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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨のち晴れ

作者: 鈴月詩希

 私は今でも幼い頃の夢を見る。

 その頻度は日に日に増えていて、夏の薫りに呼ばれるかのように色濃くなっていった。


 私がまだ小学校にあがる前、両親に手を引かれ近所の夏祭りにでかけた。

 その夏祭りは地元ではそれなりの規模のもので、人混みがうだるような夏の暑さをより厳しくしていた。

 幼かった私は、道行く人の波に押し流され両親の手を離してしまった。




「パパ、ママ……。どこいっちゃったの……?」


 私は独りぼっちで知らない人の海に放り出されてしまって、ただ泣いていることしか出来なかった。

 周りには自分よりも背が高い人達ばかりで、私はそれが真っ黒なカーテンに覆われているように感じて。

 どくどく、ばくばく、と胸の音が頭の中に響いていた。

 幼い心が、孤独という恐怖の毒薬がじわり、じわりと蝕まれていく。

 私は、もう一歩もその場から動けずに、ついにはしゃがみこんで頭を抱えて丸くなって自分を守ることしか出来なかった。


「やだ……。やだよぅ……」


 肩を震わせながら自分の世界を必死に守っていると、ふいに世界を覆っていた殻にひびが走り、光が差し込んだ。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい? もしかして、お母さん達とはぐれちゃった?」


 そう言って、私に手を差し伸べてくれた男性は、青い服に特徴的な帽子を被っていた。

 私は、その服がみんなを守ってくれる人の服だと両親から聞いていたからか、思わず男性の足にしがみついてしまった。


「ぱぱぁ……。ままぁ‥‥」


「あー。やっぱり迷子かぁ。うん、大丈夫。お兄さんがちゃんと見つけてあげるからね」


 私が心細かったことを察したのか、男性は私の頭を優しく撫でてくれた。

 頭を撫でられている間、周囲の喧騒の中で私達のいる場所だけは静かな時間が支配していた。


「落ち着いたかい?」


「うん……。ぐすっ」


 私はちょっぴり恥ずかしくて、うつむきながら首を小さく動かして返事をする。


「はは、可愛い顔が涙で台無しだね。ほら、顔を向けてご覧?」


「ん。こう?」


「うん、それで大丈夫。今綺麗にしてあげるからね」


「わぷっ」


 そう言って男性は私の顔をハンカチで柔らかく拭ってくれて。

 そのハンカチは、私の心を蝕む毒さえも拭い去ってくれた。


「よし。綺麗になった」


「ん、ありがとー」


 私は何故だか心が暖かくなって、にへ。と男性に笑顔を向けた。


「うんうん。笑っている方が美人さんだね。さて、それじゃあ泣き止んでくれたお礼に、お兄さんがりんご飴を買ってあげよう!」


「わーい!」


 私は、幼い体にはまだまだ大きく感じるりんご飴を一生懸命に味わった。

 そのりんご飴は今まで食べたどんなものよりも甘くて、優しい味がした。





 それから暫くは、男性に手を引かれて両親を探していたけれど、中々見つからなかった。

 人混みが私の姿を覆い隠してしまって、両親も見つけられないのかも知れない。

 少なくとも、男性はそう思ったようで。


「うーん。よし、肩車して探そうか!」


 男性はそう言うと私をひょい、と抱き上げて自分の首に私を跨がらせた。


「たかーい!」


 きゃっきゃとはしゃぐ私に、男性も思わずといった風で破顔していた。

 私はその笑顔が暖かくて、一層はしゃいで。


「ほら、お母さん達のこと呼んでみな?」


 私はそう言われると、こくり。とうなずくと、息をいっぱい吸い込んで。


「ぱぱぁああ!! ままぁあああ!」


「うあっ! っと。お、思ったより声が大きかったかな……?」


 男性は苦笑いしていたけれど、私はそんな困った顔すらも可笑しくて。

 けらけらと笑っていると、先程の大声で見つけることが出来た様子の両親が私を迎えに来てくれた。


「すみません、助かりました。娘に何かあったらと気が気じゃなくて……」


「本当に、ありがとうございました。あの、失礼かも知れませんが、最近交番にいらした方ですよね?」


 両親が順番にお礼と質問をすると、男性は。


「はい、この春からこの付近の交番に勤務しています。まだまだ新米ですが、皆さんの暮らしを守れるよう、精一杯務めさせていただきます!」


 そう言って敬礼をした男性は、とても溌剌としていた。


 後日、母と一緒に交番まで手作りのお菓子を持って、お礼に行ったときの男性の笑顔は、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいに嬉しそうだった。





 それから数年が経った頃。

 男性と私の家族はあの夏祭りの件以来、親しい間柄になっていた。

 男性には、昇進の話も来ていたようだけれど、「私が守りたい人達はここに居ますから」と、交番に残れるように頭を下げていたことを知った。


 そんなある日、私の地元ではそれなりに大きいショッピングモールである事件が起こった。

 ショッピングモールの中で窃盗を犯した大人が、発覚して捉えられそうになったことで逆情して小学生の男の子を人質に立てこもってしまったのだ。


「はい。はい。了解しました。直ちに向かいます」


「おじちゃん? どうしたの?」


「明日葉ちゃん……。僕はまだお兄さんだって何度言ったら分かってくれるのかな?」


「おじちゃんはおじちゃんでしょ?」


「あぁ……。うん。まぁいいか……。ちょっとお仕事に行かなくちゃいけないんだ。今日はお家で大人しくしているんだよ。絶対に、外に出ちゃあ駄目だ」


「う、うん」


 そう言ったおじさんの顔は今まで見たこともないくらいに真剣で、有無を言わせない力があった。


「それじゃ、行ってくるね」


 そう言って、仕事に向かったおじさんが私の前で笑ってくれることは、この後一度たりとも無かった。

 おじさんは、この事件で犯人の不意をついて男の子を開放することに成功したけれど、その際に犯人ともみ合いになり刃物で刺されてしまい、それが致命傷となり亡くなったのだ。


