伝染
そこからは亮治が主導でも度々話すようになり、段々と冗談なんかを言い合う仲になり、一緒に居る事が自然になった。
珠緒もあの変質的な絡みが無かったら、亮治程度の関係は築けていたのではないかと亮治は思う。
そうしていたら多分、悟はこの学校には通っていないだろうから、亮治としては少し寂しくも思うのだが。
亮治は起き上がり、飾られていた写真を手に取る。そこにはぎこちない笑顔の悟が写っている。確かにちょっとお目にかかれないような美形ではある。が、やっぱりどこからどう見ても男である。そんな気分には到底なれそうもない。
確かに、白いTシャツから覗く、筋肉質な白い腕は中々の色気がある。綺麗な形の鎖骨に、首筋。そこに掛かる黒髪ーーー。
亮治は、ハッとして慌てて写真を置いた。
珠緒に毒されたのだろうか。初めて友人をイケない目で見てしまった自分に罪悪感を感じる。
マズイなあ、とため息を漏らした。
★★★★★★★
最近、何かがおかしい。
珠緒が再び目の前に現れてから全てがおかしい事だらけだが、今違和感を感じるのは友人の亮治だ。
悟は席に座る亮治の背中を見て思う。
まず、視線を合わせようとしないのだ。
そのくせ、学ランの首元を悟が緩ませると、凝視する。なんだか気味が悪い。悟の冷たい視線を感じると、慌てて首を振りながら苦悶している。
悩みでもあるのかと聞けば、はぐらかされる。
移動教室の際などは、悟の持つ教科書を奪い、出入り口を開けてくれる。まるで女性に対する気遣いを受けているようで居心地が悪い。軽薄そうな笑顔で隠す本心は何なのか、と、じっと見つめると、赤くなり恥ずかしそうにする。
授業が終わり、振り返る亮治の目の熱。
悟はゾッとした。
「間壁、何ビビってんだよ」
いつもの軽薄そうな友人の笑顔に悟はホッと胸を撫で下ろす。
「何の事?亮治、今日は真っ直ぐ寮に帰るのか?」
どうしたんだよ一体、と言いたい気持ちを誤魔化しながら平然を装って聞く。
「そーね、真っ直ぐ帰るかな?間壁は?」
嫌によそよそしい。
「本屋に寄ってから帰るつもり」
じゃあ、俺もそうしようかなと言いながら悟のスクールバッグをさっと取る。余りにも自然な態度に悟は面食らう。
「何だか気持ち悪いなあ」
亮治は苦笑いしながら、
「気持ち悪いって何よ。キモイより気持ち悪いの方がショック受けるの何でだろうな」
と軽口を言う。
「珠緒が来る前に行こう」
足早に教室を出た。
駅前の本屋にはチラホラと同じ学校の生徒の姿が見えた。参考書のコーナーや、漫画のコーナーに多くいたが、悟と亮治の居る小説コーナーには学生服は居なかった。
「よくこんな字だけの物が読めるな」
「放っといてくれよ、鬱陶しいなあ」
「挿絵も無いじゃねーか」
帰れよ、と悟が言うと亮治は笑った。口では悪態を吐く悟だが、実際は亮治との会話は好きだった。あーでも無いこーでも無いと言いながら連むのが好きな性分だったと亮治と居るようになって気付いた。
物色していた本を二冊程取り、レジに向かうと亮治も付いて来た。亮治は本当に暇つぶし程度に悟に着いて来たらしかった。
会計をする悟の後ろから亮治は覆い被さると肩口に顎を乗せる。
「鬱陶しいなあ」
悟は紙幣を出しながら煩わしそうにする。前からスキンシップは多い亮治だったが、悟が拒まない絶妙な加減で増えている。これで抱き込むように腕を回されていたら悟は払っていただろう。
「ちょっと小腹空かない?どっか寄ろうぜ」
会計を済ませた悟を誘導しながら、亮治は言う。
「軽く食べて帰るか」
二人で本屋を出て幾日か前に珠緒と亮治が居たファストフード店へ入った。
向かい合って座った亮治を悟は冷ややかな眼差しで見つめる。
「聞きたくない気もするんだけど、ちょっと変じゃない?」
頭が、と付けて悟が聞く。
「は?何が?」
ポテトを口に入れながら亮治が返す。
「何がじゃないよ。変だよ、変。」
変かあ?と、亮治は言う。
「教科書だってカバンだって持ってくれなくて良いしさあ。普通にしてくれよ。どうしたんだよ、一体」
「普通にしてるじゃねーかよ。普通過ぎるくらい普通だよ」
亮治がはぐらかすように愛想笑いを浮かべる。
「普通じゃないよ」
と悟。
「普通だよ。認めるけど、どうやら俺は間壁が好きらしいよ」
苦笑いする亮治。
「……いくら、好きな友達だからって勘違いする言い方はやめろよ」
引く、キモイ、と悟が言い募る。
「あー、友達としてね。残念だけど、違うみたい。俺もショックなんだけど、間壁の事を恋愛的な意味で好きらしいよ」
「マジで?」
「マジマジ」
亮治は、軽い調子で言ってさらりと髪をかきあげる。
軽薄そうな笑顔を彩る明るめのグレージュの髪。
女慣れしているのか事実だけを完結に伝える亮治。ストレートな飾らない物言いは悟のような捻くれ者には大ダメージを与える。
「避けてくれてもいいよ。間壁と友情以上の関係になろうとは思ってないから。色恋なんて一種の病気だろ?嵐が過ぎるのを静かに待つつもりだから。まあ、近くにいると掻き乱されるから間壁から距離を取ってくれるとありがたいかな?どうやら自分からは無理らしいから」