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4.女子と二人きりの昼食はお好きですか?

「あたしの弁当、だと?」


 ──涼風が自身の弁当を手に持って俺に見せながら、美味しい提案をしてきた。二重の意味で。

 しょうもないネタはいいとして、結構ありがたい話だ。弁当の中身を覗いてみると、結構おいしそうな具材が色とりどりに並べられていた。これには少食の俺でもそそるものがある。だがしかし。しかしである。


「いいのか? 涼風の食べる分を減らしてしまう事になるが」


「うん、全然いいよ。あたしにはご主人様への気遣いが最優先だしねっ!」


「は? ご主人様?」


「あっ、いや、何でもないっす」


「おぉ、そうか……」


 何故に後輩口調…… もはやキャラもブレブレだぞ…… ほんとに大丈夫なのか、こいつ。


「ま、まぁでも、涼風がいいっていうんならお言葉に甘えさせてもらおっかな」


 涼風の提案を了承し、彼女の手元にある弁当を手に取ろうと手を伸ばすが……


「分かった。それじゃ、食べさせてあげるねっ!」


「は?」


「はい、あ~ん」


 瞬間、口の中に何かが入ってきた。丸い形の、何かだ。ざくざくとした肉の食感、まろやかでコクのある垂。恐らく、ミートボールだろう。

 俺は無意識にうちにもぐもぐと口を動かす。すると途中で何か柔らかいものに当たった。それと同時に、涼風が「あんっ///」と謎の声を発する。

 そんなハプニングがありながらも、噛み終わた俺はミートボールの残骸を飲み込んだ。

 もうここまできたら、今何が起こっているのか確定事項だろう。


 ──涼風に食べさせられている。


 かの有名な『あーん』とかいうヤツだ。言われてみれば、涼風も先程「あ~ん」とかなんとか言っていた気がする。

 いや、何やってんだよ、涼風。確かに涼風の弁当をいただくとは言ったが、何もあーんするなんて言ってないぞ。何というか、幼児扱いされている気分になるので心外である。


 現状を認識した俺は、もうミートボールも食べ終わったことだし、そろそろ箸も引っ込むだろうと思っていた。しかし、その考えが実に甘かったのだ。ツイッター恋愛漫画ばりに甘い認識。


 俺の舌を、“何か”が撫でまわしてくる。舌だけじゃない。歯を、歯茎を、口蓋を、口内のありとあらゆる部位を撫でまわしてきた。

 俺は変な感覚に陥り、思わず変な声が出そうになる。それを我慢しようとするあまり、俺は唇をきつく結んでしまう。いや、これではむしろを“何か”を閉じ込めることになってしまうじゃないか。

 早く“何か”を口内から排除するべく、俺は舌を使って押し出そうとする。しかし抵抗されてしまい、ただ舐めまわしただけとなったが。涼風もまた「ひゃんっ///」などという喘ぎ声を出していた。


 そこで俺は、この不愉快で不可解な存在である“何か”が何物なのか、理解した。


 ──涼風の指だ。


「ほい、ふぁにやっふぇんだふぉ!」


「あーんしてるだけだよ? 指でだけどっ!」


 指が邪魔してうまく喋れなかったが、意図するところは大体理解できたようだ。訳としては「おい、何やってんだよ」が適切である。

 とはいえ、しれっと『指で』なんて言うのおかしいだろ。って今はそんなことどうでもいい……!


 俺は彼女の手首を掴んで、指地獄から逃れるべく手を口元から引き剥がそうとする。しかし、涼風も案の定抵抗してきて、暴れまわった。

 ってちょ、爪! 爪が歯茎に当たってるって! いてぇよ!


 寛大で慈悲深い俺も流石に怒りが芽生え、最終攻勢を開始する。今度は手首ではなく涼風の腹部を掴んで彼女の体ごと引き離そう。そんな考えに至り、俺は立ち上がって──


 ──二人の足がもつれ、バランスを崩した。二人とも、そのまま床に転倒する。

 くそ、災難続きじゃないか…… 確かに指は口から出たんだから、目的は達成したといえるかもしれんが……

 俺は現状を嘆きつつ、思わずつぶってしまった瞼を開ける。


 と、そこには、涼風の可愛らしい顔があった。距離はかなり近い。目と鼻の先だ。

 えっ、ちょっ、どうなってんの!? 倒れたと思ったら、何でこんなところに涼風が!?

 俺は早急に現状を把握しようと、目線を動かす。

 まず、確かに俺は下向きに倒れたという事。だが、俺は何とか手をついて怪我をするのは避けるられたという事。で、涼風は俺に覆い被さられるように上向きで倒れていること。

 つまるところこれは。


「床ドン……」


 とてもとても典型的な、綺麗すぎる床ドンである。世の少女漫画家はこの光景を写真で取って、描画の参考にするべき。


 俺はひとまず落ち着いた後、涼風は大丈夫だっただろうかと彼女のもとに目線を向ける。すると涼風は俺から顔をそらしながら、けれど、瞳はしっかり俺の顔をとらえながら、赤面していた。

 そりゃあ急に床ドンみたいなことをされたら、誰だって恥ずかしがるだろう。まだ恐怖に打ち震えずに済んだだけマシだ。それにしても、俺さっきから涼風を恥ずかしがらせてばっかりだな。なんか申し訳なくなってきた……


「ねぇ、裕也ぁ……」


 急に涼風が口を開き、俺の名を呼んだ。すると、目線だけでなく顔もこちらの方に向けて、俺の顔に近づけてくる。

 おい、やめろ。このままだとヤバいって! 何がヤバいって、唇が触れ合いそうになってる! お互いこんなところで初キスなんて嫌だろ? なぁ!