 おじさんと仲が良かった私の両親に連絡が来て、秋雨の中病院に駆けつけた時にはもう、おじさんの顔には白い布がかけられていた。

 後に分かったことだけれど、おじさんには年の離れた妹がいて、早くに亡くなってしまった両親の代わりに、妹さんを大切に守っていたそうだ。

 けれど、その妹さんは今回の事件と同じ様な事件で、おじさんの目の前で殺されてしまったそうだ。

 おじさんは、その事件がきっかけで心を壊してしまったけれど、どん底から這い上がって警察官になったのだと、同僚の人が言っていた。


 私は、白い布がかけられて冷たくなったおじさんの胸で散々泣きはらした。

 両親が私のことを後ろから抱きしめていたけれど、それで私の涙が止まることはなかった。


 翌日、おじさんのお通夜が行われた。沢山の人がおじさんのために涙を流していたけれど、私は心が抜け殻になってしまったみたいに、それを眺めていた。


 どこを見るでもなく、視線を泳がせていると私と同じ抜け殻みたいな男の子が目に映った。

 私はなんとなく気になって彼のところに歩いていくと、彼に話しかけた。


「君も……、おじさんに助けてもらったことがあるの?」


 なんとなく、自分と同じ仲間が欲しかったのかも知れない。

 自分だけではこの悲しみに押しつぶされてしまいそうだったから。


「僕のせいだ……。僕が……」


 それを聞いて、私は彼が今回の事件で人質になった男の子だとなんとなく察した。

 私は、彼がそうだと察した途端に、心の底が赤熱するのを感じて、気がついた時には彼の顔を思いっきり殴っていた。


「助けてもらったんでしょ……。おじさんにっ……!! だったら、だったら……っ!」


 私は挫けそうになる心を蹴飛ばして、おじさんが言っていた言葉を思い出した。


『僕はね、一人でも泣いている人を減らしたいんだ。せめて僕が守れる、この両腕が届く範囲の人達には笑っていて欲しいんだ』


「笑えっっ!!」


 そう怒鳴った私の声は、葬儀会場を静まり返らせるには充分に過ぎて。

 慌てた両親に連れられて、葬儀場の外へと出されてしまった。

 私が連れ出される間、私が殴った彼は私の方をじっ、っと見て、歯を食いしばっていた。




 「おじさん。久しぶり。覚えてる? 明日葉だよ。私ね、お母さんになったんだ。不思議な気分だなぁ……」


 あれから長い時間が過ぎて、私もおじさんの死を受け入れることができた。

 地元を離れても、秋のこの時期になるとおじさんのお墓参りに来るのは忘れなかった。


 おじさんの墓前で、いつも通り離れていた時間に何があったかを話して、お墓を綺麗にする。


「それでね? 今日は前に話した相手を連れてきたの。泣き虫で頼りないんだけど、それでも少しはましになったんだよ?」


 私がくすくすと笑いながら話していると、後ろから間延びした声が秋風に運ばれてきた。


「おぉーい。明日葉さん早いってばー! 置いてかないでよー……」


「あなたが遅いんでしょう? 私は普通に来ただけですぅ!」


 そんなやりとりをしながら、彼がおじさんの墓前に立つと、彼に寄り添いながら、おじさんに報告をした。


「おじさん、覚えてるかな。この人、おじさんがあの時助けてくれた男の子なんだよ? 体ばっかり大きくなって、わからないかも知れないけどね」


「んなっ! 心だって成長してるんだぞ?」


「はいはい。それでね、おじさん、私この人と結婚するんだ。子供が出来てから結婚っていうのも締まらないけどね。それでね、私の子供にはおじさんみたいな心を持って欲しいから、おじさんの名前を貰うことにしたんだ。いいよね?」


 私がそう言うと、風に揺られて木の葉がさわさわと優しい音を奏でて。

 私にはそれがおじさんが苦笑いしているように聞こえて。


「それじゃ、行くね。おじさん本当にありがとう」


「僕も、おじさんに助けてもらったこと本当に感謝しています。これからは僕が明日葉さんを守っていきますから」


「それならもっとしっかりしなくっちゃね?」


 そう言って彼の背中をぱしんと叩くと彼は大げさに痛がって、私も彼も無邪気な子供みたいに笑って。







「産まれましたよ! 元気な男の子です!」


「ふぁー、痛かったぁ……」


「明日葉さん、お疲れ様……。本当に、本当に……っ」


「何泣いてるのよ、まったく……」


「うん、うん。笑わなくちゃだよね……っ」


「そうよ、めでたいことなんだから笑いなさい?」


「うんっ……! えっと。僕たちの子供に話しかけるの、同じタイミングでしない……? なんだか、先に話しかけたら後から明日葉さんにちくちくいじめられそうで……」


「そんなことしないってば! でも、まぁ良いかもね?」


「それじゃ。せーの、でいい?」


「うん」


「せーの!」


「「これからいっぱい笑おうね、護!」」


普段は明るい短編しか書きません。

こんなの書いて欲しいとかリクエストあれば、4000~5000くらいなら受け付けますのでどうぞー。

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[良い点] お〜、いいお話でした!
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