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伝染

「随分と他人事みたいだな」

そうね、と亮治は笑みを深める。

「こういう時はね、熱くなっちゃうとダメなの、お終い。自分の気持ちを否定しない。肯定してあげる。そうしてなるべく第三者の視点で自分を見る。相手が振り向いてくれるかどうかを考えないようにする。まあ、そうしていると、俺の気持ちだけは先に伝えてある訳だから、相手からふらふらと近寄ってくる。女の子の場合はな」

恋愛は駆け引きとはよく言ったものだ。悟は感心する。

「間壁はどうか分かんねーけど。男にも通用するテクニックかどうかは試してみたいけどな」

亮治はおかしそうに笑う。

「そうしてると、いつの間にか主導権が転がり込んでくるっつーわけ」

男女の仲とは悟には計り知れないような有象無象の駆け引きで出来ているらしかった。さながら百戦錬磨の女誑しのように亮治は笑ってテクニックを披露している。実際、亮治は女誑しなんだろう。同じクラスに籍を置いてから一年と少し経つが、亮治の女遊びは有名で、噂に疎い悟でさえ聞いた事があった。特に有名なのが、初めてを気持ち良く済ませたいなら亮治に頼むと安心とかいう下世話な噂だった。

慎ましさが足りないと悟は思う。

大和撫子なんて古臭い考えは持ち合わせてはいないが、悟は控えめな女性が好きなのだ。

自分に自信がないからか、一歩引いて立ててくれるようなパートナーがいればと常々思っている。

見た目だけ良くて脳足りんなんて悟は絶対に愛せない。

その点でいくと珠緒なんか見た目は文句なしに整っている。整い過ぎているが、底知れない馬鹿者である。

それ以前に男である時点で却下だ。

だが、亮治はどうだろうか。

悟がクラスメイトとのコミュニケーションに困っているとサッと話題を降って場を和ます。

悟の好物がメニューの時は悟が遠慮しない程度にからかってから分けてくれる。

担任から押し付けられた仕事は采配を振り、助けてくれる。

テストの結果が中々良かった際は何も言わずににこにこと見守ってくれる。

なんと、亮治は完璧に悟の好みの条件を果たしていた。男である以外。

何事も亮治はスマートなのだ。隙がない。空気を読む能力が桁外れに高いのだ。

とてもじゃないが、高校生とは思えない処世術なのだ。しかし、男である。女だったら間違いなく付き合っていた。例え尻軽でも。

亮治を観察しながら思考を巡らせていると、少し垂れ目の甘いマスクを蕩けさせ、ん?と聞いてきた。

完璧だ。垣根が低そうに思わせる軽薄な態度と、バランスの取れた体躯。口端だけ持ち上げる笑顔の似合う秀麗な顔。アンバランスさが亮治の魅力を最大限に引き立てているのだ。

亮治は綺麗に遊ぶ事でも有名だった。けして女遊びのいざこざは起こさない。

これは遊びですよ、と最初から予防線を張っているのだ。

「君の遊び相手には俺じゃあ少々力不足だよ」

悟はやっと返事をする。

亮治は長い足を組み替えてから苦笑した。

「遊びなら良かったよね、本当に」

困ったようにグレージュの髪を幾筋か垂らして俯向く。口元には相変わらず笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。緊張しているような表情だ。こんな自信の無さそうな亮治を見るのは初めてだった。なんだか可愛いなと思ってしまう。これは女性はイチコロだろう。

「俺、友達らしい友達は亮治しかいないんだけど、どうすんだよ」

「あー、どうしようね。ごめーん」

ごめんでは済まない。しかし、どうする事も出来ないだろう。亮治は充分考えて距離を置こうと申し出てくれたのだから。

「本当にごめんな。正直俺も分かんねえんだわ。……初恋なんだと思う。うわっ、俺キメェ」

目を瞑り、眉をしかめ、両手で口元を覆っている。顔は見る間に赤くなった。

「結論は急がなくてもいいかい?考えてみるよ」

亮治はパッと目を見開き、驚く。

「考える余地はありって事?それっていい訳?」

「いい訳って……。あんまり期待はしないでくれよ」

と付け加える。

「ありがとう……間壁」

亮治はフーーッと息を吐くと、上半身をテーブルの上に置いた両手の上に丸めた。グレージュの髪から覗く指先は幽かに震えていた。







そこからの亮治は凄かった。

凄いとしか表現出来ないような手練手管で悟を翻弄した。

相変わらずの絶妙な距離感で細かな気遣いと、スキンシップを図ってきた。悟はムズムズと座りの悪い心地になる。が、嫌ではないのだ。特別扱いが嬉しくさえもある。これは大問題だと思う。自分のアイデンティティがぐらぐらと音を立てて崩されていく気分。

「間壁、これ飲んだ事あるか?間壁の好きそうな感じだと思ってついでに買っといたわ」

ニコリとしながら差し出される甘めのコーヒーを受け取る。

ファストフード店を出てから亮治は一度コンビニエンスストアに寄ってから悟の部屋に来ていた。

ベッドに横になりながら本日入手した本を読んでいた。

ベッドの枕側に亮治は座り、悟の頭を自信の膝に乗せる。自然だ。自然すぎる。

微笑ましそうに悟の黒髪をサラサラとすき、目を細める。

「鎖骨に黒子があるんだな。今まで結構一緒に居たのに気付かなかったな」

部屋着のTシャツから覗く素肌を見られる。ため息にも似た亮治の呟き。

「気付かないだろ、普通。あー、膝が固いなあ。三角なんだよ、膝が」

「三角って何よ」

亮治が堪え切れず吹き出す。

「尖ってるじゃん」

「えー?尖ってるって言えば良いのに三角って」

ククッと亮治は笑う。

愛しい者を見つめ、堪らないという感じで。そして、極々自然な動作で悟に被さってきた。

一瞬、触れるだけのキスをされた。

チュッとリップ音を鳴らして離れた亮治。

悟は呆然とし、本を落とす。

と、同時に部屋のドアがバタンと開いた。

そこにはワナワナと震えた珠緒が仁王立ちしていた。

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