側から見た変態
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何かがおかしい。亮治は友人に付き纏っていた歳下の生徒のことを考えている。
ここ最近姿を見ていないのだ。
いや、それ自体はおかしくない。以前が異常だったのだから、平常に戻ったと考えるべきだが、やっぱりあの悟に対する熱烈ぶりを考えるとおかしいのだろう。
「捨てられちゃったな」
隣の席で本を読んでいる悟に言うと、心底嫌そうな顔で亮治を睨む。
「やめてよ、気色悪いなあ」
それだけ言うと、また本に視線を戻す。
「もう一週間は会ってないだろ?」
亮治が聞く。
「視線は感じるよ。また変な方向におかしくなってるらしいよ」
悟はげんなりとしながら言う。
「寝てる時とか気を付けろよ。マジで洒落にならないタイプだろ、あの幼馴染」
せいぜい気を付けるよ、と嫌そうに悟は返してきた。
「じゃ、先に寮に帰るわ。お疲れーっす」
軽く言って教室から出る。
一階の昇降口で下駄箱から外履きを出していると声をかけられた。
「うわ、出たー」
噂をすれば何とやらで、先程考えていた人物が無言で立っていた。
「ちょっと、あんた失礼すぎるでしょ」
なんだか心なしか元気が無さそうな珠緒に繁々と見る。
「ごめーん。ちょっとばかり拒否反応が出てしまった」
本音を言う亮治に、失礼だなー、と言ってから、
「聞いて欲しい事があるんだけど……」
と、年相応に見える不安げな表情をしてきた。案外、悟というスイッチさえ身近に無ければ、普通の高校生男子なんだなと亮治は思った。
駅前まで移動し、ファストフード店に入った。
道中ずっと無言の珠緒を不気味に思うも、座席に着くまでは何も言わないでおいた。
「で?何よ」
ぶっきらぼうに聞く亮治に珠緒はもじもじと落ち着かない態度だったが、意を決したように話し始めた。
「僕がさっちゃんに執着する理由が分からなくなったんだ」
何を今更、と亮治は思ったが、口に出さない。代わりに先を促す。
「初めてあった時からそうなんだけど、自分でも抑えられない衝動で無意識にさっちゃんをストーキングしてるんだ。流石にこれをやっちゃうとまずいな、やめよう、と思った次にはやっちゃってる。さっちゃんが嫌がってれば嫌がってる程嬉しくなっちゃう。一人になって考えると自分の行動にゾッとする時もあるんだけど、それも一瞬で、持ち帰った使用済みの箸だかなんだかを取り出して嬉しくなってる」
「病気だな、それも末期の」
感想を伝える。
「そう、病気なの。自分じゃどうしようも出来ない。良く考えたけど、はっきりした理由は無いの。さっちゃんが嫌そうに見つめてくるだけで興奮するんだ」
そんな事で興奮する人間がいるんだな、と亮治は感心してしまう。
「どうしても我慢出来ないの?」
「努力はしてるけど」
「何を努力してるの?」
「実際に付いて回るのはやめて監視カメラとGPSだけにした」
ガシャンと飲み物を取り落とした。
「犯罪じゃないかよ……」
微妙な沈黙が流れる。ポチャンポチャンとテーブルからジュースが滴り落ちる。
「そう、犯罪ね。初めて自分の将来が心配になってるの、今」
今かよ、と亮治は溜息を吐く。
どうしてこんな奴に関わっちゃったんだよ、と自分を責めもした。
「監視カメラはやめられないの?せめてGPSだけでもさあ」
そう亮治が言うといよいよ珠緒はぶるぶると震え出し顔色が悪くなる。
「無理だよう。さっちゃんが居ない世界なんて考えられないから」
これは亮治には荷が重い。亮治はそう思った。
仮に物理的に引き離したり、監視カメラなどを撤去したとして、死にはしないんだろう。死にはしないんだろうが、症状は酷くなりそうだ。監視カメラなんて言ってるが、立派な盗撮だ。いっそ高い塀の中に放り込むかとも考えたが、それでは更生しないだろう。数年して更にこじれた状態で娑婆に出てくることを考えると恐い。
「大体、どうやってカメラ取り付けたのよ」
とりあえず問題を棚に上げた。
「取り付けてないよ、学校の防犯カメラにアクセスしてるだけだから」
防犯カメラかあ、と嫌に納得する。
確か亮治達が入学してから学園の防犯性を高める為にほぼ死角なしで寮と学校に取り付けられたのだ。莫大な予算を割いて。犯罪に使われているから笑えてしまうのだが。いや、笑っている場合じゃないのだろうが、やっぱり笑ってしまう。
「他に趣味とか無いわけ?熱中出来る物とか事とか人とかさあ。彼女でも作れば?」
「彼女ねえ」
珠緒は思案しているようだ。
「出来るかな、彼女」
「出来るんじゃないの。作ろうと思えば」
作ろうと思えばすぐにでも出来そうな容姿なのだ、実際珠緒は。悟が涼しげな美形だとすると、珠緒は正統派イケメンだ。
「タイプとかないの?」
「罵倒してくれる人がいいかなあ。僕を拒絶しながら、偶に怯えた目で見つめてほしいかな」
それはーーー。
「悟だな」
「なんでさっちゃんが出てくるの。さっちゃんは男でしょ?女の子の好みを聞いてたんじゃないの」
「あ、そっちかあ。いや、そっちは分かってないのかあ」
難しい顔をしてぶつぶつ言う亮治を怪訝な顔をして珠緒は見る。