 俺は男子の中では極々平均的な反射神経を駆使して、寸前のところでキスの完遂を回避する。

 涼風は何をやりたかったんだ…… まさか、本当にキスしたかったのか? もしかして俺のこと好きだったり?

 ……いや、まさか。こいつが俺のこと好きなわけないだろ。慢心、ダメ、絶対。


「大丈夫か、涼風」


 立ち上がった俺は涼風に手を差し伸べる。涼風は一瞬逡巡(しゅんじゅん)したが、最終的に俺の手を取ってくれた。そして俺の貧弱な力を振り絞って、彼女を引き上げる。

 ……無意識のうちにやったことではあるんだが、今の行動割と紳士的じゃね? こりゃもう将来大英帝国(ブリテン)の爵位を得ちゃうな。


「あたしは大丈夫だよ。ゆうっちこそ大丈夫?」


「あぁ」


「それは良かった。ってああっ! お、お弁当がぁ……」


「弁当?」


 潤ませた涼風の瞳の先には、彼女の弁当があった。ただし、先程の騒動のせいで完全に中身が床に散乱していたが。こりゃもう三秒ルールどころか多分三分以上経っているのでウルトラマンすら時間切れ。流石に食べられないだろう──


「まぁドンマイ……っておい、おまっ……!」


 と思っていた時期が俺にもありました。


 床を舐めていた。いや、正確には、四つん這いになりながら、散乱した食べ物を一生懸命舌を使って貪り食っていた。それはもう、一心不乱に。これには少佐もにっこり。


「ホント何やってんの、お前」


「ほえ?」


 心底呆れ返った俺の言葉に、涼風は俺を見上げるという反応を示した。四つん這いのままだが。

 その姿は何というかこう、従順そうというか、アホそうというか──


「お前、犬みたいな格好になってんぞ、それ」


 言うなれば、忠犬ハチ公、的な?


「い、犬みたいっ///」


「おう、ガチでそんな感じだから。なんつーか、少なくともそういう変な食べ方はやめといたほうがいいぞ」


「やっぱ、ゆうっち最高だよ…… 濡れちゃいそう……」


「ん?何て?」


「え? えーっと…… ゆうっちの言う通りやめとこっかなって言っただけだよ」


「何だ、そんなことか」


 何かが濡れるとか何とか言ってたように聞こえたんだが…… まぁ脈絡もなくそんなセリフが出てくるわけがないので、きっと聞き間違えだろう。

 最近耳遠くなってんのかな…… まさか、老化の始まりか!?

 ……将来絶対ボケたくない、どうも俺です。


 起立し終わった涼風は、汚れた服を割と強めにパンパン叩きながら、さらっと問う。


「ねぇ、ゆうっち。お弁当、美味しかった? ……ほとんど零しちゃったから、あんま分かんなかったかもだけど」


 そして、申し訳なさそうに苦笑した。


「さぁ、どうだろうな。……まぁそこそこ美味かったんじゃねぇの、知らんけど。涼風の母さんそこそこやるじゃん」


「ふっふっふっ」


 え、何いきなり笑いだしてんの? 不気味なんですけど。


「ざーんねんっ! この弁当を作ったのはあたしでしたー!」


「えっ、ガチで?」


 本気で驚いた。今月一番の驚き。まさかこの能天気そうな少女に家事スキルがあったとは……


「そうだっ! この世で一番おいしいっていうんだったら──」


 いや、そこまでは言ってないんだけど。


「お昼毎日作ってきてあげよっか?」


 言われて考える。一考する。

 コンビニ弁当は最高だ。考え抜かれた調理法で作られた、完全無欠の食品。ソシャゲ風に言うなら、SSR級食品ってか?

 けれど。だけれどである。毎日コンビニ弁当を食べていたら、飽きてしまうのではないだろうか? それはもったいないことだ。あの美味しい食べ物を、食傷してしまうが故に不味く感じるなど、あってはならない。

 だから、それを回避するために。そう、あくまで本当は嫌なのだが、至極致し方なく、──俺はこう言葉を返した。


「まあ、たまには、な」


「やったっ!えへへ」


 無邪気な笑みを俺に向けてくれた。何というか、この程度のことでここまで喜べるとは、ちょっと羨ましい。


「でも当分は食べる気ないがな」


「え~……」


 涼風がそう悪態をついたとき、チャイムが鳴った。昼休み終了の合図だ。


「んじゃ、教室に戻りますか」


「そだね」


 そして俺は、塔屋と屋上を繋ぐ汚れでくすんだ白色の開き戸を開け、涼風と二人並んで階段を降り始める。変な噂になるのを避けるためにも、教室に入室するときは時間差を設けたほうがいいだろう。


 そんな工夫を考え付いたとき、俺はもっと重大な事実に気づいた。


 あぁっ! 結局昼食、食べれなかった!

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