制服を着衣してくれた。ご主人様(おれ)のご命令とあらば、言うことを聞いてくれるらしい。

 それでもちゃんと真面目でまともな絵を描くかは心配だがな。 ……俺も人の事言えないけど。


 心配しても涼風を更正させられるわけでもないので、取り敢えず椅子に座り直す。

 今度こそ平和が訪れたか──そう心中で安堵してしまったのがいけなかった。フラグ回収はこの世の理である。


「あんた何涼風と仲良さそうな──じゃなくて気持ち悪い会話してんの。人が折角絵を描いてんのに、気を散らさないでよ!」


 何でもかんでもつっかかる少女、長瀬の怒りはまだ鎮まってなかったようだ。俺の椅子の側にわざわざやってきて、文句を垂れ流してくる。事務員の天敵、クレーマーおばさんかよ。


「あいつと俺が仲良く見えんならそれは病気だ。残念ながら俺が辛うじて仲良くしてんのはお前くらいのもんよ……」


「な、仲良く……! えへへ」


 ん? ほんのりはにかんだ?


「そんな事言われたって嬉しくないし!」


 ──と思ったら気のせいだった。むしろ怒りメーターは上昇してしまったのか、顔の赤みが増している。勝手に仲良し判定したのだから当然と言えるだろう。それでも俺の側から退散してくれたので、よしとするか。


 長瀬は再び描画の作業を再開した。涼風も同様だ。


 美術部に、久しぶりの静寂が訪れる。静かで心地よい。こんな時間がいつまでも続けばいいんだがなぁ……

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